国道

2003年9月4日
ビジネスホテル、キングでは6時前に起き、てもちぶたさ、5階のの朝食に行くが、7時からとのこと。

しばし散策の優雅な時間。

朝食は和洋のバイキングである。
待たされた分もあり田舎モン丸出しで両方食する。

飽食の時代。スイカ、にパインのデザートもあり、
大喜びの私。

バイキングの料理は帝国ホテルで、始まり

ネーミングは当時封切られていた,映画のバイキングの1シーンの食事をしている場面から従業員の提案で名付けられたものでの和製英語。、

世界のレシピの言葉には無い。

食事を済ませ部屋に帰ると、小倉さん、
「朝風呂にいろう」
かと言う。

ナンダ朝風呂サービスもあるのだ。
どうも温泉である。

泉質は塩分のある独特のヌルがある。
ヒノキ風呂は古くなるとだめだ。

私なら、最低この桶ぐらいは、サンダーで磨いてのサービスをするな。

ナフコで部材を調達するが手にいらないのが多く、かって知ったる東芝機械さんを探し回り、なんとか調達できる。

現場では、私の役割は、もっぱら買い出しが係。
アース線20メートルである。

マツヤ電気、梅木電設、エジソン、マエダどこにも無い。

マエダでは灰色が出された。

「緑でしょう」

「1,2ミリ同じですガネー」

話にならない。

高尾野電業をみつけ分けてもらう。

屋内分器盤は一度動かしている素人工事の為
ボウドの強度がない。アンカーがいる、

直ちに走る金物店の出したものが、
コンクリートに巻き込むアンカーで建築用でない。

あんなに説明したのに商品知識と対応がきかない。

私が倉庫で探し出し4こ80円で分けていただいた。

廣島さんの手にかかり、前回されている手直し工事として分岐盤は強度のあるものと仕上がった。

3時まえ遅い昼飯はジョイフル。

この仕事中毒の職人はここでも今後の進め方を協議している。

この仕事人集団に任せていれば、間違いない仕上がりである。

働きやすい環境作りが、私の仕事である。

聞いている昨日までの経過には、少し納得がいかない。

職人をいい気持ちにしてやらねば。

東市来、末吉に行くため、九電の高橋さんに挨拶に行き現場をおねがいして4時前に一路、宮之城経由で次を目指す。

3号線から阿久根経由なら良かったのに504号を走ることにした。急がば回れになるとは・・・

504号線の出水から6km区間の凄いこと。

なかでも、高尾野トンネル2605メートル、コリャなんじゃ

ほとんど有料道路ではないか。
それが、無料である。

ところが、対向車一台ない通行量がほとんど、0だ。

途中の看板をわざわざ、車をとめて見た。
北薩横断道路と言う自動車専用道路とのことである。

宮崎の悪評の一ッ葉の北、南の有料は、見直すべきである。

紫尾区間6キロすぐにセンターラインもない山道になる。

夜の一人なら、先日の再現状態と同じである。
上りきったところで説明版がある。

紫尾山頂上1067mまで、車で20分、
天草が見え、有明海まで見渡せるとのことだが、スリップラインがでているワイヤーの出ている
タイヤなので諦めた。

由緒を読んでいると驚いた。

中国の歴史は、殷、周、秦、前漢、後漢、・・・そして三国志の世界と覚えたものだが、

その秦の始皇帝の東洋制覇の仕上げとして、
不老不寿の薬草探しがあった。

その尖兵に海の向こうである日本に徐福を差し向ける秦の始皇帝。

その徐福がたどり着いたのが、紫尾山なのである。ここであったのだ。

石碑には誰の揮毫になるのかわからぬが、次のようにある。
 
大地に広狭無く 
        碧空に遅速無し
もう一方には、

似山人高
    如林心深
とある。

宮之城の街路樹はなんと竹林。風情があっていい。
かぐや姫の里と言う。

タイヤ交換していざ、5時をすぎており、末吉町に向かう。

東市来はTELで失礼した。
鹿児島空港手前も横断道路、空港から503号を走り、地図に無い農免道路をはしる。

思わぬところで、ウルグアイラウンドの取り決めでの農業予算の可笑しな使われ方の産物を走っている。

霧島方面を走っていると、ワイパーも追いつけない豪雨。

山の天気は変わりやすい典型的現象」である。
流石に、九州の尾根だ。

9時過ぎ新築の現場。
かなり進んでいた。

立派な屋根じゃと小倉さん。
夜中屋根に登り、調査である。

明日電気屋さんに見てもらうこととした。
太陽光発電は実に緻密な行動が要求される。

地球温暖化ストップとの戦いである。
負けられぬ。


 

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