自民党の本気度が公にされた。
東国原宮崎県知事の問題に見事にケリをつけ背水の陣である。
http://www.asahi.com/politics/update/0815/TKY200908150286.html
麻生総理は15日、自民党本部で細田博之幹事長、古賀誠選挙対策本部長代理らと会談
、衆院比例区の名簿順位の最終調整を進めた。
05年総選挙で郵政反対組の「刺客」として擁立し、比例順位で優遇した前職について小選挙区から立候補する場合は
優遇しない
前回比例単独で立候補し、名簿下位で当選した候補者も
上位に登載しない
――ことを確認した。
「奇をてらうことはしない」と述べ、比例区で知名度の高いタレント候補は擁立しないことも示唆した。
同党は公示前日の17日午後、全ブロックの名簿順位を発表する方針。
元秘書で仲人も務めた八女市長が対立候補の古賀誠選挙対策本部長は黄色信号。
ところが不条理なる「落選」したのに「当選」のシステムの比例名簿に名を載せないという。
自民党の本気度である。
不気味すぎるこの悲壮感ナンカ・・似てないか。
ところが担いでる駕籠がいつもこれである
ただマスコミ報道で表に出なくなった。
マスコミ統制である。
http://www.asahi.com/politics/update/0816/TKY200908150353.html
麻生総理は15日の全国戦没者追悼式の式辞またヤッチャッタ!
9日長崎追悼祈念での傷跡を「しょうせき」の話ではない。
、「国際平和を誠実に希求する国家として、世界から一層高 い信頼を得られるよう、全力を尽くしてまいります」
さて読めなかった漢字どれでしょう。?
ピンポ~~ン!
「希求」→「ききょう」→(ききゅう)
江戸っ子だから・・・
それ「さ」行でしょう。
江戸っ子だから・・・「よ」→「ゆ」はありえません。
宮崎人でさえわかります。
たまたま・・・そうであろうか。
麻生総理読みは頻繁にある。
なんか単独字で書かれると未曽有みぞうゆうと読んでしまいそうなる勢い。
正しい読み 麻生総理君読み
*有無: うむ ゆうむ
*措置: そち しょち
*踏襲: とうしゅう ふしゅう
*詳細: しょうさい ようさい
*前場: ぜんば まえば
*頻繁: ひんぱん はんざつ
*未曽有: みぞう みぞうゆう
麻生総理<君>読み・・
君→訓の間違いジャァ~ないの?
スミマセン!いつものヘンカンミスでして・・・
コリャァ~マタ・・シッレイ・・シマシタ!の植木節
自公の顔のカンバン変えなくて良かったのか。
アノ顔で「責任力」というが・・・有権者は怒りを感じないんであろうか。
コレまでのあらゆる分野の国体破戒の自公政治の現況に
「責任力」の言葉が使える資格はあるのか。
残り14日・・ついに選挙戦に突入する。
大丈夫なんであろうか。
自民党の本気度である。
不気味すぎるこの悲壮感ナンカ・・似てないか。
世界の戦争の歴史で「特攻」なる軍挙げての戦術はこの国のみ。
あのことを彷彿させる。
そう言えばよく似ている。
あの神風特攻隊を組織し指揮したの海軍兵学校第40期生「特攻生みの親」大西瀧治郎海軍中将。
、真珠湾攻撃の作戦計画の原案を作成したのも大西である。
連合艦隊司令長官山本五十六に非常に信頼された
、日露戦争の軍神・広瀬武夫に憧れて海軍を志した。、
1918年にはイギリスへ留学、帰国後は海軍航空に所属。
東条英機をビート・たけしが演じた先のNHKドラマでこのようなシーンがあった。
大西の発案の「二千万人の男子を特攻隊として繰り出せば戦局挽回は可能」という二千万特攻論を大臣の許可なく昭和天皇に対し奏上した。
日頃は温和で寡黙な米内光政海軍大臣に大臣室に呼ばれて
怒鳴られた史実を東条英機に変えていた。
もう一つの逸話の演出原作者のミスと思えた。
閣僚クラスの会議に身分違いに軍刀を持って現れ
米内光政海軍大臣に
「大西君、君が来るところではない」とたしなめられている
このシーンも東条英機のビート・たけしであった。
小沢一郎の郷土の先輩米内光政海軍大臣であるハズ。
「特攻の父」「生みの親」はスクリーンでは・・・渋い役者がいぶし銀で演じてたのが記憶にある。
調べ上げてみればこうである。
三橋達也 「山本五十六」
内田朝雄 「最後の特攻隊」
鶴田浩二 「ああ決戦航空隊」
キャラがこんなに違ってても演じられるのも評価が分かれてるからであろう。
神風隊攻撃の発表の際は、戦意高揚のため、特攻作戦の都度、
攻撃隊名「敷島隊」「朝日隊」ときめ細やかさをみせている
割腹自決時に遺した辞世の句は2つ
、「これでよし 百万年の仮寝かな」
「すがすがし 暴風のあと月清し」
この時期ゆえ政治家息子の本命隠しの人柱状態での
マスコミ騒然の状況のカムフラージュ。
覚醒剤常習者を酒井法子容疑者(38)あえてこの時期に挙げた
新聞も言う。
本人はその違法性は知っていただろう。
だが、それを打ち消す陶酔の誘惑に負けた。
いま己の弱さをかみしめているはず。
似たようなことが戦争についても言える。
戦争がもたらす悲惨さは誰もが知っている。
世界で6千万人、欧州で2千万人日本人310万人が死んだ。
最後は瞬間で20万人もの生命を奪う新型爆弾さえ使用された。
あらためて戦争反対を叫ぶ必要はないはずだ。
ところが時節柄自分の立ち位置を書かねばならぬご時世で嘆かわしい。
平和が一番!
ところがどうだ。
サヨクと短絡的決めつけ標的にされる。
爺だけでむさ苦しいようである。
ただIT社会のブログ文化を若者文化ダケにしていいんであろうか。
爺も経験があるので心情は解る。
幼きとき15人近い大家族で過ごした。
日清日露に従軍した袈裟助ジイは一番風呂。
お日様が高い内に風呂を済ます
夕方は幼子も決められた家畜の世話など手伝いで大忙し。
ただ夏祭りなどに限って早ブロの時があった。
ところが五右衛門風呂の表面には袈裟助ジイの加齢から来る
ジジ特有の垢が浮いてるのが見える。
どうにもそのことのみが戦争の勇者の袈裟助ジイがイヤでたまらなかった。
お盆、お墓石お仏壇の前でお詫びが出来る年齢になった。
そこで気づいた
いかに社会中堅の責任アルお偉いさんの30代のヒトであろうと
親子のみの一世代で育った環境ゆえ
爺へのもどっかしさ嫌らしさなんであろう。
爺への偏見はいつか自分が行く道であることに気づかぬ
若さゆえの事ナンであろう。
自分自身の生物としての年老いてゆく悲しさみに気づいていない幼さである。
路上生活者を中学生が襲う深層心理に似ている。
中学生は未熟ゆえ稚戯ですみ、法も憂慮して減免しているほどだ。
ただ殺してても未成年者だから罪は軽い!と嘯く輩にまで
その特例は認めていいのか。
十二分に大人ではないかと言いたい。
ましてや、いい年をして似た行動をとるのは笑える。
最高学府を出てもその程度である。
義務教育を終えたらすぐ集団就職をした爺の世代の方が
痛みがわかる部分人間的で、社会教育を積んでる部分高学歴者以上である。
言葉をコネクリ回すノミはゼミで覚える。
社会経験を積むと大卒と集団就職者はすぐに解る。
戦争に反対と書く以上にそれを上回る正当化の目的と論理があるんだろう。
この戦争は自衛の、あるいは正義の実現のためという「大義」
戦争当事国にとり、正義でなかった戦争など歴史上存在しない。
それで開戦した
日米に圧倒的な国力の差があったのになぜ開戦したの
日本軍の最終目的は何だったの
ベルリン9日間の最初の日本人
3000メートル女子障害レースに早狩(36)しか、出場できない
展望なき若さなき日本人に政治性を見る。
加藤陽子東大教授著「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」朝日出版社刊
特別授業でのもし君が作戦の立案者ならどうしたか…とのことがまとめられている。
神奈川県の私立中高校の生徒20人を相手の5日間。
近現代史の歩みを伝えるのが目的だが、
初めて聞く激動期の驚きの事実。
戦争の全体像を知る貴重な経験。
戦後生まれが人口の約8割を占め、戦争体験の風化が進む。
記憶が薄れる中でどうしたら若い世代に悲惨を伝えられるか。
体験談だけでなく、自分が戦争当事者なら同じ状況で道を誤るかもしれない
と知るのは大切…が著作のまとめにある。
ベルリン9日間にはあのヒトラーオリンピックがぬぐい去れない。
ズ~~ッと後の世代なのになんか経験したかのようであるのはスクリーンの記憶があるからだ。
そのあとは幻の東京オリンピック大戦が勃発し中止。
モスクワ・オリンピックに日本国は参加しなく柔道山下マラソン瀬古の涙の記憶は
爺は同時期のハズだがヒトラーオリンピックと同じ記憶の不思議さ。
ベルリンのアノ時期が経済を科学にし
国家とはなんぞやを解き明かした曙の
この時期は後日アップしたい。
1934年のナチス党大会を宣伝用に記録した映画「意志の勝利」の
迫力、リアリ制がなされモノ。
映画はDVDでなくホールでいま東京で公開されている。
総統になったばかりのヒトラーや側近の絶叫がこれでもかと出てくる。
陸上競技場の観客席とフィールドを埋めつくす若者に向かって
「まず平和を愛せ。そして従順、勇敢であれ」
あおり立てる独裁者。
画面からはその真意、グロテスクな素顔が透け出ているように思える。
が、後知恵だと言われれば反論はできない。
ヒトラーは映画の出来に大いに喜び、ドイツ国外でもプロパガンダ映画の傑作と評された。
党員の陶酔と高揚が全編にあふれている。
当時の観客に、今流の「鳥肌が立つ」感動に浸らなかった人間がどれほどいたのか。
その恐ろしさをいまに伝えるのも映像の力である。
歴史にタラレバは禁物というが、後知恵はどうか。
起こったことをひっくり返すことはできはしない。
それでも、もう繰り返さない、
今度は後知恵にならぬよう知恵を出す、と心に決めることはできる。
広島、長崎の原爆忌。そして終戦の日。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
日本人は8月にはそんなことを考える。
鎮魂の8月である。
日本人のみが持つヤワな大和魂、
世界に誇るモノでそれは選ばれし敬愛集めた一割の統治者、武士道にも通じる。
品位なき志し低き人にはわからぬ国家防衛策である。
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東国原宮崎県知事の問題に見事にケリをつけ背水の陣である。
http://www.asahi.com/politics/update/0815/TKY200908150286.html
麻生総理は15日、自民党本部で細田博之幹事長、古賀誠選挙対策本部長代理らと会談
、衆院比例区の名簿順位の最終調整を進めた。
05年総選挙で郵政反対組の「刺客」として擁立し、比例順位で優遇した前職について小選挙区から立候補する場合は
優遇しない
前回比例単独で立候補し、名簿下位で当選した候補者も
上位に登載しない
――ことを確認した。
「奇をてらうことはしない」と述べ、比例区で知名度の高いタレント候補は擁立しないことも示唆した。
同党は公示前日の17日午後、全ブロックの名簿順位を発表する方針。
元秘書で仲人も務めた八女市長が対立候補の古賀誠選挙対策本部長は黄色信号。
ところが不条理なる「落選」したのに「当選」のシステムの比例名簿に名を載せないという。
自民党の本気度である。
不気味すぎるこの悲壮感ナンカ・・似てないか。
ところが担いでる駕籠がいつもこれである
ただマスコミ報道で表に出なくなった。
マスコミ統制である。
http://www.asahi.com/politics/update/0816/TKY200908150353.html
麻生総理は15日の全国戦没者追悼式の式辞またヤッチャッタ!
9日長崎追悼祈念での傷跡を「しょうせき」の話ではない。
、「国際平和を誠実に希求する国家として、世界から一層高 い信頼を得られるよう、全力を尽くしてまいります」
さて読めなかった漢字どれでしょう。?
ピンポ~~ン!
「希求」→「ききょう」→(ききゅう)
江戸っ子だから・・・
それ「さ」行でしょう。
江戸っ子だから・・・「よ」→「ゆ」はありえません。
宮崎人でさえわかります。
たまたま・・・そうであろうか。
麻生総理読みは頻繁にある。
なんか単独字で書かれると未曽有みぞうゆうと読んでしまいそうなる勢い。
正しい読み 麻生総理君読み
*有無: うむ ゆうむ
*措置: そち しょち
*踏襲: とうしゅう ふしゅう
*詳細: しょうさい ようさい
*前場: ぜんば まえば
*頻繁: ひんぱん はんざつ
*未曽有: みぞう みぞうゆう
麻生総理<君>読み・・
君→訓の間違いジャァ~ないの?
スミマセン!いつものヘンカンミスでして・・・
コリャァ~マタ・・シッレイ・・シマシタ!の植木節
自公の顔のカンバン変えなくて良かったのか。
アノ顔で「責任力」というが・・・有権者は怒りを感じないんであろうか。
コレまでのあらゆる分野の国体破戒の自公政治の現況に
「責任力」の言葉が使える資格はあるのか。
残り14日・・ついに選挙戦に突入する。
大丈夫なんであろうか。
自民党の本気度である。
不気味すぎるこの悲壮感ナンカ・・似てないか。
世界の戦争の歴史で「特攻」なる軍挙げての戦術はこの国のみ。
あのことを彷彿させる。
そう言えばよく似ている。
あの神風特攻隊を組織し指揮したの海軍兵学校第40期生「特攻生みの親」大西瀧治郎海軍中将。
、真珠湾攻撃の作戦計画の原案を作成したのも大西である。
連合艦隊司令長官山本五十六に非常に信頼された
、日露戦争の軍神・広瀬武夫に憧れて海軍を志した。、
1918年にはイギリスへ留学、帰国後は海軍航空に所属。
東条英機をビート・たけしが演じた先のNHKドラマでこのようなシーンがあった。
大西の発案の「二千万人の男子を特攻隊として繰り出せば戦局挽回は可能」という二千万特攻論を大臣の許可なく昭和天皇に対し奏上した。
日頃は温和で寡黙な米内光政海軍大臣に大臣室に呼ばれて
怒鳴られた史実を東条英機に変えていた。
もう一つの逸話の演出原作者のミスと思えた。
閣僚クラスの会議に身分違いに軍刀を持って現れ
米内光政海軍大臣に
「大西君、君が来るところではない」とたしなめられている
このシーンも東条英機のビート・たけしであった。
小沢一郎の郷土の先輩米内光政海軍大臣であるハズ。
「特攻の父」「生みの親」はスクリーンでは・・・渋い役者がいぶし銀で演じてたのが記憶にある。
調べ上げてみればこうである。
三橋達也 「山本五十六」
内田朝雄 「最後の特攻隊」
鶴田浩二 「ああ決戦航空隊」
キャラがこんなに違ってても演じられるのも評価が分かれてるからであろう。
神風隊攻撃の発表の際は、戦意高揚のため、特攻作戦の都度、
攻撃隊名「敷島隊」「朝日隊」ときめ細やかさをみせている
割腹自決時に遺した辞世の句は2つ
、「これでよし 百万年の仮寝かな」
「すがすがし 暴風のあと月清し」
この時期ゆえ政治家息子の本命隠しの人柱状態での
マスコミ騒然の状況のカムフラージュ。
覚醒剤常習者を酒井法子容疑者(38)あえてこの時期に挙げた
新聞も言う。
本人はその違法性は知っていただろう。
だが、それを打ち消す陶酔の誘惑に負けた。
いま己の弱さをかみしめているはず。
似たようなことが戦争についても言える。
戦争がもたらす悲惨さは誰もが知っている。
世界で6千万人、欧州で2千万人日本人310万人が死んだ。
最後は瞬間で20万人もの生命を奪う新型爆弾さえ使用された。
あらためて戦争反対を叫ぶ必要はないはずだ。
ところが時節柄自分の立ち位置を書かねばならぬご時世で嘆かわしい。
平和が一番!
ところがどうだ。
サヨクと短絡的決めつけ標的にされる。
爺だけでむさ苦しいようである。
ただIT社会のブログ文化を若者文化ダケにしていいんであろうか。
爺も経験があるので心情は解る。
幼きとき15人近い大家族で過ごした。
日清日露に従軍した袈裟助ジイは一番風呂。
お日様が高い内に風呂を済ます
夕方は幼子も決められた家畜の世話など手伝いで大忙し。
ただ夏祭りなどに限って早ブロの時があった。
ところが五右衛門風呂の表面には袈裟助ジイの加齢から来る
ジジ特有の垢が浮いてるのが見える。
どうにもそのことのみが戦争の勇者の袈裟助ジイがイヤでたまらなかった。
お盆、お墓石お仏壇の前でお詫びが出来る年齢になった。
そこで気づいた
いかに社会中堅の責任アルお偉いさんの30代のヒトであろうと
親子のみの一世代で育った環境ゆえ
爺へのもどっかしさ嫌らしさなんであろう。
爺への偏見はいつか自分が行く道であることに気づかぬ
若さゆえの事ナンであろう。
自分自身の生物としての年老いてゆく悲しさみに気づいていない幼さである。
路上生活者を中学生が襲う深層心理に似ている。
中学生は未熟ゆえ稚戯ですみ、法も憂慮して減免しているほどだ。
ただ殺してても未成年者だから罪は軽い!と嘯く輩にまで
その特例は認めていいのか。
十二分に大人ではないかと言いたい。
ましてや、いい年をして似た行動をとるのは笑える。
最高学府を出てもその程度である。
義務教育を終えたらすぐ集団就職をした爺の世代の方が
痛みがわかる部分人間的で、社会教育を積んでる部分高学歴者以上である。
言葉をコネクリ回すノミはゼミで覚える。
社会経験を積むと大卒と集団就職者はすぐに解る。
戦争に反対と書く以上にそれを上回る正当化の目的と論理があるんだろう。
この戦争は自衛の、あるいは正義の実現のためという「大義」
戦争当事国にとり、正義でなかった戦争など歴史上存在しない。
それで開戦した
日米に圧倒的な国力の差があったのになぜ開戦したの
日本軍の最終目的は何だったの
ベルリン9日間の最初の日本人
3000メートル女子障害レースに早狩(36)しか、出場できない
展望なき若さなき日本人に政治性を見る。
加藤陽子東大教授著「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」朝日出版社刊
特別授業でのもし君が作戦の立案者ならどうしたか…とのことがまとめられている。
神奈川県の私立中高校の生徒20人を相手の5日間。
近現代史の歩みを伝えるのが目的だが、
初めて聞く激動期の驚きの事実。
戦争の全体像を知る貴重な経験。
戦後生まれが人口の約8割を占め、戦争体験の風化が進む。
記憶が薄れる中でどうしたら若い世代に悲惨を伝えられるか。
体験談だけでなく、自分が戦争当事者なら同じ状況で道を誤るかもしれない
と知るのは大切…が著作のまとめにある。
ベルリン9日間にはあのヒトラーオリンピックがぬぐい去れない。
ズ~~ッと後の世代なのになんか経験したかのようであるのはスクリーンの記憶があるからだ。
そのあとは幻の東京オリンピック大戦が勃発し中止。
モスクワ・オリンピックに日本国は参加しなく柔道山下マラソン瀬古の涙の記憶は
爺は同時期のハズだがヒトラーオリンピックと同じ記憶の不思議さ。
ベルリンのアノ時期が経済を科学にし
国家とはなんぞやを解き明かした曙の
この時期は後日アップしたい。
1934年のナチス党大会を宣伝用に記録した映画「意志の勝利」の
迫力、リアリ制がなされモノ。
映画はDVDでなくホールでいま東京で公開されている。
総統になったばかりのヒトラーや側近の絶叫がこれでもかと出てくる。
陸上競技場の観客席とフィールドを埋めつくす若者に向かって
「まず平和を愛せ。そして従順、勇敢であれ」
あおり立てる独裁者。
画面からはその真意、グロテスクな素顔が透け出ているように思える。
が、後知恵だと言われれば反論はできない。
ヒトラーは映画の出来に大いに喜び、ドイツ国外でもプロパガンダ映画の傑作と評された。
党員の陶酔と高揚が全編にあふれている。
当時の観客に、今流の「鳥肌が立つ」感動に浸らなかった人間がどれほどいたのか。
その恐ろしさをいまに伝えるのも映像の力である。
歴史にタラレバは禁物というが、後知恵はどうか。
起こったことをひっくり返すことはできはしない。
それでも、もう繰り返さない、
今度は後知恵にならぬよう知恵を出す、と心に決めることはできる。
広島、長崎の原爆忌。そして終戦の日。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
日本人は8月にはそんなことを考える。
鎮魂の8月である。
日本人のみが持つヤワな大和魂、
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