今日の誕生日の花は・・・・カンザクラ
花言葉は・・・・・・・・気まぐれ

11日は日向路も一日中曇り空で晴天記録が途絶えた。
12日になると深夜すぐほんのチョッピリのお湿り程度。
福岡ナゾは12日は降雪という
欧州はどこも酷い
一番暖かいスペインでさえ-20度らしい。
雪雨・・それにしては暖かすぎる。
ただバラ科の寒桜は宮崎でも未だこの時期には咲かない。
NHK花言葉をラジオで日々教えてもらってるわけだがこの時期は花少ないゆえとはいえ合点がいかないときがある。
調べてみると次のようである。
北隆館「原色樹木大圖鑑」
ヒカンザクラとヤマザクラとの雑種といわれている「園芸品種」
誰かが作ったものというにしては由来が無い。
ソメイヨシノの場合は、江戸の染井村の植木屋なぞと知られている。

国立遺伝学研究所では「遺伝研の桜」という
伊豆半島でも、寒い時期に開花するのでこの名が付けられたと言われる。
伊豆では「ヤマザクラ」や「オオシマザクラ」の早咲きの系統が種々あって、「カンヒザクラ」との雑種は充分に考えられる。
四国、九州にも早くから「カンヒザクラ」が導入されているので、同じ事が考えられる。
「カンザクラ」は暖かい所で生まれたものと推測できる。

カンザクラは自然交雑種という
とすれば「園芸品種」に疑問符がつく。

寒桜の学名は高知のヒト牧野富三郎がつけたもの
ただ「CD-ROM 牧野圖鑑」には載っていない。
「カンザクラ」を引くと、「チュウカザクラ(別名 カンザクラ、ハナザクラ)」とある。
高知の牧野植物園に二度ほど行ったがカンザクラには気付かなかった。
そりゃぁそうである。
花のときでないと区別は無理である。

満開にして 淋しさや 寒桜

二十歳を皆が祝う。
これまでを振り返りよかったのかと自問してみる。
ただ一直線に生きてきた還暦にアルそれなりに人生を終えてる爺ではある。
そこでただひとつ口惜しき事がる
生まれ変わったらこれが奏でられる人になりたいッ!。
第一二外国語言葉取得の不自由さとともにあるしくじった人生の願望。

総てが天下であった狭き社会の分校から5年生にして本校に合流。
三つあった分校は爺の学んだ分校は唯一今だ運営されている
学業が未熟はほろ苦い思いがきっかけであったと思う。
今では恥ずかしくてたまらない。
 それ以来爺は授業なる学校の勉学に妙味を持たなくなった。
 社会に貧乏が何故あるのか。

それはカルチャーショックに始まる。
本校の同級生は50人規模で6クラス。
企業一つ無い農家ばかりのあの山間の田舎によくもいたものである。
分校生を特に対象にして小学校五年生をピアノで歓迎で受け入れてくれた。
それがナントモ妙であった。
先ほど歓迎のピアノを弾いてた人が隣の席に座った
 チョコンと。
エエッ!なんなの?
この人先生ナンダロウ?
どうなってるの?
今ではわかるがあの頃知らなかった
リボンをしてかすかなる香水さえしている。
満足に食えない灰燼に帰した戦後の跡ゆえ農家の女なぞで香水ナゾ誰も知らない。
紅も引いてなく黒髪の椿油ぐらいである。
コロットしてて少女雑誌や家の光雑誌の小鳩くるみそのもの。
分校ではピアノはなくオルガンでさえ触らしてもらえなかったのに自由自在なるピアノ!?
コッチたらとても♪猫踏んじゃった♪も出来ない
両手が交互に交差して左右の手の動きが違う
見事なる曲が奏でる事が出来ているヒトがいる。。
本校の先生って~偉いなぁ~と思ってたら隣に座ってきた。
ナ~~ンこの人・・先生でなく・・
もしかして同級生・・ナァ~ン?

実に多くの経験をしての還暦前にある。
爺はズ~ッとよりよき社会をめざして社会参加で生きてきた。
そういう意味では政治家である。
一日なりともその姿勢を崩した事は無い。
爺はバッジのない政治家で生きてきた。
井戸塀しか残っていない政治に口出してきたものの典型の人生であった。

国策のエネルギー転換期には九州アッチコッチを神出鬼没
さらに三宅坂周辺に政治決着を求めた。
三池のあのホッパーは今では近代遺産という。

社会改革の制度ほど手間暇かかるものは無い。
その前提の選挙ほど面倒くさいものは無い。
誰しもが等しき一票ある。
これはやっかいである。

党派の混沌にまみえる中、新たなる生き方を求めた。
欧州行脚を経て広く浅く献身的にすごした。
集票活動の副産物。
宮崎小品盆栽会を事務局長として組織化した
今ある規約は爺のあの時期の英知である。
宮崎落語会は県北可愛屋コタツ師や山浦記者ともども宮崎市内を補った。
昨年失った円楽師匠を宮崎に迎えるという至福のノ時間をすごした。
寄席の高座の定席なき三遊派ゆえ何度も宮崎に高座を持ちえた。
社会改革に必死ゆえ、とにかく時間が無いない中での二束三束のわらじである。
酷使しすぎた五体。衰えはヒトの何倍にあるハズだ。

フルバンドの仲間と司会者として老人ホーム慰問は200回を越えた。
子ども会ソフト監督17年。
一瞬にしてそれらとオサラバだから人生は不可解である。
積み上げるには三十数年かっても去るのは瞬間。

太陽光発電普及は時期的に早すぎ職人さんの給与払いに難儀した。

昭和30年代後半から40年代石炭産業は、石油を主なエネルギーの根幹にせよ、との国家の指令が暗黙にに出た。
、石炭が埋蔵されたまま、炭鉱閉鎖、代表的に近代施設産業遺産の軍艦島高島がある。

アメリカの要求のまま石油輸入を受容した日本政府
生活を切り捨てられようとした国民は大規模な三井・三池闘争に立ち上がった。
スローガンが象徴している。
「去るも地獄、残るも地獄」
石炭切り捨ての強行政策は厳しく過酷でさらに巧妙で飴とムチ。官大教授向坂一郎は、ここで文字に弱気ヒトを相手に資本論学習会をした
そして安保と結びついた。

しまいには数度の炭鉱爆発などの大きな人工的災害を引き起こした。

 農業においてもそうである。
瑞穂の国と呼ばれた米作は、相い次ぐ減反のJAまで加担した強行農政により、国産の農作物は自給率をまるで雪崩のように一直線に下げた。
その結果が、いったん石油が輸入されなければ、どのような事態が起こるか。
中近東の湾岸戦争の際には、オイル・ショックによって完璧に国民を打ちのめした。
トイレットペーパーさえ店頭から消える予想もしなかったパニックが生じた。
アメリカによって産業が犠牲にされただけではない。
生活の隅々までさらには進駐軍の恒常化で押さえつけられた。あの頃と今は何も変わっていない。

12日夜半岡田大臣はアメリカに向った。
その典型が今問題化している沖縄県を犠牲にしてきた米軍基地の存在にある。
交通事故軍人さえ引き渡さないとの事が新年から表面化している。
アメリカ軍兵士の相次ぐ人種差別的暴力犯罪、
将来ある青少年や女性への強姦や暴行によって、沖縄全土の県民が多く何回も立ち上がり決起集会を開催している。

米軍基地の撤退を世論として、保革問わず、沖縄県民の声として昨年末結集した。
、他の都道府県で革新政党の支持がじり貧になっていった時でも、沖縄県では、革新統一勢力によって重要な国政選挙や県知事選挙で、保守勢力と互角かそれ以上の実績を残し続けてきた。
昨年8・30総選挙では自民党議席は「0」

 事実に基づかない憶測は、デマゴギーでしかない。
ただ、日本の鳩山政権が、アメリカの米軍基地要求をそのまま鵜呑みにせずに、できるかぎり国民の声に耳を傾けて慎重に国政を進めようとしている
、そのような政権を、民主党連立政権を国民の心理を不安に陥れたり、国民ひとり一人が慎重に自主的に思考するのを妨げ、ブームのように世論をミス・リードしていこうとするなら、その結果には何が待っているだろうか。

 沖縄県民の意向を無視した、アメリカ政府の強硬な米軍基地居座りを、認め続ける日本政府を悲惨な被爆体験と十五年戦争敗戦という教訓をもつ日本国民は許可しうるのか

 アメリカが、日本の国内政治に介入しないならば、それに迎合してお先棒担ぎを行うマスコミや検察警察はネガティブキャンペーン紛いの日々の今日の形で存在するのか。

11日「北」は韓国日本に大きなメッセージを発した。
小沢一郎の英国、中国韓国訪問が生き始めている
同胞の拉致召還、平和への動きが日程化しだしている。
「北」に隣国との共存の正義が存在するなら、宗主国は日本をどのような未来国家にしようとしているのか。

 「作られた世論」に操作されないように、いまの日本が置かれた座標軸をしっかりと見据えたい。
日本の未来をつくり、日本の主権を保持するのは、国民世論に立脚した民主党政府にある。

NHK深夜便12日1時から2時、神田福丸×葛西聖司の端唄小唄を聞きながらの対談で一辺に迎春にある。
火消しと芸者の子の下町5丁目生まれの福丸師匠の江戸弁はイイ。
聞き分けえるのも葛西アナであればこそ。
赴任地日向で葛西アナの江戸弁は流石に曇っていよう。
ニューヨークの生い立ちの貧困がサッチモ・アームストロングの芸術に昇華した。
アンコール曲のお洒落さ。
コルネットからトランペットで世に出た。

黒い瞳,バラ色の人生, 明るい表通りで,久しぶりね  チム・チム・チェリー この素晴しき世界

バーボンストリートでの表現の「ワンカップ」が凄い現地語の福丸師匠
教えていただいた。やんばらとオキャンはちがうんだ。 

12日岡田大臣はハワイでの会談である。

米国のキャンベル国務次官補が、小沢一郎幹事長の訪米を望んでいるそうだ。
小沢は予想以上に手ごわいと思ったのかどうか
対日圧力の逆効果を心配する空気が米政府内にも漂い始めた
ここで、小沢がその誘いに乗るか、それとも今しばらく動かないでいるか。

米政府の「普天間」圧力にナイ教授が警告

民主党系知日派の大御所、ハーバード大のジョセフ・ナイ教授がNYタイムズに普天間基地移設問題に関して
、論文を寄稿した。
「米政府の一部は日本の新政権に対して強硬な姿勢をとりたがっているが、思慮が足りない」
「我々には、もっと忍耐づよく、戦略的な交渉が必要だ。(普天間のような)二次的な問題のせいで、
東アジアの長期的な戦略を脅かしてしまっている」

岡田大臣はキャンベル、もしくは米国務省首脳の心理を、読み解く必要がある。
22時に飛び立ったか
その解説を「元」記者が読み解かれる。

日本の新しい政権を脅し、自公時代同様の従属を誓わせようとしたが、首尾よくいかない。
COP15での日米首脳会談を求める日本を袖にしたが、宇宙人宰相はさほど慌てる素振りもない。
それどころか、民主党の総大将は、大訪中団を率いて胡錦濤と会い、米国の機嫌をそこねても平然としている。
これまでの自民党60年とは大違い。泰然としている。

米国一辺倒の従順な日本ではないことに、超大国の威信を傷つけられたと感じる勢力が
日本メディアや自民党議員らとともに騒いでいる。

日本外務省の親米派「アメリカンスクール」と気脈を通じ、日米の外交・防衛政策をリードしてきた
「安保マフィア」といわれる連中。

日米同盟の守護神とさえいわれたリチャード・アーミテージ。
ブッシュ・小泉の蜜月を支えたマイケル・グリーン。
昨年わざわざ来日して、自民党とともに鳩山批判を繰り広げた。
こうした米政府、議会、シンクタンクの知日派たちの感情的な反発はマスメディアによって「日米同盟の危機」という大げさな表現で日本国内に流布されている。
売国奴の輩どもメ。

藤崎一郎駐米大使のように、わざわざワシントン駐在の日本人記者を集めて「危機」を演出する日本の外交官も現れる。宮内庁長官は天皇さえ利用する。
鳩山外交への批判は度が過ぎる。

ところが、ここから、微妙に米側の姿勢が軟化し始める。

とどまるところを知らない日本の横並び報道合戦。
その過剰によって、ようやく米政府が冷静さを取り戻したのである。

政権交代を選んだ日本国民の対米感情が悪化すれば、ほんとうに日米同盟が危うくなる。
それはむしろ、米国の損失ではないのか。
そういう声が、保守派の強硬な言説に取って代わって強まりだしたのかもしれない。

、これまで通りの米国追随が安易な外交政策とすれば、態度を保留するというのは、むしろ積極策だ。
その我慢強い「沈黙」の効果が、ここにきて出始めている。

米国は日本との良好な関係の再確認をすべきときがきたと思っているはずだ。
ここまでくれば、ほぼ小沢の計略通りとみることもできる。
「ジラシ」の心理的効果を読めない政治家ではないだろう。
成人20才の碁の名人から三目おいての引き分けの布石。

米中は政権交代前から「小沢シフト」になっていた。
オバマが誕生して間もない昨年2月16日、クリントン国務長官が来日した。
表向き、麻生首相との会談が主要目的のように見せかけていたが、
来日前に周到にセッティングされていたのが小沢との会談だった。

米側から小沢に申し入れて実現したものであることがポイントだ。
米国にすり寄ろうとせず、相手からのアプローチを待つ。
それが小沢の手法。

中国も同じような行動をとった。
そのわずか3日後の2月19日に来日した王家瑞は、まず小沢との会談日程を決めたあとで、
自公両党との協議の段取りを調整したという。

日米中の三角関係を「恋の鞘当て」のように考えるのもいささか気が引けるが、
ともすれば中国重視に傾きがちな米国を日本に振り向かせるために、
日本も中国重視の姿勢を見せつけることは、必ずしも日米関係にとってマイナスではない。

小沢が大訪中団を率いて胡錦濤と会ったのは、その意味で一定の効果があったのではないか。

一時的に、米側に日本に対する疑念が生まれたとしても、
結果的にはお互い日米同盟の重要性を再確認するチャンスになるはずだ。
安全パイと思われているからパッシングされる。

「日本は米国にきちんと自分の主張をしなければならない」という人物が与党の中心にどかっと座っていることは、
米側にとって侮れない要素となっているに違いない。

外圧によって鳩山政権を切り捨てれば、普天間基地で主張を通せても、より大きな犠牲を払うことになる、
というナイ教授の指摘も付け加えている。

日本のメディあはこの記事はなぜ大きく扱って報道しない。

日米関係に大きな影響力を持つ有力知日派からようやく発せられた
「ワシントンへの警告」であるというのに。。

これまでの日本の政権のように、圧力を強めれば折れる、という考えは、
歴史的政権交代という現実の前では通用しない。
そう、ナイ教授は分析している・・・のではないか。

米軍基地に思いやり予算をつけ、世界最強の第7艦隊の母港を提供。
、米本土以外では最大の燃料備蓄、弾薬庫がある日本
、米国の世界軍事戦略にとって絶対に欠かすことのできない国であるハズ。

国民の期待を受けてチェンジをめざすその国を、外圧一辺倒で従わせようとすれば、
それこそ大切な同盟関係にヒビが入りかねない。
米国の識者がそう考え始めるのは自然のこと。

小泉・ブッシュ時代を絶頂とする日米蜜月関係、
日本が米国に従属する関係を、日本の新政権に踏襲させたいとする勢力が米政府、議会で
いぜんとして幅をきかせているのは事実である。

そして、日本のメディアの情報源はいまだ固定化したまま。
ひたすら新政権へのネガティブキャンペーンのみとお粗末。

ブッシュ時代の共和党系知日派グループ、いわゆる「アーミテージ・スクール」
彼らと一体化して通称「日米安保マフィア」を形成した外務省アメリカンスクールの面々にコンタクトすることが
手っ取り早い情報収集法である。

そこから流れ出すニュースは、「日米安保マフィア」のこれまでの努力が水泡に帰すような政策変更に対して、
「日米同盟の危機だ」と日本国民に脅しをかける論調にある。

政権交代以来、われわれ一般国民は毎日のように、この種の報道を浴びせられ続けた
しかし、米国の政府、議会、シンクタンク、学者にもさまざまな考えの持ち主がおり、メディアが
「日米危機」一色に染まるのは一種の病弊であることに気づいてきた国民も多い。

ジョセフ・ナイ論文は、米国民主党の知日派のなかに、バランスのとれた思考が確かに存在することを示している。
岡田大臣はココを衝け

ワシントン時事
キャンベル米国務次官補は7日、記者会見し、クリントン国務長官が12日にハワイで行われる日米外相会談で、
普天間飛行場の移設問題を前進させるよう岡田克也外相に促す見通しを明らかにした。
日本政府がアフガニスタン支援や気候変動対策などで米国との協調姿勢を示していると評価。
日米同盟の中核である安全保障の分野でも「米国との緊密な協力の継続を求めるという、非常に明確な意思表明を望む」

キャンベル氏は1994年、国防次官補だったハーバード大の先輩、ナイ教授の求めに応じて、ペンタゴンに入った人物だ。
民主党政権きっての知日派。

さて、このキャンベル会見。
「緊密な日米協力関係継続への非常に明確な意思表明」という部分。
「非常に」をどう読み解くか
、カギかも知れない。
政府の重要ポストについている立場上、ナイ教授ほど自由に発言できないキャンベル。
、「忍耐づよく、戦略的な対日交渉が必要だ」
という思いは同じだろう。

外務省は、米政府が怒っているという固定観念を捨て去り、新たな角度から、それこそ戦略的に日米関係を進展させる
べきではないか。

ここんとこ天木直人元大使が急遽現実対応の処方箋を示してくれない。
ほかにも憂国の士は存在している。
これは解りやすい。
元大使は平和が危ないといわれる。
爺は了知している。
ただこの緊急の国難を乗り切るは小沢一郎しかいないではないか。
谷垣も桝添も安倍も自民党にはヒトもいない。
あっ亀井静香大臣がいたっ!
○埼玉のヒト内山高志チャンプ11日は見事である。
 第35代OPBF・Sフェザー級チャンピオンになった
 無敗のままに遅咲きのトップの誕生はおめでたい。
○まわしをつかめば怪力 魁皇、豪栄道を寄せ付けない。
   807勝で千代の富士と並んだ。
 炭鉱の町福岡直方は沸いてる事だろう。
 宮崎の電気屋さんにも大勢で観戦した。
 どうやら隣県大分の千代大海は武士の情け介錯つきで引き際の花道を作って貰った。
 魁皇戦如何では今日で引退である。爺はそう見る。
宮崎は暖かく降雪の寒さではとても無い。
宮崎以外はどこも福岡大分も含め真っ白らしい。
 どちらを応援しようや
 ガンバレ千代大海ッ!
カンザクラはきまぐれに咲く

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