5月11日の日記

2009年5月11日 お仕事
今日の誕生日の花はカキツバタ
花言葉は・・・幸福がくる

アヤメとカキツバタはよく似ている
花は一目では区分けがつかない。
よく使われる言葉だがどちらが正解なんだろうか
①いずれがアヤメかカキツバタ。
②いずれ アヤメかカキツバタ。
  比較できないほど
  甲乙つけ難たく美しい
語源から紐解くと太平記源平盛衰記にある
どうしてもどちらか美しいヒトを選ぶが語意。
このように比喩文学的には正しさが確定できる。
ただ言葉は時代があり、誤って使用してても正しくもナル。
ちなみに1週間遅れの18日はアヤメが誕生日の花らしい。
神秘なヒト良き便りが花言葉。
うん小沢か麻生かこちらはすぐに解りやすい。
メドベージェフでなくプーチンが今日来る。
ロシアのトップは大統領?首相?どっちがどっち。
四島返還、3,5島返還どっちがどっち
杜若と菖蒲と書けば違いはある。

花びらの 吹かれまがりて 杜若

昭和初期から実権力者は軍部にあり天皇制度を利用した。
いずれがアヤメかカキツバタ状態であった。
日中戦は宣戦布告無しゆえ事変と歴史は書かざる得ない。
あれは戦争であったのか事変だったのか。

平成天皇は昭和天皇の行ってきた毎日のさらに恒例の祭祀をかかさない。
「民のかまどの煙は立っていような」の慈父の心根は変わらない。
靖国は天皇家の設立した神社であり、之もソウであった。
ただ昭和天皇も知らぬうちにA級戦犯を合祀したゆえそれ以来毎年参拝祭礼を欠かさなかった昭和天皇はピタリと止めた。
ただただすすんだ大戦の責任のA級戦犯に快く思ってなかったからだ。
昨年公表された天皇周辺の生の声の卜部日記や小倉日記に詳しい。
ドイツ大使白鳥や野村大使にも天皇は厳しき言葉を周辺にいた日記が残した。
大きな動きは日独伊協定の不成立狙いにあった。
だが意に反して戦争突入になる日独伊同盟反対さえ貫ききれなかった。
台頭する軍部の陸軍に頭を痛め日独伊軍事同盟にも抵抗した。
ただ時代の流れは加速サル。
ロンドン軍縮離脱、国際同盟離脱とすすみ日独伊三国同盟を模索する陸軍軍部が中枢を握る。
昭和10年国会でも貴族議員の美濃部達吉辞職演説さえ噴出。
宮崎米良の代々勤王を貫き通した殿様の菊池貴族議員演説が切っ掛けで急先鋒。
天皇はその世相を悔やむ「美濃部程の学者が・・何故議員を辞める」

現場が陸軍大臣のあずかり知らぬ所、発覚後も命に従わず企画攻撃と暴走。
、陸軍の意に添わないトップはめまぐるしく変わる。
広田、林、近衛、阿部、米内、平沼内閣、3ヶ月5ヶ月と政権が持たない。
海軍は反対したが所詮体制に抗しきれず日独伊同盟は結ばれていく。
宮崎のあちこちにヒトラーの鍵十字の旗がはためきヒトラー兵は県内隅々まできている。

昭和16年7月2日一縷の望みの日米間の国交調整の裏で南部仏印=今のベトナム南部の進軍を決定していた。
状況が良ければ北進、独ソ戦は自主参戦。
第25軍は海南島を出撃28日には南部仏印に上陸。表面上は平和進駐
ハル長官と野村大使での会談に於いての日本軍の総ての行動は米国に筒抜け。
広東駐在総領事と現地陸軍の電文やりとりは解読されていてハル長官は日本軍部隊の位置等超機密の
総てを入手しての交渉ゆえナント日本国は二枚舌かと本性を顔に出さぬ様に苦労したとハル回想記にある。

これ以上の機密はナイと言うほどの次のことも総てソウであった。
「仏印進駐はここを基地として・・蘭印に最後通告・・シンガポール占領は海軍が当たる・・航空部隊と潜水部隊を持って断固として英米軍事力を粉砕する。」
何故か。
日本の解読不能の自信の最高機密で開発した97式印字機は暗号解読の「奇才」コーネル大を経て米通信部の暗号班
ウィリアム・フリードマンが1938年に苦難の末解読していた。
米国提督アンダーソンは「マジック」とそれを名付けた。
日本の外交電報の傍受解読翻訳は1940年11月に総て施設機構も完備していた米国である。
217通に上る真珠湾攻撃の電文もしかり
第二次大戦史著者ハーバード・ファイスが書き留め記録に残っている。

おもえばバカな戦をしたものだ。
世界第2位の大日本帝国海軍総計205隻はわずか4年で海の藻屑と消えた。
海運大臣総理大臣を務めたの人の受戒である。

「海軍士官は話せるがどうも陸軍の連中は・・・」
戦争記述小説にも町の声が収録されている。

西郷隆盛好き,東北人気質をしり、小沢一郎の思考の根底に近づきたいため
原稿300枚443ページの「正伝米内光政」を速読で大意をつかんだ。
現在の文壇の大横綱吾川弘之の賛辞の腰巻きの文もいい。
省略するのでお手にとってご確認下され。
あの頃の時代が現状に酷似しているので歴史に学んでいた。
岩手県は斉藤実、米内光政と実直なる総理を輩出している。
小沢一郎は岩手のDNAを持ってるのを著書で感じている。
この人ほどの憂国の政治家はいないと米内光政にもなぞって爺はぞっこん。
100年に一度の危機を託してみたい。

陸軍の徹底抗戦に身命を賭して抗し続け最後は本土決戦回避に賭けた
昭和史最後の不惜身命の人米内光政。

東北人の精神の「米百俵の精神」といって、日本人の美意識に訴えコットリ欺し
後世のために、改革を進めるというイメージを我々は抱いた小泉純一郎。、
所詮稲川会続きのていどの人に過ぎなかった。
ブログにある。
教育に予算を割り当てたり、少子化対策なんてものはろくにできず、
後世のために、何も残していないばかりか、
その「痛みに耐え」というのも、
国民は不況のせいで、なんとなく「痛みを受けた」印象のみ。、

それは改革でもなんでもなく、格差社会を増長し、
アメリカのハゲタカ金融会社や、単なる大企業の利益につながっているだけ。

そして、本当の改革の「痛み」を受けたのは、
障害者自立支援法という美名のもとに
補助をどんどん打ち切られた障害者であり、
後期高齢者であり、母子加算を打ち切られた母子家庭なのである。
つまり、社会の底辺にいるような弱者。
これははおかしいではないか。

先進民主主義国家の素晴らしさは、
国民が最低限度の幸せな生活を送ることのできる社会にある。
そうした日本の古き良きコミュニティさえも破壊したのが、
この小泉政権以降の日本だった。
任期5年半で何人が生命を奪われ
その間、国策捜査、国策逮捕が繰り返され
メディア支配は進み、反政権派のコメンテーターは追放され、
自民党内のまともな政治家次々と追放されて、いまや、まともな政治家は自民党からいなくなった。
唯一の看板の郵政改革で日本の田舎は完全に息の根を止められた。
補助金切り捨てで建設業始め企業は次々に倒産。
医療制度さえぶっ壊した。
そこでの自公の生き残り策に手加減はない。
さあ~プーチンが麻生政権延命策で今日から3日間やってくる。
オバマも8月にはこよう政権党には何でもアリだ。。

宮崎ブログが政治日程をアップしてのブログ一時閉鎖。
備忘録に残しておきたい。

5月7日(木) 衆院予算委で基本的質疑①日目(2009年度第1次補正予算案)
  8日(金) 衆院予算委で基本的質疑②日目
  11日(月) 衆院予算委で一般的質疑①日目
  12日(火) 衆院予算委で集中審議か?
12日(火) 小沢・プーチン会談
13日(水) 党首討論(QTクエスチョン・タイム)=参院第1委員会室、衆参の国会基本政策委員会合同審査会(今回は参院が幹事)

5月10日(日)[告示]  さいたま市長選
5月24日(日)[投開票] さいたま市長選

5月15日(金) 上場企業の2割以上が決算発表ピーク(東証)
5月21日(木) 裁判員制度スタート

6月3日(水) 第171通常国会会期末(1回だけ延長できる)
6月25日(木) [60日規定]補正予算の贈与税減税関連法案など

7月3日 (金) [告示]東京都議選
7月12日(日) [投票]東京都議選 総選挙に特段の影響はないもよう

7月8日(水)~10日 [外交]ラ・マッダレーナ・サミット(主要国首脳会議、議長国イタリア)

7月8日(水) [裁判]最高裁大法廷が弁論。第21回参院選の“一票の格差”が「4・86倍」だったことについて。弁論が開かれると、違憲判決の可能性があるといわれる(判決は第45回総選挙後か?)。弁論は原告の東京・神奈川の弁護士、被告の都道府県選管から話を聞く。

7月17日(金) 国から各政党に政党助成金支給(年4回)

9月10日(木) 衆院議員の任期満了

9月19(土)20(日)21(敬老の日)22(国民の休日)23(秋分の日)日 秋の5連休

9月30日 自民党総裁の任期満了(国会議員&都道府県連代表者の半分以上の署名があれば期日を前倒しできる)

10月18日(日) 第45回衆院選、引き延ばしのリミット?(9月9日に解散した場合の最終日曜日)

10月19日(月) 任期満了前日に解散した場合の40日目(9月9日に解散した場合、憲法54条などによりこの日までに選挙をしなければならない。「投票日=日曜日」と定めた法律は存在しないので、月曜投票の可能性は否定できない)

 民主党にはコの国の事情把握が欠けるけているヒトがいるようだ。
10日朝6時からのTBS「時事放談」での仙谷由人・凌雲会長(徳島1区)の事である。。

代表を続投する構えの「小沢一郎代表」を「公明党創立者の池田大作・創価学会インタナショナル会長」に、「小沢民主党支持者」を「池田公明党支持者」になぞらえる発言をした。
 仙谷議員は元政調会長、元ネクスト厚労相。四国における民主党のパイオニアで、逆転の夏の四国全勝をもたらした民主党を代表する政治家。

TBS「時事放談」は、収録→放送の間に発言内容を報じてよい、という珍しい慣行がある。
この慣行により、新聞記者はTBSスタジオに取材に集まるし、「時事放談」への関心が高まりTBSの視聴率が上がるという相乗効果をもたらしてもいる。長いブランクから復活して以来、元日経政治部記者で13年前にTBS政治部に転職した石塚博久記者がプロデューサーを務めている。時事放談はホストの御厨貴をはじめ、半数以上の出演者が東大法学部出身者で占められている。仙谷議員も東大法学部で学んでいる。

 早々9日付日経2面で早々の報道の奇っ怪さはそこにある。。
、「(党代表が)代わるのであれば投票日まで2ヶ月ほしい。代わらないのであれば、
みんな目をつぶって「南無阿弥陀仏」を唱えながらいくんでしょうな」
 とカメラの前で述べたと記事がある。。
さらに「石山本願寺のようなものですわ」と付け加えましたが、
これは織田信長との石山合戦のことをさしている模様。
民主党は2007年の第21回参院選“逆転の夏”で藤谷光信(参院全国比例)を仲間に迎え、今後も浄土真宗さんは民主党を応援してくださる意向だという。
この間、共演者の片山善博・前鳥取県知事はしかめっつら。

新進党解党の経緯について触れたところは良かった。
仙谷議員は当時、鳩菅民主党にいたから、新進党解党を意識して「あのようになってはいけない」と考えている証拠。

 経済および社会の最底辺である公明党・創価学会員と民主党議員・党員・サポーター・支持者を比べるなどあまりにも失礼な話。
 徳島議会は34議席のうち5議席「公明党徳島市議団」がしめている。
公明党・創価学会の存在を気にして政治活動をしてきたはずなのに、口が滑ったのであろうか?

  1990年の第39回衆院選に日本社会党(土井たか子委員長)から出馬、筒井信隆ネクスト農相(新潟6区)、秋葉忠利議員と同期の桜。自民党では副代表の岡田克也議員。当選1回生で「ニューウェーブの会」をつくり紳助のTV番組に出るなど愚連隊よろしく日本社会党を席巻。第40回衆院選では、日本新党・新生党ブームのあおりで落選。仙谷議員は鳩菅民主党に参加し。筒井議員は新生党に身を寄せ、秋葉忠利議員は広島市長へと別々の道を歩む。

昨年も代表選への出馬の意欲を、徳島市で表明
当選5回・勤続17年ですが、第40回衆院選(宮澤嘘つき解散)で落選したため、1日たりとも政権党議員の経験がありません。政権党の経験が全くない当選5回生・勤続17年生はともに民主党イチの不名誉な記録保持者。
、このようなちょこまかとした動きをして、かつ責任感に乏しい発言をしていると、政権をとった後も要職につけなかろう。
稲葉修法相のようになるのが関の山。
すなわち仙谷議員は政権をなめている。
九合九分のベースキャンプにたどり着いて、アタック隊が山頂を目指し、装備の点検をしているさいちゅうに、アタック隊員をこともあろうか創価学会員になぞらえる不作法。
 現在、民主党はフラストレーションが充満しており、何かのきっかけで爆発しかねない状況。
いやしくも凌雲会会長ともあろう立場にある者がそんなことでは困る。
仙谷議員が東大時代にやっていた反権力闘争と比べて、今民主党がやっている権力取り闘争は数万倍きつい。
自公と民主は存在理由がまるで違うが仙谷議員は菖蒲と杜若の区別がつかないヒト難であろう。

やしきたかじんの番組の河村名古屋市長の登場は圧巻であった。
宮崎等との格違い三宅正之さえ口を挟める余裕さえなかった堂々の貫禄。
自治体長に時代にあった人気者のタレント性さえ兼ね備えた素晴らしき人材を民主党は持った。。
豚インフル対策はは手洗いのみ。
マスクは意味がなく罹患者がするのみで予防には意味がないようである。

共産党笠井議員の補正予算の質疑
事業規模1兆4千億ともいわれる「東京環状外環道路」を問題とした。
事業内容や施工技術・安全対策等を検討する「大深度トンネル技術検討委員会」が関東地方整備局の下に置かれてるが、そのメンバーが国交省の天下りと大手ゼネコンの幹部で占められており、官民の癒着の構造が見てとれるという。
質問の趣旨は、
①外環道路は渋滞解消が目的といわれているが、東京都がオリンピック誘致の目的で作成したパンフレットには、2016年(外環道路完成前)には都内の渋滞は解消していると記載されており、不要な工事であり税金の無駄遣いである。

②96年から委員会には毎年1千万円程度の業務委託料が支払われており、これも税金の無駄遣いである。

③業務委託は実質随意契約で行われており不透明である。

④工事の発注元である国交省のOBとトンネルの施工者となるであろう大手ゼネコンの幹部が検討した計画など中立性・公平性が保てない。

⑤大手ゼネコンは毎年自民党に多額の政治献金を行っており、その意味ででも透明性が保てない、という点にある。

、実際上、地下40mの深さのトンネルを掘る技術を持つ業者は、鹿島・大成・大林・熊谷などの大手ゼネコンに限られている。
「東京環状外環道路」は、国交省・東京都・大手ゼネコンの40年来の悲願であり、彼らは40年前から技術の検討を行ってきたという。
どさくさに紛れ込んでの補正予算本来本予算にあげるべきもの。
そこで削除されたゆえの復活予算ナンであろう。
補正予算の意味をなしていないバラマキ予算のそしりはぬぐえまい。


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嗚呼!小沢逮捕さる!
小沢秘書は今だ身柄不全。
これでは権力の意味がまるで理解できていないひ弱な政党に過ぎない。。
午後3時のニュースで衝撃を知った。
夕方5時からインタビューという。
これでは権力者の思うつぼで冤罪は事件と発展しよう。
西松の事件の時の昨年末にこの事態を爺のブログでは予測してたがトドかなかった。
自公後ろでアメリカの陰、暴走検察の前に愛国の徒は無念である。
対米従属のコの国に未だ自立はあり得なくなった暗黒。
汚れきった大掃除の権力の伏魔殿は暴けない。
「政権を変えることから改革はスタートする。」の政治家小沢一郎の悲願は
悲劇となった。
TIMEの表紙の顔を飾った日本の政治家が誰あろう。
武士の矜持で今後の安寧を手向け急遽アップしたい

TIME(タイム)誌 マイケル・エリオット国際版編集長、ココ・マスターズ東京支局長(東京)
2009年3月23日付
「日本を救いたいと願う男」
 民主党の小沢一郎代表は、実務的な仕事が性に合っていて、「賑々しい表舞台に立つのはそれほど好きではない」と話す。しかし、これからは脚光を浴びることに慣れる必要があるだろう。現在の世論の動向が持続し、もし(大きな「もし」の話だが)日本で最近明らかになった政治献金のスキャンダルで致命傷を負わなければ、小沢代表はもうすぐ日本の次の首相に就任するかもしれない。衆議院の総選挙は、9月10日までには実施されることになっている。しかし、東京の観測筋は、選挙は早ければ5月24日になることもあると見ている。その日は奇しくも小沢代表の67歳の誕生日である。民主党が現実に自由民主党に代わって政権を担うことになれば、それは歴史上、画期的なことと言わなければならない。自民党は日本の戦後政治体制が固まった1955年から(1993年のごく短期間を除いて)常に日本の政治を牛耳ってきた。今回の選挙の結果次第では、単に野党の旧来の指導者ではなく、日本の政界の舞台裏で20年近く辣腕をふるってきた異色の政治家が政権の座に就くことになる。その小沢代表は、自民党をひどく嫌い、日本がその持てる力を十分に発揮するためには、国とその政治の在り方を変えなければならないと従来から主張している人物だ。

 日本人に変化が必要だと納得させるのは、容易なことではない。しかし、国が斬新な理念で政治に取り組む人物を緊急に必要としているという正にそのために、小沢代表はいま、待ち焦がれた政権に手の届きそうなところにいる。世界規模の不況は、他のどの先進諸国よりも深刻な打撃を日本に与えた。輸出は激減し、日本経済は10%以上も収縮し、国内の大企業は浮き足立っている。「現状を維持する」姿勢が解決策として今ほど見当違いである時代は滅多にない。けれども、自民党は信頼するに足る景気回復への取り組みを示すことができないように思われており、国民は金で動く政党のその場しのぎの対策と失策にうんざりしている。

 日本は旧態依然とした政治家をご用済みにすることを切望しているように見える。しかし、小沢代表は見かけほどに、実際に現政治体制のアウトサイダーなのであろうか?小沢代表はまた、そのときが来たら日本をどこに導こうとしているのだろうか?

 まず、今回のスキャンダルである。それは、小沢代表の権力掌握を頓挫させる可能性が十分にある。小沢代表の第一秘書である大久保隆規氏は3月3日、西松建設のダミー団体から違法な政治献金を受け取って虚偽の報告をしたとして、東京地検に逮捕された。これらの献金は同代表の政治資金に組み入れられたとされている。当TIME誌が3月7日に行った取材で小沢代表は、この逮捕に「非常に驚いた」と語り、この種の事件は従来、「政治資金の収支報告書に関する記載ミス」として、記載の修正だけで済まされてきた、と説明した。捜査はその後、西松建設から自民党所属の国会議員への献金疑惑に広がっているが、これまでのところ、焦点は依然として民主党に向けられている。党代表を辞任する気はない、と小沢氏は述べているが、秘書逮捕のニュースが公表されて数日後に行われた日本の三大新聞の世論調査では、回答者の多数が代表を辞すべきだと答えている。


小沢代表のパラドックス

 日本の現首相である麻生太郎氏(同氏は2006年に小泉純一郎氏が退任して以来3人目の首相で、前任者たちと同様に精彩を欠いている)と比較すると、小沢代表に対する支持率の方が上回っている。それにもかかわらず、西松建設の政治献金スキャンダルにおける同代表の位置に関するすっきりしない印象は、日本の政治で小沢代表が占めている立場のパラドックスを反映している。小沢代表は日本の戦後政治体制の最も過激な批判者として抜きんでている(自民党が1993年に政権の座から滑り落ちるきっかけとなったのは、自民党を離党するという小沢氏の決断だった)。同時に、代表自身がそうした体制のこれ以上ない見本でもある。

 日本の非常に多くの政治家たち(もう1人の異色の政治家である小泉純一郎氏も含む)と同様に、小沢代表も政治家の息子として、27歳で衆議院に初当選して政界入りした。ワシントンにある戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部長であるマイケル・グリーン氏は20年以上前から小沢氏を知っているが、その当時の小沢氏のことを、本州北部の岩手県にある選挙区に「予算を持ってくることに励む」旧来型の政治家だったと記憶している。小沢代表の政界の指南役は田中角栄氏や金丸信氏である。田中氏は1972年から1974年まで日本の首相を務め、小沢氏を息子のようにかわいがり、結婚のお膳立てまでした。また金丸氏は、副首相と自民党副総裁にまでなった。田中氏や金丸氏は政界の伝説的なフィクサー(黒幕)であり、小沢代表も自民党を離党するまではそうだった。両氏とも結局は汚職事件で失脚した。1980年代になって日本中が好景気に沸いたとき、評論家たちは日本のこのような有様を「経済は一流、政治は三流」であるとしきりに口にした。好むと好まざるとにかかわらず、小沢代表の経歴の大半は、そのように忌み嫌われる政治システムそのものにどっぷり浸かっていたのである。今回のスキャンダルが明るみに出たとたん、小沢代表の支持率が落ちたのは驚くに当たらない。

 しかし、小沢代表は決して政界の内幕にあって細工するだけの人物ではなかったし、今もそうではない。同代表は1990年代初期から、日本は「普通の国」でなければならない、つまり、自国本来の国益を有し、国の目標は選挙で選ばれた政治家たちが定め、官僚は政策を決めるのではなく、政治家の決めた政策の実施をその仕事とするべきだ、というビジョンを明確に打ち出している。東京の永田町にある民主党の質素な党本部で行われた当誌のインタビュー取材で、日本は「普通の国」になるべきだという分析は今でも当たっているかとの質問に、小沢代表は「まったく該当する」と強く肯定し、「政治が官僚によって主導されている今日の在り方を、私たちは根本的に変えなければならないし、それを、政治家が政策を立案して自分たちの責任で実行していくという政治体制に変えていかなければならない」と述べた。現在の自民党政権に対する小沢代表の侮蔑感には、きわめて根深いものがある。代表は「与党の中には、全面的に官僚に依存しきっていて、まったく無為に過ごしている人々がいる」と話した。

 最近の自民党政治の実績がお粗末に過ぎることは、確かにほとんど議論の余地がない。小泉首相後の3人の後継リーダーたち(安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の各氏)は、後になるほど見劣りしてくるように思える。先月、麻生内閣の中川昭一財務大臣は、重要な国際会議の後で開かれた記者会見の席で、酒に酔っていたように見える応答ぶりを披露し、辞任を余儀なくされた。タンタロン・リサーチ・ジャパンCEOのイェスパー・コール氏は「従来なら、概して不況は自民党にとって追い風になっていた。しかし、今回は情けない状況である。政府はまったく信用されていない。打ち出されてくる政策は、あくび交じりの対応どころか、全くの無関心で迎えられている」とコメントした。

 また、日本はとてつもなく大きな課題に直面しているという小沢代表の指摘も、まったくその通りである。日本国内では人口の急速な高齢化が進む一方で、出生率は低下し続けている。65歳以上の高齢層は現在の2800万人から2025年までに3500万人へと飛躍的に増加し、人口の35%近くに達すると見込まれている。この人口構造の変化は、日本の企業に働き手の激減という重圧をかけるものであり、政治指導者たちが真っ正面からこの問題に向き合おうとするならば(そのような人物はこれまでに見当たらないが)、多数の移民を受け入れることでしか事態の改善策にはならない。そのためには、これまで閉鎖的だった社会を外に向かって開く準備をしなければならない。さらに、高齢化社会は医療保障と年金に対する要求で大混乱に陥るであろう。

 海外においては、日本は東でよみがえりつつあるライバル国と張り合わなければならない。わずか20年前には、「日本はやがて米国をしのぐ世界一の経済大国となるだろう」と予言する日本関連の書籍が多く出版された(いま読み返すと今昔の感に唖然とする)。日本がかつてそうであったように、現在では中国の経済モデルが世界でもてはやされている。これまでアジアでは、日本と中国が同時に強力な経済力を誇り合ったことはない。それは、そうした状態が起きるのは不可能だということを意味するのではなく、どちらの国も、お互いに苦々しいライバル国同士として競い合わないようにするためには、賢明なリーダーが必要であることを意味する。(米国もまた、東アジアのこの2大国がどちらも米国にとって重要なパートナーであることを、双方に納得させる賢明さが必要である。)

 とりわけ日本は、その戦後の繁栄と社会の安定をもたらした経済モデルが破綻したことに対応しなければならない。日本の輸出志向産業は目覚ましい成功を収めて、日本が世界第2位の経済大国に成長する原動力となったし、終身雇用という企業方針は気前のよいいろいろな手当制度とあいまって、西欧諸国ではお馴染みの包括的な社会セーフティネットを不要なものにしていた。そして、バブル経済が訪れた。1980年代に金融市場が自由化された後、日本は、現代のアメリカ人がアーミッシュ〔訳注:キリスト教プロテスタントの一派。規律から現代文明を拒否して自動車や電気を用いず質素な生活様式を保持する〕の農民一家ほどにも思えるような、借金をして浪費する経済に突入した。株価は成層圏に届くほどに高騰し、不動産価格は狂乱的に跳ね上がったので、東京の中心に位置する皇居近くの地価は、カリフォルニア全土のそれをも上回るという比喩がはやった。

 このようなバブル経済は、当然ながら弾ける。バブル(泡)は弾けるものなのだ。日本の官僚たちが金融システムの危機に直面して術なく右往左往する間に、日本経済は「失われた10年」と称される長いトンネルに入った。株式市場は急落し、ある時期に下げ止まったのち、さらに落ち込んだ(日経指数は1989年のピーク時から82%も失われ、最近、26年ぶりの底値を記録した)。かつて世界中が瞠目した日本の諸銀行に、公的資金の注入が行われた。新しい世紀に入ると、中国と米国の需要に引っ張られ、日本の経済成長はようやく勢いを盛り返しかけた。しかし、それも新たな世界不況と外需の不振のために再び打ちのめされた。この2月、日本の輸出は前年比で実に46%も落ち込んでいる。


生活保障の模索

 何をしなければならないかについて、小沢代表の分析は明快である。代表は「従来のやり方に立ち戻ることはもとより論外である。(中略)私たちは市場原理と自由競争を、終身雇用制度にうまく組み込まなければならない」と認識している。成功への鍵は、輸出依存度を低くし、もっと国内需要に頼るようにすることである。これは、民主党の政策文書が「すでに20年も前から言われてきたことである」と辛辣に指摘する処方箋である。しかし、日本人にお金を金庫にしまっておかないでせっせと買い物をするよう説得するのは、口で奨励するだけでは全く効果がないことを、小沢代表はよく認識している。同代表は「生活が保障されているという安心感を国民に与えなければならない」と述べた。その点で、人口問題に難題を抱えている現状では、医療保険制度と年金制度で真の改革が必須となる。小沢氏は「若い世代ですら、将来は年金が受給されないのではないかと不安に思っている」と指摘する。前述のコール氏はさらに、「日本人に『定年後の生活は心配ない』と請け負うためにできる施策があれば、必要とされる分まで国内需要を押し上げることに大いに役立つだろう」と説明している。

 これに対して懐疑的な人々もいる。長年にわたり日本についての研究成果を発表してきた米コロンビア大学のジェラルド・カーティス教授(政治学)は、民主党がセーフティネットを強化しようとしていることを認めつつも、オバマ米大統領が数週間のうちに米議会で可決させたような景気刺激策を提案する決意が同党にあるだろうか、と疑問を呈している。小沢代表は、政策を注意深く考え抜く人というよりも、カーティス氏の言葉を借りれば「自分自身がカール・ローブ氏〔訳注:ブッシュ前大統領の首席補佐官〕になっているように見える」。

 しかし、首相となった場合には、小沢代表はまさに政策を注意深く考え抜かなければならなくなる。これまで、日本は自らの国益を意識する「普通の国」でなければならないという小沢氏の決意が、「米国にとっては同氏が付き合いにくいパートナーとなりそうだ」と思わせる時が何度かあった。例えば、小沢氏は最近、民主党政権のもとでは、東アジアにおける米国のプレゼンスは横須賀を基地とする第7艦隊だけで「十分だろう」と述べた。これは、日本にある他のすべての米軍基地は閉鎖されるべきだという含みのあるコメントである。米国との関係が「日本にとって最も重要な国際関係である」と言う一方で、小沢代表は米国と距離を置いている。同代表はTIME誌に「米国が単独で決め、あるいは実行する軍事行動には、日本は追従することはできない。しかし、国際紛争の解決が国際社会の協力を得て国連の枠組みの中で取り決められるならば(中略)日本は最大限の積極的な協力を惜しむべきではない」と語っている。

 CSISのグリーン氏は、小沢氏の「エイハブ船長〔訳注:復讐の念にとりつかれた『白鯨』の船長〕のような自民党潰しの執念」は、時として反米的な口調も辞さない態度になって現れ、日米同盟関係に巻き添え的な被害を及ぼすという。しかし、日本のどんなリーダーも世の中の現実をわきまえている。小沢氏は首相になれば、権力を維持するためにも「米国との強い結びつきを求めるであろう」と、グリーン氏は見ている。


怖じ気を克服して

 目下のところ、日本が直面している最大の課題は国内問題である。バブル経済の崩壊後、怖じ気づいてしまった日本人は、物事がかつてのままではならないということを知っている。「日本人は根本からの変革を望んでいる。しかし、そのために一票を投じる候補者が誰もいない」と、東京の日本大学で政治学を教える岩井奉信教授は言う。コール氏は「真の問題は、政治が再び若い世代にとって魅力あるものとなるかどうかだ。つまり、自分の今の生活だけでなく、将来に影響するのだから、実際に政治に関わる必要があるのだと意識させ得るかどうかだ」と分析する。

 問題の核心はそこにある。時に日本の将来に関する明快な分析に加えて、自民党に取って代わるという強い気概を持ち合わせて行動しているように見える小沢代表ほど、日本の政治文化のなかに深く浸ってきた人物が、変化を推し進める魅力ある担い手になり得るかどうかに、問題はとどまるものではない。21世紀が要求している経済と社会の在り方に向かって、身を切るような変革を成し遂げる意欲が日本にあるかどうか、ということである。

 確かに、日本には脱皮する能力がある。この国は現代に入って2度、それを成し遂げた。1度目は19世紀後半の明治維新以降のことだ。長年にわたって鎖国されていた社会を徹底的に近代化し、欧州列強の1つであったロシアとの戦争で勝利した。2度目は、敗戦の灰燼から新たな経済を立ち上げた1945年以後である。

 しかし、日本にはいつも、予測できない未来よりも、分かりやすいと思われる過去へのノスタルジアがある。東京の太田記念美術館では3月、楊洲周延〔訳注:ようちゅう・ちかのぶ。明治期に活躍した浮世絵師。憲政資料室所蔵の『枢密院会議之図』も周延の作品〕による見事な浮世絵展〔訳注:『生誕170年記念 楊洲周延展』〕が催されている。これは、西洋の音楽、軍服、鉄砲、フープスカートのドレスといった西洋の風俗が、日本古来のものに取って代わり始めた明治時代を偲ばせる作品の展示だ。

 古典的な浮世絵という枠の中に描かれている近代の様子は、奇妙で落ち着かない気持ちをかき立てる。まるで、浮世絵師が新しい世界にあっさりと溶け込むことができなかったかのようであり、おそらくはそれを嫌がっていたのであろう。例えば、ある浮世絵作品では、伝統的な着物姿で髪をつややかに結った女性が、下ろした髪を後ろになびかせて楽しそうに自転車に乗る少女を物憂げに見つめている。

 日本は自転車にまたがり、敢然と未来に乗り出そうとペダルをこぐのだろうか?多くの人がその答えを知りたいと望んでおり、それは日本人だけではない。

取材協力:オダ・ユキ記者(東京)
日本語訳:民主党国際局

仙谷由人・凌雲会長がトドメの穢れを呼び込んだか。
郷土の士米内光正に思いをめぐらす間もなかったのか。
生気ない爺の慟哭の涙は枯れない。

天地ひっくり返ろうと動じず未来を指し示すこの人には
この世の人にない度量を見る。真の知を兼ね備えタル人。
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この国を売り渡す亡国の麻生太郎
 さあ~憂国の旗を立てて
   弔い選挙だ。!

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