スカートの丈
2003年10月21日ビデオの親会社アレックスのクルーも運動会、結婚式に選挙と撮影現場が大変である。
この秋の方、お安く記念のビデオできますんで、
随意ご注文を承ります。
http://www.geocities.jp/apa1793/
そこで、編集メンバーにうら若い女性スタッフが加わった。
「日記読みましたヨ!・・・」
と声を掛けていただいた。
客観的評論をはじめて聞く。
「よくわかりませんでした。ムズカシイ!」
との事である。
カフカ、に近い安部公房が日本人のノーベル文学賞に尤も近かったわけだが,受賞してればなぁ〜
埴谷雄高の死霊の観念文学をふくめ、高橋和巳、柴田翔、・・・若い世代には、受けないわ〜。
詩の手帳詩が9,10月号と吉本隆明の特集を組んでいる。この人、ある意味で新左翼の教祖でもある。
吉本ばななの父さんと言わないとわからないう時代だから至極当然。
そこで、宣言した!
「スカート」について書いちゃル!
何故かわからぬ突然のこと。
・・・・・・
この秋のデパート状況は「ミニスカート秋の主役」をテーマにしている。
ツィギーが来日したのが、68年羽田のビートルズの何年後かであった。
膝っ小僧がでて、、なんとなく目のやり場に困った得もいえぬファツションであったが、たちまち日本中を席巻した。
数年前の、ルーズソックスが前兆であったのか。「
幾多の変遷を経て、今年7月あの、ロシアからのタッーの来日。
女高校生は競って丈を短くしている。
制服のスカートの長い子は苛めに合うそうだ。
阪急梅田の知人曰く、
「すべて、ミニ、」ここ数年膝下丈のスカートから、主役を奪おうとしているそうだ。
ツイードやチェック柄、プリーツと呼ばれる
ひだつき、バンドなどの装飾品がついたのが人気が高い。そうだ。
売れ筋の価格は、1万円。売上が、昨年比6割以上伸びている。
秋冬を通じて2倍以上になるそうだ。
ミニスカートにあわせて足元のファツションの膝の上まである、ロング・ブーツが売れ、
薄手のレッグウオーマーや、足首に飾りのついたストッキングも波及しているそうだ。
女性の腕にも電波時計とカシオだったか、シチズンだったかのCMである。
電波時計の販売が伸びていたが、男用しかなかった。それが、女用を発売したところバカ売れである。
価格は3万円程度。
スカートの丈と好景気、不景気を論じた学者が居たが、経済の流れに、周期があっただけでしょうヨ。
ネクタイの幅が10年周期で変わるのとの類でしょう。
スカーチの下には秘密が隠されている。・・・といったほうが小沢昭一を始めとする殿方、の考察。
<ごまかすな!自分のことでしょう!汗>
女は素肌を隠すものと言うイスラム文化圏でない日本人にはピッタリ来るのかもしれない。
スカートという衣服の存在には不可解な点が多い.何故男が着ず、女だけなのか。
湿気の多いこの国では,股間に邪魔者を持つ男には、長ズボンは良くない
ズボンは蒸れるし,男の生殖能力を減退させる,
少子化で年金問題さえ言われ社会問題となっているではないか。
スカートこそが男にはふさわしいのである.
バッキンガム宮の衛兵の如くスカートを纏おうではないか。
何故しないのか。理由は簡単である.
女は日常的に好んでそれを着用しているにもかかわらず,その利点を口にすることが無いからである.「
その代わりに不便さは良く耳にする.不便なのに季節が変われば新しいスカートを求めて女たちは街を歩き回る.「全く釈然としない.
しかし,あるファクターを導入するとこの状況が理解できるようになる.
スカートの魅力のその中核を担うファクターとは「異性の視線」である
殿方よ!セクハラ法が施行されようともあのチラッの揺れる丈、注目しましょうヨ。
.
スカートを今後発展させる見地からもこれは絶対に外せない
スカートはもっとも原始的な「服」であり,紀元前3000年ころのメソポタミアでは,
「縫う」技術がなく男女の区別なく,服はそれだけだった。
ギリシア,ローマ時代も,1枚布を肩から体に巻きつける衣服である。
シーザーや大地が割れた映画・・等のスペクタクル映画でご記憶あろう。
中世のキリスト教下の「身体は罪深いもの」の考えから、,人々は体を覆い隠す服装を身にした。
王侯貴族は,それぞれの王の時代ごとにかわる,華麗な衣装を男女とも纏った。
それは、また衣装がその職や階級そのものだった。
日本でも聖徳太子の肖像画もそうだし、冠位12階で色分けがあった。
ズボンをはいたのは騎馬民族だった。
ギリシア,ローマの「文化の中心地」から見ると,ズボンは野蛮人の服だったのである。
ズボンを取り入れ,男性はズボン,女性はスカートという,
服の性差を導入し広めたのは,ゲルマン民族だ。
今も民族衣装に確認できる。
女性がズボンをはき始めたのは,20世紀のことだ。
この間ずっと,スカートは女性の,ズボンは男性の,「性の制服」だったのだ。
ヴィクトリア朝時代も,女性はずっと長いスカートを着用していた。
産業革命社会,,自分の経済力を,働かなくてもよい自分の妻の姿に示すことを求めた。
労働に適さない弱々しい女性が賛美された。
女性たちは「動くことを必要としない衣装」
「クリノリン」と呼ばれる巨大なドーム状にしたスカートをはいた。
鉄道の発達は「動けない服」「クリノリンを変化させる。
1851年,アメリカ人のブルーマー夫人が,パンツスタイル「ブルーマーコスチューム」を提唱した。
小中学時代の体育の時間の心を震るわせたちょうちんブルマーである。
フォークダンスである。眩しき太股、
これだ!スカートの下に隠されているもの。
1860年代,クリノリンに代わってウエストを極限まで絞り上げる
「タイト・レーシング」がでた。
スカレット・オハラの性格描写にスクリーンでご記憶あるはずだ。
チャメッケのヘップバーンもそうであった。
足元にも注目が集まり,ハイヒールの流行。
スカートの丈は少しずつ上がり始めた。
1845年に「鏡税」が廃止になる。
大きな鏡がぜいたく品でなくなり,自分の全身を見ることが普通なった。
肖像写真ブームもあり、自分の姿への関心をもつ時代の到来。
女性たちが長すぎるスカートを離れ始め、
隠すものから見せるものへと自己主張をはじめた。
不可解なる生き物の着るスカート故の解明はそう簡単にできるわけが無い。
スカートの丈こそが唯一相関関係があるのかもしれない。
まさか、コンビニには並ぼうまいて。
さ;あ!今日の日記受けるか。
「むずかしい!」女心と秋の空!
この秋の方、お安く記念のビデオできますんで、
随意ご注文を承ります。
http://www.geocities.jp/apa1793/
そこで、編集メンバーにうら若い女性スタッフが加わった。
「日記読みましたヨ!・・・」
と声を掛けていただいた。
客観的評論をはじめて聞く。
「よくわかりませんでした。ムズカシイ!」
との事である。
カフカ、に近い安部公房が日本人のノーベル文学賞に尤も近かったわけだが,受賞してればなぁ〜
埴谷雄高の死霊の観念文学をふくめ、高橋和巳、柴田翔、・・・若い世代には、受けないわ〜。
詩の手帳詩が9,10月号と吉本隆明の特集を組んでいる。この人、ある意味で新左翼の教祖でもある。
吉本ばななの父さんと言わないとわからないう時代だから至極当然。
そこで、宣言した!
「スカート」について書いちゃル!
何故かわからぬ突然のこと。
・・・・・・
この秋のデパート状況は「ミニスカート秋の主役」をテーマにしている。
ツィギーが来日したのが、68年羽田のビートルズの何年後かであった。
膝っ小僧がでて、、なんとなく目のやり場に困った得もいえぬファツションであったが、たちまち日本中を席巻した。
数年前の、ルーズソックスが前兆であったのか。「
幾多の変遷を経て、今年7月あの、ロシアからのタッーの来日。
女高校生は競って丈を短くしている。
制服のスカートの長い子は苛めに合うそうだ。
阪急梅田の知人曰く、
「すべて、ミニ、」ここ数年膝下丈のスカートから、主役を奪おうとしているそうだ。
ツイードやチェック柄、プリーツと呼ばれる
ひだつき、バンドなどの装飾品がついたのが人気が高い。そうだ。
売れ筋の価格は、1万円。売上が、昨年比6割以上伸びている。
秋冬を通じて2倍以上になるそうだ。
ミニスカートにあわせて足元のファツションの膝の上まである、ロング・ブーツが売れ、
薄手のレッグウオーマーや、足首に飾りのついたストッキングも波及しているそうだ。
女性の腕にも電波時計とカシオだったか、シチズンだったかのCMである。
電波時計の販売が伸びていたが、男用しかなかった。それが、女用を発売したところバカ売れである。
価格は3万円程度。
スカートの丈と好景気、不景気を論じた学者が居たが、経済の流れに、周期があっただけでしょうヨ。
ネクタイの幅が10年周期で変わるのとの類でしょう。
スカーチの下には秘密が隠されている。・・・といったほうが小沢昭一を始めとする殿方、の考察。
<ごまかすな!自分のことでしょう!汗>
女は素肌を隠すものと言うイスラム文化圏でない日本人にはピッタリ来るのかもしれない。
スカートという衣服の存在には不可解な点が多い.何故男が着ず、女だけなのか。
湿気の多いこの国では,股間に邪魔者を持つ男には、長ズボンは良くない
ズボンは蒸れるし,男の生殖能力を減退させる,
少子化で年金問題さえ言われ社会問題となっているではないか。
スカートこそが男にはふさわしいのである.
バッキンガム宮の衛兵の如くスカートを纏おうではないか。
何故しないのか。理由は簡単である.
女は日常的に好んでそれを着用しているにもかかわらず,その利点を口にすることが無いからである.「
その代わりに不便さは良く耳にする.不便なのに季節が変われば新しいスカートを求めて女たちは街を歩き回る.「全く釈然としない.
しかし,あるファクターを導入するとこの状況が理解できるようになる.
スカートの魅力のその中核を担うファクターとは「異性の視線」である
殿方よ!セクハラ法が施行されようともあのチラッの揺れる丈、注目しましょうヨ。
.
スカートを今後発展させる見地からもこれは絶対に外せない
スカートはもっとも原始的な「服」であり,紀元前3000年ころのメソポタミアでは,
「縫う」技術がなく男女の区別なく,服はそれだけだった。
ギリシア,ローマ時代も,1枚布を肩から体に巻きつける衣服である。
シーザーや大地が割れた映画・・等のスペクタクル映画でご記憶あろう。
中世のキリスト教下の「身体は罪深いもの」の考えから、,人々は体を覆い隠す服装を身にした。
王侯貴族は,それぞれの王の時代ごとにかわる,華麗な衣装を男女とも纏った。
それは、また衣装がその職や階級そのものだった。
日本でも聖徳太子の肖像画もそうだし、冠位12階で色分けがあった。
ズボンをはいたのは騎馬民族だった。
ギリシア,ローマの「文化の中心地」から見ると,ズボンは野蛮人の服だったのである。
ズボンを取り入れ,男性はズボン,女性はスカートという,
服の性差を導入し広めたのは,ゲルマン民族だ。
今も民族衣装に確認できる。
女性がズボンをはき始めたのは,20世紀のことだ。
この間ずっと,スカートは女性の,ズボンは男性の,「性の制服」だったのだ。
ヴィクトリア朝時代も,女性はずっと長いスカートを着用していた。
産業革命社会,,自分の経済力を,働かなくてもよい自分の妻の姿に示すことを求めた。
労働に適さない弱々しい女性が賛美された。
女性たちは「動くことを必要としない衣装」
「クリノリン」と呼ばれる巨大なドーム状にしたスカートをはいた。
鉄道の発達は「動けない服」「クリノリンを変化させる。
1851年,アメリカ人のブルーマー夫人が,パンツスタイル「ブルーマーコスチューム」を提唱した。
小中学時代の体育の時間の心を震るわせたちょうちんブルマーである。
フォークダンスである。眩しき太股、
これだ!スカートの下に隠されているもの。
1860年代,クリノリンに代わってウエストを極限まで絞り上げる
「タイト・レーシング」がでた。
スカレット・オハラの性格描写にスクリーンでご記憶あるはずだ。
チャメッケのヘップバーンもそうであった。
足元にも注目が集まり,ハイヒールの流行。
スカートの丈は少しずつ上がり始めた。
1845年に「鏡税」が廃止になる。
大きな鏡がぜいたく品でなくなり,自分の全身を見ることが普通なった。
肖像写真ブームもあり、自分の姿への関心をもつ時代の到来。
女性たちが長すぎるスカートを離れ始め、
隠すものから見せるものへと自己主張をはじめた。
不可解なる生き物の着るスカート故の解明はそう簡単にできるわけが無い。
スカートの丈こそが唯一相関関係があるのかもしれない。
まさか、コンビニには並ぼうまいて。
さ;あ!今日の日記受けるか。
「むずかしい!」女心と秋の空!
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