お正月風景

2006年1月1日
苦難の年が明けた。
新年明けましておめでとうございます。
ま〜あ・・「営業せきやんの憂鬱」とのブログゆえ
パワーを分け与えるにはどうにも縁遠いやも知れぬ。
愚痴が明日のパワーの性格ゆえこのブログは生きる糧であり、力。少しは趣を変えた明るきものにするのに心がけたい。
世界配信されてるニューイヤー・コンサートを聞きながらゆえ実に心地よい。
マリス・ヤンソンスの魔法の棒に操られ、
シュトラウスの世界にひきづられる。
狙いをつけろ、春の声、外交官、ことづけと素人のわたしでさえ耐えられる短編曲として大変わかりやすく、その芸術が披瀝される。女性賛美はパリ博覧会の1867に発表されたが不評だったというが哀愁溢れていて日本人にはわかりやすい。
同じく屈指の傑作といわれる芸術家の生活の方がなじみは時間がかかろう。民族性は実に複雑怪奇。
2005年は終わり、新たな年がはじまったわけで
2006年が良い年になるか、ならないかはすべて私自身
そう私次第!
しっかり自分のこの手で!すばらしい「未来」をつかんだブログとしたい。
総てをなくしての出発ゆえなにもないものがら何が誕生するのが、
総てが夢、輝ける未来なのだ
年が明けた。
未来は今、もう既にわたしの手の中にある
過去を振り返らず、古い物事にとらわれず、ただ参考踏み台として・・・・
そうでないと幸せは逃げ新たな希望や未来はやって来ない
穢れは初詣で洗い流し未来に希望を賭け一直線。
犬年は忠孝の国大和の国の年。組織建て直しの年にふさわしい。
桃太郎の犬、西郷隆盛の愛犬ツン、忠犬ハチ公、棒に当たった犬・・・・、
安産の申し子の犬は少子化で苦しむ大和を救える年。
その犬と人間の歴史を語り継ぐお話は1959年昭和34年の1月14日、
第三次越冬隊が上陸、15頭のうちの2頭、タローとジローの元気な姿を確認し1年越しの劇的な対面を果たし生命の尊さを反省せた、
1983(昭和58)年、映画「南極物語」で感動話は大和人を改めて認識させた。
犬と大和人は縄文時代からの付き合いのある仲間であるゆえ奏させるのであろう。
 そのタローは、札幌市の北海道大学付属博物館、ジローは東京都上野の国立科学博物館を、それぞれ奥津城として剥製になって鎮座している。
東京タワー入り口手前右手に「南極観測ではたらいたカラフト犬の記念像」というタロージローを含めた犬の像が建っている。
大阪・大浜公園にもある。
生命に対する無頓着は大和の国が始めて経験する人口減
崩壊しかけた国家・地域社会の状況である。
CO2の地球環境変化とも相まって正月風景もピュンーと吹く風もなく大きく変わっている.
童謡「お正月」の風情は毎日がお正月状況である。
幼少期の西都は千切り大根をしながらの正月でもあった。
たこ揚げやけんか駒、はねつきで遊ぶ子供たちの歓声が身を切るような冷たい風をついて響き渡り、藁を燃やして暖をとった。
「団塊の世代」の子供のころの正月の記憶はそんなふうだった。
今、ウキウキとした子供の頃の感動は無い。
下着を新しきして朝風呂の感動は、いにしえのかなた。
「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動(ゆる)がるれ」。
後白河法皇が『梁塵秘抄』に収めたこの今様には浮き浮きする躍動感がある
時代を超越した大和の正月風景の急激なる変化。滅び行く大和の正月。
子供たちの声が遠ざかる年明けである。
それに追い討ちをかける制度改悪がある。
慣れ親しんだ9年間の義務教育、さえ延長幅1〜2年で政府・与党は決めた。
理由は 幼稚園―小学校の区分による環境の変化が学力のばらつきを招いているため、
幼稚園を義務教育に含め、一貫した学習体系を構築するのが狙い何だそうな。
さらに、幼児教育を無償にすることで、少子化対策を強化する面を強調する。
1月に召集される通常国会に提出する予定の教育基本法改正案で義務教育の9年間規定を削除し、2009年度以降の義務教育延長の実現を目指す。
 義務教育をめぐっては、集団生活になじめない児童が騒いで授業が混乱する「小1問題」が起きているそうだ。さらに成績格差が拡大する問題も指摘されている。
これでは幼児期の人格形成期の成長が心配である。
遊びの中から人格は作られる。子供は地域のものである。
躾教育は家庭の問題で学校の場ではなかろう。
いつの世も変わらぬ普遍の原理が子育てのはずである。
歴史的な出来事少子化が拍車をかけたのであろう。
 幕末に来日した英国の外交官、オルコックは街にあふれる子供たちが奔放に遊び回るこの国の風景に接して
「子どもの王国」と呼んだという。
受験戦争や消費ブームなど戦後社会の変化がもたらした分析が必要であるはずだ。
 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関、鳥居泰彦会長)では、05年1月にまとめた幼児教育に関する答申で、
「幼小一貫教育の検討」を掲げた。
政府・与党内には、このほか、
〈1〉幼稚園の1〜2年保育を義務教育とする
〈2〉義務教育の枠内で、「幼小一貫校」を創設し、普通の幼稚園か一貫校かを選べるようにする――としている。
大人のみが楽しむ正月風景なんであろう。
老齢国家にあわせた環境なんであろうや。
太陽光発電の宮崎一の施設にに取り組んでるためお正月も返上で唯一人格闘している。
ラジオ深夜便の今朝の幸せ論は慈恵医大日野原重明理事長の第1回目で今夜も楽しみである。
満足していれば休みは要らないわたしのお正月なのである。
ウィーンからのプレゼントは唯一のお年玉で有り難く全身に染み渡り心地よい。
なんとなくいい年の予感がしてくる。
新年明けましておめでとうございます。
本年もご愛顧をお願いいたします。

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太陽光発電所

2006年1月2日
Uターンラッシュのため4日東京での会議に出るには今日出発する方と打ち合わせ。
太陽光発電所も日本で最初となるといろいろと事前打ち合わせが発生する。
それにしては我がスタッフ陣には緊張感が欠けている。
昨日から現地に行く予定がヅメンがなくいけない。今日も連絡するもすすまぬ。
CO2や地球環境に対する認識不足である。
先日のニュースが面白い。私共が行ってる言葉がそのまま使われているのである。
ようやく汚い電気ときれいな電気が認知されてきたことになる。

“汚い”電気買いません、排出CO2に上限…環境省

 環境省は来年度、東京・霞が関の庁舎で使う電力を購入する際、発電時に出る二酸化炭素(CO2)の量に上限を設け、その基準を超えた電力業者を入札に参加させないことを決めた。

 電力生産の段階でCO2排出抑制を狙う。今後、他省庁や自治体などにも導入を呼びかけていく方針だ。
 環境省は、庁舎で使う電気の事業者を年度ごとに入札で決めている。
 発電に伴うCO2排出は水力や原子力ではほとんどないのに対し、火力発電所では同じ電力量を作る際に多くのCO2が排出される。
火力でも、天然ガスや石油に比べ石炭を燃やすとCO2は多く出るが、石炭は安いため、昨年度の使用量は1990年度比で約2・8倍に増えており、電力量当たりのCO2排出量は全体で増えているのが現状だ。

 電力販売については、東京電力など既存の電力10社以外の特定規模電気事業者が、一定基準以上の電気を使う消費者に販売できる電力自由化が進んでいる (読売新聞) - 12月25日

さ〜て師匠のメールを見るとあちこちにこのことが触れてある。
平成17年度「太陽光発電新技術等フィールドテスト事業」の公募に係る 共同研究先の決定について
平成17年7月14日
 独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)は、> このたび平成17年度「太陽光発電新技術等フィールドテスト事業」の公募に係> る共同研究先を採択決定しました。
  平成17年3月28日〜5月16日の公募期間に提出された応募案件から、新規共 同研究先 388箇所、17,104kWを決定しました。(>
> http://www.nedo.go.jp/informations/koubo/171125_3/171125_3.html

平成17年度「太陽光発電新技術等フィールドテスト事業」の2次1期公募に係る 共同研究先の決定について
平成17年11月25日
 独立行政法人 ・・ このたび平成17年度「太陽光発電新技術等フィールドテスト事業」の2次1期公> 募に係る共同研究先を 採択決定しました。
>  平成17年8月23日〜9月30日の公募期間に提出された応募案件から、新規共同研究先 165箇所、6,304kWを決定しました。
双方合わせて、申し訳ないが、たったの 2万3494Kw だ。

NEF事業を見てみる。16年度申し込み総計 61,467件とある。
  これが 平均3Kwとしても18万4221Kwだ。
この予算が56億円だった。 8倍ほどだね。
この前の年が5400件ほどだ。17年度予算は26億円 だ。
このトレンドなら多くても8万件ほどか・・・。

24万Kwほどの設置量になるだろう。
NEDO事業のほぼ10倍だ。予 算が足りなくて漏れた人に応募申込の補欠繰上げを出している。
https://www.solar.nef.or.jp/system/hoketsu/FMPro?-db=solar_hoketsu_wdb.fp5&-format=shh_auth.html&-lay=all&-findAny

国は98億円もの資金をつかって2万3494Kwの設備を導
入させ、片や26億円で24万Kwの設備が設置される。

ならば、この98億円を一般家庭向けに使ったら?

240万Kwの設備が出来たという計算も成り立つ。
設備容量としては原 発2基分以上だ。
但し、設備稼働率からするとこの5分の1ほどだけどね。

さて、九州電力が宮崎県木城町に作った揚水発電所(これは、綾の照葉樹 林に不細工な送電鉄塔を引かせてしまったとんでもない代物)これは太陽光発電と同じ様にピーク対応電源なんだけど、この予算がなんと2300億円。
これだけで太陽光発電で40万Kw分ほどだ。
一軒当たりKwあたり10万円出せば、一般市民は喜んで協力するだろう。
5倍だの200万Kwのピーク対応の発電所が出来る。
国にしても電力企業にしてもとんでもなくお馬鹿な金の使い方をしているように思えるけど、如何でしょう?

さて、さらに面白い話を付け加えておこう。
NEDO事業に関するものだ。
貴方が儲かっている企業の社長さんだとして考えてほしい。

貴方は年間3500万円ほどの税金を納めねばならない。
さて、この国に税金を納めてもとんでもないことに使われると言う気もしている。
そうは言っても脱税は出来ない。ばれたら大変。信用も失うし・・・。
そこに実に美味しい話があるという。
何々、環境に貢献してさらに節税ま出来ると言う。

100Kwの太陽光発電を設置すると7000万円ほどだという。うん、NEDOと言う所に申し込むと半分出すと言う。ならば3500万か・・・。
これで年間100000Kwhの電気が作れる。
それがですよ。2年で元が取れるんですよ。ええ、どういう事だ?
はあ、3500万のうちの95%は今年限りの時限措置で特別減価償却とかでその分だけ税金納めなくてもいいんですよ。それじゃ何かい?3325万円くれるってのと同じなのか?
そう言うことです。納める税金は175万で良いんですよ。そりゃ、何かい。もしわしが納める税金があと150万少ないと25万で済むのかい?そう言うことです。

やるやる、そりゃ、やるぞ! で、年間150万円分の電気が壊れるまで 自分のものになるのか?差し引きすれば来年は国に税金を出す必要は無いのか!こりゃ美味しいね〜。

ま、これがNEDOのフィールドテスト事業なんですな。
企業は儲かることしかしませんよ。だから、大規模なものは難しいのです。
でも、太陽光発電は面積で発電量って決まるんです。大規模な工場に一箇所に1000Kw付けても200軒の家に5Kw載っても同じだけの発電量なんですよ。

この国では所得格差がどんどん拡がります。地方は崩壊し、都市は栄えます。若者は希望を失っています。果たして彼らが老人たちを養うことは可能でしょうか・・・。
師匠の卓見を紹介しました。

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この国の行方

2006年1月3日
今日も一日中曇り気味ではあるが風もなく穏やかな一日ではあった。
宮崎には燦燦と太陽の恵みが常に付きまとってるのが一年中であるのでどうにも似使わない正月風景ではある。
自分の意見を持たない忠実なる仲間の戌年にふさわしい年の明けである。
憲法が生まれて60年になる年。
昨年は「愛」の年で括られた年であったが果たしでそうであったか。
乗りもの、食べもの、建物、そして子供、みんな危険に晒された年で憲法が生かされていない。
それに対する政治の取り組みは的確でなく、戦後60年の制度疲労・綻びが目だった。そこで沸き起こったのが憲法改正。
そうでなく憲法を生活に生かす取り組みの政治的行動に期待を持ちたい。
では誰が9月で退陣する小泉の後の政治の勤めを果たすのか。
昨年の戦後60年。憲法60年は転換の年数という。
政治の波動、転生輪廻を主眼に新聞での岩見隆夫の筆致から拾ってみたい。
 キーマンは誰か。権力機構からして9月の自民党総裁選の有力候補をみればいい。
第一は4人があげられる。年末元秘書の犯罪者の名を明かさなかった、麻生太郎外相は一歩遅れをとったはずだが、マスコミ操作で逃げ切った感がある。
よって安倍晋三官房長官、谷垣禎一財務相、福田康夫元官房長官の4人がまず、俎上にのせられる人たちだから、別格扱いとし、
将を射んとすれば馬を射いよ!により次の10人に注目したい。
?青木幹雄(自民党参院議員会長・71歳)
 小泉改革に釈然としないものを感じながら、小泉政権を支え続け、一時は郵政花道論を進言した稀有な実力者だ。影響力低下を言われるが、依然参院のドン、小泉末期にどんな采配を振るか。橋本派解体の第一犯。またしても森派からからの総理なのか。
?小沢一郎(前民主党副代表・63歳)
 9月の民主党代表選に向け、動きをはじめたと報じられた。
稀代の策士、最後の勝負どきが近づいた。民主党のため、日本のための大義名分に沿う道のりはそう生やさしくない。
?加藤紘一(元自民党幹事長・66歳)
 だれもキーマンとみていない。だが、アンチ小泉路線、生きずまった非市場原理主義の理論武装は加藤をおいてない。
刺客で反主流は無き今それが重要な意味を持つ年だ。
タカ派政治家のみの中で唯一の平和主義者。
?神崎武法(公明党代表・62歳)
 長年の与党暮らしの疲れが目立つ。しかし、右寄り風潮のなか、ゲタ(公明党票の自民支援)の威力のみせどころだ。
?竹中平蔵(総務相・54歳)
 口達者の才覚がどこまで政治を動かせるか、最後の実験場になる。
?二階俊博(経済産業相・66歳)
 表の竹中、裏の二階。チルドレンメーカー。
ポスト小泉でだれを担ぐ。
?山崎拓(前自民党副総裁・69歳)
 「年明けまで思考停止」と言うところが、次の仕掛けをにおわせる。小泉離れ、離れ具合が気になるのだが。
?前原誠司(民主党代表・43歳)
<郵政の小泉>の向こうを張って、<××の前原>といきたい。
タカ派が民族運動と相なれば瓢箪から駒。
?森喜朗(前首相・68歳)
 安倍、福田、中川秀直(政調会長・61歳)、町村信孝(前外相・61歳)と総裁候補、準候補を4人も内に抱え、ここは気配りだけでなく、ダンビラを振るわなければなるまい。 
?小泉純一郎(首相・63歳)
 いろいろと説明責任が残っている。田舎切捨て、シティーボーイのかっこいい退き方に注目。
 自民、民主両党の幹事長がないのは、2人とも従来の幹事長イメージと違っていて、キーになるかどうか不明だからだ。
憲法も風前の灯。周期の中からの波動と呼び解く人さえいる。誰?私のことか。なぁ〜んだ。
文明のシステムがはらむ長短さまざまな波動は、あながち現代の文明にも無縁ではない。
たとえば景気の変動にもいくつかのサイクルがある。
製品在庫にかかわる周期3〜4年の短期循環、
生産設備の変動にからむ約10年周期の中期循環、
建設投資にかかわる約20年周期の長期循環である
さらに技術革新から生まれる約60年の超長期波動は、コンドラチェフ長波といわれる。エコノミストの中には、今年はそれらのサイクルがすべて重なって上向きに転ずる年だという見方がある。
目出度きお正月にはやっぱりその手の開運話が楽しい。
だが、いつまでも運命の循環論にはしゃいでいるわけにはいかない。
平成新時代の新しき宮崎の幕開け。
市町村数は44から35へ。そしてこのあと2月20日に北方、北浦町が延岡市に
同25日に東郷町が日向市に、
さらに3月20日須木村が小林市に合併、本年度中に31市町村になる。
南郷、西郷、北郷村が美郷町(みさとちょう)がスタート。
1889(明治二十二)年の発足以来、117年にわたってなじんできた名前が抹消された。
何の因果か丁度、太陽光発電の仕事を施工している最中である。
ほかに新宮崎市、都城市もスタートした。
都城でも太陽光発電所を建設している途中でもある。
この摩訶不思議なことが起こってるのが神の悪戯か。
宮崎と都城市が横と縦に大きく膨らんで、隣り合わせになった
清武町と三股町がそれぞれ独自に残った。
西米良村が孤高の火をともして残ったのとはまったく違う異様なる行政区域を感ずる。
真新しい宮崎県地図を前に、新しい時代の胎動を感じる。
まずはしっかりと地に足をつけ、誰もまだ見たことのない
2006年を自らの手で切り開いていくことである。
国も地方も拝金思想の市場原理主義の荒波にもまれている。
新たなる田舎からの収奪体制の完成がつくらてるに過ぎない。
失われ行く伝えられた慣習、文化はどうしても守り抜くしか生き残ることは出来ない。
師匠の唱えるエネルギーの自活できる量の確保である。
自然負荷の無いエネルギー・太陽光発電の普及を急ぎたい。
わがアパデン宮崎にどう生かしきれるのか。

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「おめでとうございます」も照れくさいお正月。
お見えいただく方々にどうにもお顔が直に向けられないのは苦しき年越しであったゆえ。
はたまた新年早々変わりに南まで現場調査に行っていただいた方々に申し訳ないゆえ。
年明けから多忙で社会の厳しさを年頭から思い知らされている。
市場原理主義なる言葉のマジックの美辞麗句が横行してる世相。
金だけで物事の価値をはかる世の中。
負け組みに分類されるものには人格のかけらさえ認めようともしない価値観。
罵声が飛び交えば品位の一つも見られられない。
その国の人々を見るにはその国の政治を見ればわかる。との格言がある。
「越前屋お前も悪じゃのう〜」」と武士さえ金で支配する構造を江戸庶民のときから私共はあざ笑いしとしてねずみ小僧次郎吉ら義民に喝采した。
そこまでして金儲けするの!の庶民哲学である。
江戸時代に町人たちが、経済力でわが世の春を謳歌していても、武士のように尊敬を受けることはなかった。
「武士は食わねど高楊枝」なんである。
「金儲けの何が悪い」がホリエモンを生み出しレコード大賞のプレゼンターに起用するデレクターの感覚は元々の日本人の特性ではない。
もともと貧乏人を軽蔑し、金持ちをもてはやすのは、本来の日本人の特性ではない
「日本人の基盤」である品性に触れて、その定義を「目の前にあるものを取りに行かないこと」との哲学を矜持する民族である。
数学者藤原正彦は『国家の品格』(新潮新書)でそのとこを科学的に解き明かした。
そこで述べられてる「やせ我慢の精神」につながる武士道のひとつだろう。
それも団塊の世代との二極分化のようだ。
 ジーンズを持っている人が約3倍に増え、自宅にシャワー室を望む人は6割を超えた
。好きな言葉で増えたのは「自然」「出会い」「個性」。
嫌いな言葉は「猛烈」「がまん」「汗」。
あの金科玉条の団塊の世代の言葉は忌み嫌われる。
 老後を支えるものとして「趣味」をあげた人が6割に増えた。一方、地域活動やボランティアの参加者は減った。
 自分らしさにこだわり、好きなことに打ち込むが、他者への関心は薄い。そんな姿が浮かび上がる。
歴史は繰り返される。換言するならば過ちは繰り返される。
60年を循環の規準で唱える人もいる。(私ジャン!)
愚かなることだが愚行・蛮行を繰り返す知恵なき政治家どもである。
急速に軍事国家の様相を深めるわが国。
国是たる平和の灯も消えかかってる寸前。
世界に唯一誇れる平和憲法も制定60年にして余命いくばくもない。
夕刊ディリーの1月1日号が延岡お大師さんならぬ恵比寿さんから届いた。
輝きまして新市町村スタート!と何面にもわたり天体ショウーの写真がちりばめられている。
新生・・美郷町(みさとちょう)のスタートである。
リング・アンドロメダ・オリオン・・・宇宙が手に取るようにわかる。
昴中小屋天文台では日本で唯一巨大スクリーンでいつでもそれらが見れる。
夜でなくていい画期的システムである。
恵比寿さん何を隠そうここを設計して管理してきた天文台長なのだが、新聞では来たばかりの方が天文台長となっている。
そのことに触れても「いいがね・・・」と取り合おうともしない孤高の武士の気まがえ。
施工したのはボランテア価格での施工費の私共・アパデン宮崎。昨年3月のことであったか。
もちろん記事にはない隠れ話。かの地に3日も宿泊しての難関工事であった。
生き残り策を求める苦悩する日本。
理科年表は国立天文台編である。
このデータブックが創刊されたのは1925年(大正14年)。
戦中戦後3年だけ中断があるが、80年を超えて毎年刊行されてきた超ロングセラーだ。
2006年版(平成18年版)が発行された
教科書や科学記事の基礎資料にもなり信頼されている自然と科学を網羅した世界にも例を見ないデータブック
一番多いときで約9万部を発行してたが
それが約4万部を発行、実買は3万部台という。
CO2の問題が地球規模で発生してる割にはどうにも教育の問題を象徴している。
大雪や厳しい寒気などの気象、地震・津波や火山の噴火、天体のデータなど実社会に一番必要なる分野のはずであるのに。
知的好奇心の衰退、理科離れ、活字離れの表れだろうか。
経済産業省は「CO2地中封じ込め」を発表した。
、東南アジア支援で経済産業省は来年度、地球温暖化対策に有力な手法と期待される二酸化炭素(CO2)の地中封じ込めの業化を東南アジアで支援していくことを決めた。
 約4億円の予備調査費で、日本企業の進出を本格的に後押しする。
 対象となるのは、東南アジアで天然ガスを採掘するときに地下から出てくるCO2を回収し、地中に埋める事業。
事業地の選定などにかかる予備調査費を補助し、2010年にも事業化できるよう支援する。
企業は、削減したCO2排出量を売ることで、約100億円規模と見込まれる事業費を回収する。
 天然ガス採掘に伴うCO2を地下約1キロに埋め戻す手法は、排出量取引を見越してアルジェリアなどですでに行われているが、日本企業が乗り出すのは初めて。
対象地としては、天然ガス採掘が盛んなインドネシアやマレーシアなどが見込まれている。
 CO2を高圧で地中に注入し、地層内に封じ込める方法については、12月10日までカナダ・モントリオールで開かれた京都議定書の第1回締約国会議(COP・MOP1)で、
「2100年までに必要とされるCO2削減量の15〜55%をまかなえる」とする「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告書が提出され、技術の有効性が示された。
これを受け、COP・MOP1では、地中封じ込めで削減できた
CO2排出量を、国際的な排出量取引市場で売買するための体制を整備していくことが決まった。
 米国では、火力発電所から排出されるCO2を地中に封じ込める“次世代”発電所計画が進められるなど、世界的にCO2封じ込めの開発が活発になっている。
御用始の日に東京に参上した方からの吉報。
現地調査にもいっていただき順調なる滑り出し。
年始に来ていただいた職人さんに涙が出るほどのやる気がみなぎる。スタッフ総出でのベストをつくさん!
日本初の太陽光発電の建設が短期間でいよいよ着工サル。
規模も宮崎一。
CO2増大から来る地球環境の悪化を少しでも阻止してみせる。
ドンキホーテと言われようとも死しても初志貫いてみせる。!
アパデン宮崎に神々のご加護を祈らん!

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一度だけ神の子となるお正月 ーせきやんー
正月三が日の主な県内の神社・仏閣への初詣は24カ所で1008000人。
全国では9373万人。昨年より407万人多く、記録の残っている1974年以降では最多。
大みそかから元旦にかけての雨の宮崎でその影響などで前年比で四千人減ったらしい。ほぼ平年並みでいい。
?宮崎神宮で、前年と同じ23万人。
?都農町の都農神社12万3000人(前年比1万3000人増)
?鵜戸神宮12万人(同2000人増)。
 初日の出の参拝は雨の影響で3万5500人と前年よりも9800人減少。
宮崎市一ツ葉海岸は400人(同5600人減)、
えびの市えびの高原は2万人(同4000人減)
堀切峠。道の駅「フェニックス」は、500人で200人増。
 天候に恵まれた二、三日は、各行楽地が家族連れやカップルでにぎわった。今年から年明け以降もイルミネーションを点灯している同市のフローランテ宮崎は、8600人(同1600人増)と大きく入場者数を伸ばした。
ニュースが漏れ聞こえる。横田めぐみさんの拉致状況が明らかになった。
この武士の支配した国に土足では入り込み同胞を拉致。
それもいたいけない女子中学生の横田めぐみを。
年末年始チャンバラ劇をやっていたが、時代考証がおかしい。
師匠の座る床の間の垂れ幕「鹿取陰流」とか書いてある。「香取」なるあの流派のことだ。
日本剣豪譚を述べてみたい。
鵜戸の社殿西側、鵜戸山は聖地なのである。
このご時世ゆえ道路を二本も抜いてしまって見向きもされない。
剣道が廃れ義務教育年数さえ変える心乱れる国難はここにきわまれりである。
古来、鵜戸山は両部神道で西の高野山と称される修験道場であった
そもそも剣の流派その心根を伝える琵琶法師も鵜戸神宮に由来する。
仏教伝来と同じ頃、11歳で鵜戸窟に流された祐教礼師が伝来した琵琶を読弾しながら、地神陀羅尼経を九州各地に伝えたのが薩摩琵琶の始めとして琵琶楽の発祥地とされている。
仏を作って魂いれず。
観光県を目指した黒木博・岩切章太郎の心の内実なき失敗作であった。
訪れた人の誰がそれを認識しよう。
誰も知らされないからである。
剣聖・相馬四郎義元が参篭して剣法を覚り一流をはじめて念流と名付けた。
足利中葉の頃、鵜戸に参篭し剣法の奥義を極めた
愛州(あいす)移香が陰流をここではじめたことから剣法発祥の地と称されている聖地・鵜戸。
聞きなれぬ愛州氏は三重県度会郡南勢町の花岡城の城主で愛州氏一族が治めた。宮崎にはなじまぬ氏の名。
剣道日本一の外山先生にも長らく会っていない。
流派を大別すると概ね次のようである。
1)神道流系統
飯篠長威斎家直を始祖とし、利根川河口に近い鹿島・香取の辺りを中心に伝わる流派。
直系は「天真正伝香取神道流」として伝わり、分かれとして、
「鹿島神流」「神道一心流」「一羽流」「微塵流」「霞流」など。
、剣豪・塚原ト伝はこの流派、それを始祖とする「鹿島新当流」は
青森に伝わって「ト伝流」
また、鹿児島に伝わって今も残る「示現流」
明治維新を成し遂げた剣法。
2)陰流系統
愛州移香の陰の流にはじまり、上泉信綱の「新陰流」から分かれて、「疋田陰流」「神後流」「心陰流」
高名なのは柳生石舟斎宗厳(むねよし)にはじまる
「柳生新陰流」は子の宗矩(むねのり)が徳川将軍家の剣術指南役で大変有力な流派となる、
、兵庫助利厳(としよし)は尾張の徳川家に仕え名古屋を中心にその流派を広げる。
上泉信綱からの分かれでは他に、丸目蔵人佐長恵より始まる「タイ捨流」。
奥山公重の流れから山田光徳の「直心影流(じき)」。
野中成常から福井嘉平の「神道無念流」。
そして小説「宮本武蔵」にも登場する槍の「宝蔵院流」等が生まれた。市内霧島町の野中数十段はあらゆる武術を極められてる。あの四国橋本知事の奥さんはこの方の妹君。
3)一刀流系統
伊藤一刀斎の弟子、小野次郎左衛門忠明に始まる流派で、柳生新陰流と共に、江戸の徳川将軍家の剣術指南となったため栄えた流派。
ここからは「溝口派一刀流」「甲源一刀流」などが出、
「中西派一刀流」の祖、中西子定(たねさだ)の子、
中西子武(たねたけ)によって竹刀や面・小手・胴などの防具が考案され、それまでの木刀を使った
形による剣術から革命的な変化をもたらし、この流派が盛んになる。
この中西派一刀流から出た千葉周作が「北辰一刀流」の祖、弟の定吉の道場で坂本龍馬が塾頭を務める。
そして同じく中西派の一刀流を学んだ山岡鉄舟がはじめたのが「一刀正伝無刀流」。
「小野派一刀流」という呼び名は、兄弟弟子から「唯心一刀流」というような流派も生まれているので
名付けられたというのがこのブログの方のご推察で小野忠明にちなんだ命名。
「小野派一刀流」も「一刀正伝無刀流」も、今に伝わる流派。
一刀流、特に小野派一刀流については、笹森順造の書いた「一刀流極意」という本に詳しい。
鵜戸山のある日南海岸周辺には山幸彦・海幸彦の神話の里。、
山幸の彦火々出見尊が海浜に建てた産屋で生まれた鵜葺草葺不合尊が鵜戸神宮の主祭神。
 鵜戸さんは、古来、安産・産育・漁業・航海の守護神として人々の崇敬を集め、多くの行事が行われてきた。
 岩屋に渡る反橋は三六枚の板で作られ、金剛界三十六尊に、橋を渡る本人が一尊となって三十七尊と一体となり、この橋から裸足になる風習があり、子供は嘘をつくと目が眩んで渡れないとか、不浄の者、邪心のある者などは橋を渡ることを恐れた。
幼き頃恐怖でわたるのが怖かったものである。
世間の時代背景の教養に吉川英治や芥川賞作家五味康介 柴田錬三郎 村上元三 池波正太郎を読むこと。いまに引き継がれてる津本陽の作品群に馴染んでいたからでもある。
この国において武蔵は初めてふさわしいと、小説家吉川英治が書いた岡山県大原町にわざわざ訪ねたのも剣豪宮本武蔵の生誕地で熊本の臨終の地武蔵塚のことを先般日記に書いたのも時代の子故である。
正月3日大河ドラマの新撰組をリメイク報道していたが冒頭の子供のチャンバラ遊びは毎日やっていた。
学校の生き帰りには先生に隠れベルトに日本刀の刀ならぬ棒切れを必ず、差していた
廃刀令以前の明治時期の様相の環境で幼児期を過ごした。
娯楽の殿堂の映画はチャンバラ映画全盛期であった環境がそれを男っぷりと評させてる世間体もあった。
「ナント!野蛮な!」教育ママには怒られそうである。
全国津々浦々の団塊の世代の男子供の子供の社会が眼前としてあった。
ままごとは女の子、男はなんて〜たってチャンバラをやらなきゃ〜幼児期ではない。
「ドケェイ〜どけい〜い寄らばきるぞ〜」
何が拉致だ〜い。武士の魂が許さぬぞ!

松の内巫女は日向路駆けぬけり。−せきやんー
明日は第26回宮崎女子ロードレース大会。
シモンも走る。
走春。春は近い。
神々は何処に鎮座なさるか。
氏神様の訃報を知る。
市川雷蔵の妖剣、怪刀でも借りるか。

70KWの太陽光発電建設に明日から着手。
雪フルなかの仕事始め。

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仕事始め

2006年1月6日
またもや3連休になるんだそうな。
よって大企業は10日の初出勤が多いようである。
瑞穂の国は明治5年(1872)に大陰暦から世界標準の太陽暦(グレゴリオ暦)に改暦を強要された。
平成の今でも自然界に生きる農業では太陰暦で生きている。
農業の事始めにあたる旧暦1月15日の「小正月」に行われていたのが成人式。
連休をつくるという何とも無粋な理由で9日に繰上げゆえ3連休なのである。
旗日はサラリーマン社会にあわせてあったのではなく、
瑞穂の国の第一次生産物を効率化するために作られた先人の知恵の集積文化であった。
西の氏神様が午前中人事不省に陥っり、午後には永眠という。
これで計画は大きく変わる。
異常寒波は老人の生命さえ奪ってる。
南国に見たこともなき景色が出現し、豪雪地帯の苦悩を知る。
新雪の重みは、一立方メートル当たり百キロ前後だという。
ザラメ雪になると五百キロ近くになるから、家屋が潰される自己が報じられている。
改革の続行は市場原理にあわせたもので地方は閉塞しきり、
予算減で安藤知事の賀詞交換会の言葉「安全安心」が脅かされている。
「公」とは何か見つめ直さねば田舎たる、農業国が危ない。
 小泉政治の根幹を成す「官から民へ」「努力したものが報いられる社会」は尤もに聞こえ政治的対立者が誰もいない状況を作った。
そこには夥しい現実的風潮の「勝ち組・負け組」が、経済活動の結果として報道されてるとおりである。
姉歯や史上最大のバブル期を凌ぐ利益決算である。
 「乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない」(集英社新書)橋本治は容赦なくペンは剣より強しを縦横無尽に振り回した。
 「従うべき理論が存在しなくなって、どう生きて行けばいいのかが分からなくなった日本人は、『勝ったか、負けたか』の結果で判断するしかなくなった」
隠れた日中戦争ノモンハン戦争を暴いたときよりペン先は鋭い。
市場原理優先、官から民へ、小さくて効率的な政府、痛みを伴う改革、規制緩和……。
ワンフレーズで政治の王道たる演説が消えた。
小泉政治がこうした世の中のムードにマッチしていたのは間違いない。
小泉劇場と評する言葉さえ定着した。
時代の変革で、一連の改革はこの国が混沌から抜け出すためには避けて通れぬ道だったやもしれない。
だが、「経済効率」「金もうけ」がもてはやされる風潮がもたらしたものは何だったのかということだ。
結論に至るプロセスや、具体的な中身の議論がなく仕事が進められる。
「スピード」「効率化」で組織はメチャクチャ下請会社は成立しない。
それが社員にも蔓延してしまっている。
これではいけない。より質の高いモラルの確立である。 
官には効率化、民には公共性を求めることによって、官でも民でもない、公(おおやけ)を追求する。あるいは官であれ、民であれ、守らなければならない公の精神の矜持である。
 官と民だけでない。「公と私」の尺度もあるはずなのに、日本は「私」ばかりが優先されてきたのではないか。との反省作業である。
保険会社の研究所が、「寒波が日本経済を六千六百億円押し上げる」と計算高いことをいった。
南の国の住人さえどうにもしっくり来ない儲け話は薄ら寒くなる。
5日は「小寒」、「寒の入り」である。
この日から15日後の「大寒」を経て、「立春」の前日である「節分」までの約1カ月間が「寒中」あるいは「寒の内」となる。つまり一年中で最も寒い時期ということだ
新聞が教えてくれる。
「寒に雨が降ると夏は雨が降らない」
「寒の内に雪がたくさん降るとその年は豊年」
「寒の内よく凍れば豊作のしるし」といった具合に、
寒中にはその年の天候や作物の実りを占うことわざや俗信が多い。「寒の9日目に降る寒九の雨は世の中によい」というのもその一つ。
冷害に苦しんだ東北地方などでは今も寒だめしに取り組んでいる人が各地にいるという。官より良く当たるらしい。
寒の1カ月には次の1年365日が凝縮されている−−そう人々は信じたのである
12月の平均気温は戦後最低を記録したと気象庁は発表した。
積雪も全国106カ所で12月の記録が更新された
ことわざでは寒中の大雪や寒さはその年の好天や豊作の兆しだ。
つらい寒さは新しい年の幸運をふくらませてくれるらしい。
農業に携わる人だけではない、
自然と格闘してる私共太陽光発電もそうである。
日向での4KWの契約が成立。
昨年まいたタネの収穫、実りである。
寒中に幸あり。
70KWの太陽光発電建設に今日から着手。
雪フルなかの仕事始めで現場は早仕舞い。それでも現場が遠いゆえ夕方のご帰還であった。
CO2削減・地球環境を守るの大命題は地道な努力の積み重ね。

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日向市民の底力

2006年1月7日
隠そうにも隠せないものがあり困っている。
田舎モンで身分卑しきものが困るのは貧相で恥かしい「言葉」
ゆえにどうにも相手の見えぬ電話は怖い。
言霊がいるならいくらでもお賽銭をあげ、奉らん!
70KWを今日も現場施工を少数精鋭で進めている。
一度に21軒にも匹敵する太陽光発電所である。
使う部材も打ち合わせ準備も半端じゃない。
パネルの枚数も半端ジャ〜ない。
「10日に10トン車と4トン車で現地に届けたい」とのご宣託。
「チョィト待って!何回かに分けられまいか」
積み下ろしに相当の時間経費がかかる。
経費で物言うとすすまぬゆえの私流の値切りのお話なのだ。
忠実に運ぶだけがこの方の仕事ゆえ出来るハズもない相談。
出来ぬ相談であることを承知で渋る返事の自分がおかしくてたまらない。
この値切りは本当は辛い。
仕事分担が良くわからないからだ。
積み下ろしの2人を6000円の日当を私が負担することで決着。
通常はこれで商談成立で終わりのハズがこの2代目若社長さん
はここから先が並ではない。
日向市の歴史に造詣が深い。
流石に歴史家石川恒太郎を生みしところ日向市の地である。
幕末の殉教者を存知であった。
かってこのブログに書いたんであるが数年前ゆえ詳細の名を忘れてたがこの方すらすらといわれる。
「確か・・黒田藩の・・・」
細島湾に小さく突き出したところの半島に立派な志士たちの墓碑がある。
これは土地の人たちの気心を示すお話で死を哀れみ建立したもの。
委細はこうである。
寺田屋事件は明治維新までの歴史を大きく遅らせた事件であった。
1862年(文久2年)の4月勤皇の志士は倒幕挙兵の準備で京都・伏見の寺田屋に集合した。
ここを上京していた島津久光が急襲させる。
薩摩藩脱藩勤皇の志士8名はその場で惨殺。
坂本竜馬はお竜の機転で難を逃げることが出来た。
他藩の志士も捕らえられそれぞれの藩に預けとなった。
薩摩藩預かりは、
秋月黒田藩・海賀宮門、肥前・中村主計,但馬・千葉郁太郎。
3人は瀬戸を経由して細島港入り口・御鉾ヶ浦近くの高島で密かに殺されてしまった。
維新の小説に必ず描かれてる挿入部分で西郷隆盛と久光のしっくり行かない原因の一つにあげられる。
ところでこの方には宮崎弁それも県北特有の訛り、イントネーションがない。
「・・・・け」さらに語尾があがる
流暢なるしゃべりで上品である。
宮崎の方言は、藩政時代の歴史と大きく関わっている。
江戸時代には、宮崎全体を治める領主がいなく5つの藩の分割統治。
幕府直轄の天領地があちこちにあった。
宮崎中心地も天領地であった。
この各藩の領地と方言の分類地域を比較してみれば、その境界がほぼ一致している
宮大の岩本実 教授の「宮崎県方言区画図」と照らすとそっくり藩政と同じである。
2004年9月27日より半年間放映されたNHK朝の連続テレビ小説で「わかば」が宮崎を舞台として放送された
宮崎県が舞台となるのは昭和40年の「たまゆら」(川端康成)、から久々のこと、
ところでロケは6箇所、西都市まで。県北はなし。
よってそのことばはない。
宮崎ことば指導は宮崎出身女優の上原由恵 があたった。
言葉の達人小沢昭一が座長を務める芸能座の所属であったゆえ洗練された宮崎弁が飛び交ってた。
この方テレビに限らず、映画でも活躍「ラブレター」「釣りバカ日誌5」「美味しんぼ」などに出演
「生きているうちが花なのよ、死んだらそれまでよ党宣言」(ATG制作・横浜映画祭で新人賞を受賞している。
「ノサン」山には「ヨダ木〜」が生えちょる。
は黒木博知事が諫めた言葉。
「のさんねぇー」    
「いっちゃがいっちゃが」 
   「そんげな心配つまらんとよ。」(南田洋子)
   「そう! いっちゃが! いっちゃが!」 (田中裕子)
   「がんたれ」 (西郷輝彦)
どちらかと言うと鹿児島のことばかも知れぬゆえ出身地たるこの方が使うと郷に入ったもの。
    「てげてげ」 
    「じゃぁじゃぁ」 
     「よだきい」 
 宮崎を代表する?この独特のことばがどこで出たかは知らない。
「よだきい」に代表される県民性であるがこれは宮崎特有でもないようで案外使えるようだ。
実は、「ヨダキイ」と言う言葉は、もともと京都で使われていた言葉なんだそうな。。
 源氏物語に
「公に仕ふる人ともなくて、こもり侍れば、よろずうひうひしうよだけくなりにて侍る」( 訳:宮中などに従える人もいなくて、閉じこもっていたら、すべてのことに勝手が分からないので、いやだなぁという気持ちになってしまいました。)とあるように、
貴族が使っていた言葉。
現在は、宮崎の他、兵庫県の一部や大分、鹿児島、広島、鳥取で使われている言葉。
これは使える。
明治初期の廃藩置県の際、宮崎と札幌以外は総てかってのお城に県庁が置かれた。
藩政の支配体制をそのまま鞍替えしたに過ぎなかった。
宮崎の他県に比して生活基盤の立ち遅れの悲劇はここに発している。
高速鉄道・高速道路はまったくすすまず、県北・延岡と県都・宮崎は旧態依然の片道一車線で結ばれてるのみ。
モータリゼーションの波を平行して乗り切る政治力も英知ももなかったのも県民がまとまってないからである。こうなら世界芸術で県民性を高めようと諸政策が持たれる。
ベオグラード国立美術館展がきょうから開催された。
「フランス近代絵画展―知られざるルノワールの物語」である。
2003年3月ユーゴスラヴィアから国名を変更し、新たに民主国家として出発したセルビア・モンテネグロ。
首都ベオグラード
長年にわたりバルカン半島、東欧を襲う度重なる戦火に晒されてきたがベオグラード国立美術館のコレクションはそうした苦難の歴史の中でも守り続けられ、人びとに安らぎと勇気を与え続けてきた。
老朽化した美術館建物の改修にあわせ
ひろしま美術館を立ち上がり会場として日本全国7都市を巡回。
コレクションの内容は、バルビゾン派からエコール・ド・パリにいたるフランス近代絵画の流れをほぼ網羅。
特にルノワールとドガのコレクションは、ルノワールの身近に接したモデルや家族の愛らしい肖像、
ドガがその抜群のデッサン力を見せる踊り子たちなど、小品ながら両巨匠の特徴を示す珠玉の作品群。
、モネの《ルーアン大聖堂》、ピサロの《テアトル・フランス広場》など、それぞれの画家の代表作が含まれている。
、ルノワール晩年の力作「水浴する女性」は、1996年の盗難によりダメージを受け、その後修復によって甦った作品。
ところで本家の芸術の都のパリ・ルーブル美術館。
1日ではとても見れない収蔵物であるが、
お目当てはモナリザとビーナス
古代ギリシャ彫刻の傑作「ミロのビーナス」のための新展示
室をつくる計画を進んでいる。
オープンは1年後の2007年初めの予定。
「モナリザ」と並んで日本人観光客が多く訪れるビーナス像は、現在の2倍の広い部屋でより快適な鑑賞が可能になる。
 「ミロのビーナス」は1820年にギリシャのメロス島で地中から偶然発見され、その後、フランス国王ルイ18世が同美術館に寄贈した。
紀元前2世紀ごろつくられたとされるが、作者は不詳。
上半身と下半身が、美しさの比率である
「黄金比(1対1.6)」を有していることで知られる。
出会い系をやってみたがイメージ作業にはこれがつきまとう。
どうにも好々爺の域に達してる新年のようである。

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生めよ増やせよ!は国家目標で繁栄の基礎であったゆえ大和の国建国以来の少子化でマスコミの社説は踊っている。
戌年なんだそうな。安産の祈りの神の犬である。
いぬ派ネコ派に分かれてのペットブーム。
犬と猫をあわせたペットの数は2400万匹以上とペットフード工業会の調査がある。、
子供の0〜14歳までの数より3割以上多い。
その後もさらに子供の数は減る傾向にある。「ペット優位」はますます進行している。
確かに、犬や猫を家族の一員としてかわいがっている人は多い。
ペット連れで入れるカフェやレストランも出てきている。
モーターショウにペット対策をした専用車は非ガソリン車と同じように注目を浴びた。
ペットを対象とした健康保険ビジネスさえあるらしい。。
年賀状にもペットの写真を印刷したものがでまわった。
ペットブームは少子化と裏腹の現象なんであろうか。
新聞によると平安時代の歴史書「大鏡」には、死んだ愛犬の法要を依頼された僧の話を書き、
「枕草子で一条帝の寵愛を受けた「命婦のおとど」という名の猫が登場する。そうだ。
五位の位をもらい、雌猫でも殿上人の扱いとペンは喝破する。
犬将軍にいたっては笑止、極めたり。
人間が犬を飼いならした時期は縄文・弥生犬もいるぐらいで1万5000年以上前にさかのぼる。
昨年末には犬ゲノムが完全解読され、人間との共通点がわかってきた。
心臓病やがん、糖尿病など、人間と同じ病気にもかかるそうだ。
犬をモルモットにしての人間の病気解明にも役立つ訳で何処までも忠犬を貫き通しているようである。
予測される残酷と騒ぐやからの筋違いの声なんか無視すればいい。
いぬ派ネコ派にはどうも軍配が上がりそうでネコはどこまでも具合が悪い。
地球面積比7対3の生命の源たる海になるともっと読み取れる。
海の生物に注目するとCO2増大による地球環境破壊がみえてくる。
「クラゲがたくさん捕れる年は大雪あり」。先人の知恵である。
「ことわざから読み解く天気予報」(南利幸、NHK出版)によると、
クラゲが多いのは海水温が高いため。海上には水蒸気もたっぷりある。そこに冬の寒気が流れ込むと、多量の水蒸気を材料に雪雲が発達して例年より多くの雪を降らせる
この自然法則通り、日本海側では夏場につづいたクラゲの大量発生に続いて大雪が猛威を振るっている訳だ。
、直径が最大2メートルにも及ぶエチゼンクラゲが日本海で大量発生したニュース。
平年より海水温が高い状態が続いているせいか、冬になっても、しぶとく沿岸部に居座っている
そこへ記録的な大雪。地域によっては、すでに積雪が3、4メートルにも。
除雪も追いつかず、雪は大歓迎のはずのスキー場が休業に
漁業もクラゲのせいで大打撃を受けた。
先人の知恵ではクラゲ大発生時には、直後にタイが豊漁になったことがあったと説く。
苦あれば楽アり。
大雪で人命事故さえ数多く報道されている。
改革・地方自立の小泉政治で除雪もままならぬ予算なんであろう。
先人の知恵は政治が生かしてこそ安全安心の生活が保たれる。
雪による被害が増えてるのは何も大雪に起因するものだけではない
市場原理主義の政治の貧困である。
刺客に斬られたり、旧守派のレッテルで斬られた田舎派の政治家はどうしているのか。
動静が報じられない。マスコミジャックの恫喝せいじである。
その先鋒と目をつけられた亀井静香
亀井節は政治の基本たる演説が魅力でありワン・フレーズの小泉に対峙する。
新聞によるとこうである。
東京都内で開かれた新党日本の幹事長、荒井広幸を励ます会でのあいさつ。
 「朝のこない夜はない。私がいま座っている衆院本会議の席は、かつて中野正剛が座っていたんです。東条(英機・首相)の独裁内閣に抗議して、中野と三木武吉、鳩山一郎の3人が頑張っていた。
 結局、三木は小豆島に身をひそめ、鳩山は軽井沢にこもり、中野は割腹自殺したが、いま割腹しても世の中がよくなるわけではない。必ず私たちの時代がくる。荒井君は筋を通す男だ。
 人間100回うそを言えば、それが本当になるような世の中であっては、絶対ならない。われわれは筋を通してきた。いつか国民が支持するときがくるだろう」
 いつもの絶叫調でなく、しみじみとした語り口だったそうだ。
戦争継続に弁論で戦った唯一の演説の中野正剛はつとに有名。
会場には国民新党の綿貫民輔代表(前衆院議長)らも姿を見せていた。
 衆参議員数は新党日本が2人、国民新党が6人の小所帯同士、郵政対立で自民党を追われた。
平沼赳夫元経済産業相、野田聖子元郵政相ら郵政離党組も似た境遇だ。
 亀井が小泉を東条になぞらえ、中野正剛の悲劇を持ち出す気持ちはよく理解できる。
いわゆる翼賛選挙が行われたのは、小泉が生まれた年の1942年4月30日だった。
 すでに政党はない。日米開戦から半年、
東条によって戦争協力の翼賛政治協会が組織され、選挙も仕切った。推薦を蹴って戦い、当選した旧政党人は中野、三木、鳩山ら少数である。
三木は
「戦局の先は見えた。友人として言いたい。幕末の桂小五郎のように、当分の間、女のひざを枕に、酒でも呑(の)んで韜晦(とうかい)(本心を隠すこと)することをすすめる。そうでないと、君は吉田松陰のあとを追う結果になる。バカバカしいじゃないか」
 と忠告したが、中野は聞き入れず、東条と刺し違えるように自決した。戦後、三木、鳩山には出番がめぐってくる。
 その三木が仕上げた保守合同に反対し、自民党結党に参画するのを拒んだのは吉田茂、佐藤栄作、橋本登美三郎の3人だった。やはり亀井らと同じあたり、議場の片隅に座っていた時期がある。
 9年後、佐藤は政権に就いた。大勢に抗して戦い、どんな形の出番を迎えるかは人さまざまだろう。
吉田松陰、中野正剛は歴史に名を刻んだ。厳冬の今日を思わせる。
 亀井らが描く政治スタイルは、そう平坦な道のりではなさそうだ。
市場原理主義・効率化の荒波の中で田舎派政治家の健闘を祈りたい。
宮崎には義務教育延長の文部大臣であった中山以外に自民党政治家は誰も当選していない。
効率化でなく義理人情の政治家たる旧守派の牙城である。
もっとも市町村合併で44は31市町村で効率運用は目指している。
効率化と政治はかみ合わせて運用すのが政治の要諦である。
太陽光発電は地球環境との共存プレー。
天気に笑い雨に泣く。優しき自然派の自活エネルギーの平和の施設。シティー派政治家小泉に設置してあげたい。
そうすれば「もったいない!」肌で理解できよう。
オイル一滴ない国の生活基盤の基礎たる神より賜りしエネルギー
政治家に是非設置してほしいものである。

ジャパン野球に協力しない松井・井口何を考えている。
王監督に従わぬ井口!
二人を大リーガーに育てた祖国の恩を忘れたのか!
マナーの塊たる野球に汚点を残す金儲け主義がここまで極まれり。「勝ち組」「負け組み」に異論アり。
この守銭奴め!犬畜生にも劣リャ〜。
負けた政治家ほど良く学ぶ。
太陽光発電ゆえに光あれ!

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NHKの世界遺産の放映にはまだ見ぬ世界各国の至宝に感動の連続である。
宮崎にも埋もれていた国宝級の史跡、人間国宝が今年の注目となるやも知れぬ。
新成人に沸く新宮崎市に高岡、田野町とともに佐土原町が加わった初めての行事である。
新宮崎市では唯一の城下町が佐土原町である。
佐土原城跡が昨年国指定史跡となり、町民も城にまつわる文化財講座や展示会に興味を示しはじめている。
佐土原城は一般には知られていないが歴史好事家は垂涎の的の秘密を秘めている。
一躍脚光を浴びるようになったのは9年前の発掘調査からである。
それより全国の城郭研究家が注目する城の一つとなった。
地元紙から引用してご紹介しますと次のとおり。
 本丸跡の発掘調査で天守台の石垣が出土。
ここまではふつうのことである。
ところが金ぱくを施した鯱ほこ瓦をはじめ、桐きりや菊の紋が刻印された鬼瓦なども見つかった。
こうした遺構・遺物は日向史を書き換える可能性を秘めたものである。
 桐や菊紋は豊臣秀吉が権力の象徴としたもので、1591(天正十九)年に使用禁止令を出す一方、
特別な城に限ってこの紋瓦を使うことを認めた。
それは近畿・中国に配した直属の武将たちの城であり、徳川家康を包囲する関東周辺の城だった。
その流れでみれば、佐土原城は薩摩押さえの城と位置付けられる、
石垣は、秀吉配下の技術者集団でなければ築けなかった高度の技術であったともいう。
金ぱくの鯱ほこ瓦も安土桃山時代のもので、豊臣政権の崩壊とともに消滅。
 佐土原は飫肥、米良、薩摩三街道の結節点にある。
その地を見下ろす丘陵に高さ十メートルと推定される二層の天守がそびえ、最上層には黄金色に輝く一対のしゃちほこがあった。
その風景を思い描くだけでも限りない歴史ロマンをかき立てられる。
伊東氏崩壊後 薩摩分家が領主で、辺境の山城にすぎないと思われた佐土原城が実は「秀吉の城」であり、
薩摩本家に備える前線基地であったという新説が持ち上がり、関係者に衝撃を与えた。
 もっとも、文献研究の立場から異論もある。
1603(慶長八)年に城内をくまなく巡検した記録には天守のことが全く書かれていないことなどから、秀吉時代には天守がなかった可能性もあるとの指摘だ。
 石垣の状況などから、天守は二度築かれ、いずれも破壊されたとみている町。、
今のところ城郭考古学上も文献上も仮説の域を出ない。
 佐土原城、中でも天守をめぐる歴史はミステリーに包まれている。
その謎を解き明かすために、本格的な発掘調査を新宮崎市が引き継げるかどうか。
津村宮崎市長に戸敷佐土原町長が有力候補として立候補した。
成り行きしだいでは一挙にすすむやも知れない。
我が師匠が今日来て言われるには、太陽光のエネルギー普及にこの人をあげられ期待される。市長選での津村危うし。
9年前の発掘は天守台跡の北東側1/4にとどまっている。
山城を構成する松尾丸や南ノ城など他の主要施設は手付かずのままだ。
 国指定史跡は保存計画を立て、管理報告書をまとめなければならない。
現状では不確定な部分が多く、どこをどう保存修復すべきなのか、その歴史的意義は何なのか、仮説から一歩を進めることが難しい。発掘はその欠けた所を補う重要な作業である。
 佐土原城の歴史的評価は、もとより「秀吉の城」であったかどうか、という点だけで決まるものではない。
中世から戦国時代を経て江戸末期まで、一貫して日向史の中核的な役割を果たしてきた、
その長い歴史の不明部分を実証的に埋めていくことが大切だ。
私の説は3つばかりある。
神話の海幸・山幸をよりどころとした景行天皇の皇宮の由緒あるところゆえとみる。
実際は本城があった都於郡であるが本城をここに移していた。
島津の伊東制覇の真の狙いは皇族の発祥地たる海幸の皇宮のあったこの地・都於郡の制圧での権威付けにあるとの説を私がとっているからである。
皇宮跡となれば百姓の出の出自に悩む「秀吉の城」があっても不思議ではない。
次は小田原の北条征伐後の九州制覇の豊臣軍大将の豊臣秀長
が島津三兄弟との戦に勝利し、ここに天下統一がなったところ故とみる仮説を立ててみた。
その恩顧が大阪城炎上の西軍総大将は真田幸村等でなくこの佐土原島津家が努めた事実もあるからだ。
昭和になっても皇族貴子降嫁はこの島津家である。
歴史作家・城雪穂に書いてもらいたい歴史小説のネタとしてゆづってもよい。
建物の国宝級のお話はこれぐらいにして次は
人間国宝のお話である。
鵜戸神宮が琵琶の起源は先日1/5かいた。
 源氏、平家の盛衰を伝える平家物語。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色
盛者必衰のことわりをあらわす。」。
病魔で倒れNHKで復帰の高座に三平師匠がかけ忘れられない噺。
うら寂しい音色。物語の伴奏楽器として生まれたのが平家琵琶だ。
三平師匠はベラ〜ンとこの琵琶の部分も演じてた。
 琵琶の起源はペルシャで奈良時代に中国から渡ってきた。
平安中期、寺にかかわる盲僧が弾き始め、琵琶法師と呼ばれた。
現在、わが国では
平家琵琶、
盲僧琵琶、盲僧が経文を唱えるときの
楽琵琶、雅楽で用いる
薩摩琵琶は地方で派生した
筑前琵琶も同じである。
の五種がある。
 永田法順さん(70)=延岡市・長久山浄満寺住職=は、檀家回りを今も続けている琵琶法師。
琵琶法師は全国で永田さん一人だけになった。
盲僧琵琶は携帯しなければならないため、楽琵琶などに比べると小型。
筑前琵琶の系統で笹琵琶とも呼
小さいながら高音を出せるのが特徴の一つ。
音楽を奏でるのが主目的ではなく、経文や祭文を唱えるときの伴奏楽器なので、力強く撥はねることができる
。永田さんは二歳のとき緑内障を患い失明、十二歳で仏門に入った。指から血の出るほど厳しく基本を習った。
 その永田さんのCD、写真集などをセットした全集が、文化庁主催の二〇〇五年度芸術祭賞レコード部門で大賞を受賞した。「琵琶盲僧・永田法順を記録する会(川野楠己代表)」の制作。受賞の理由は優れた音楽性、民俗学的な希少価値。
 永田さんは薬師寺管長が礼遇するほどの人格者。
古希祝いの演奏会で、国立民俗博物館名誉教授たちが「次は人間国宝に」の声を上げたという。
武満徹作曲に取り入れるなど琵琶が見直されてきている時代でもあるらしい。
なにも中国の12樂坊に東洋音楽を求める必要もない。
昨日から快晴の宮崎。70KWの太陽光発電の建設は続く。
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国家権力をものの見事に表現してる事件が昨日起きた。
混沌とした時代背景のある政治状況化ではおきるはずもない事。
今は津々浦々にまで国家目標が貫かれる状況下にあることをものの見事に証明している。
川越新富町長が収賄容疑で逮捕された。
先月、役所内の対立候補を打ち破って2期目になったばかりなのにである。
事件になってる収賄額も僅かの額で通常の貸借の範囲内ではないか。事件にしては不可解である。
国家目標たる防衛政策に一自治体の長が防衛庁本局まで行って異議を訴えたが故ではないかと訝しがる。
もちろん先日の選挙に対する反対派の告発までは行かないとしてもチクリの類があったんであろう。
このようなブログでさえチェックが入ってるのを知っておかなければならない。
法制化が整ってきているからである。
2チャンネルなるやらせのブログが小泉劇場で威力を発揮したゆえ一気呵成に管理が強められている。
過半権力に対抗して殺された国際的数字が40数人発表されてた。
これを書いてたマスコミ人のブログをみると抹消されている。
身の危険か世渡り術か。賢明な保身術。
これでないとマスコミ界を生き抜くことは出来ない状況下ががおきてるのであろう。
実に暗い世相となっている。
福岡の政治家のように自らの事件にかかわることは隠し通せるのに一介の市民は危ない!
それも国家と対峙しようものなら、首長といえどもこの結果となろう。
昨年空自5基地移転で基本合意をしたのは05年10月29日であった。
新聞によるとこうである。
在日米軍再編協議で、沖縄の負担軽減策として、米軍嘉手納基地のF15戦闘機の訓練の一部を航空自衛隊の新田原、千歳(北海道)に加え、百里(茨城県)、小松(石川県)、築城(福岡県)の計五基地に移転することで基本合意したことが二十八日、分かった。と新聞が報じた。
 嘉手納基地については、年間の離着陸回数が約七万回に上り、騒音が大きいF15戦闘機に対する住民の不満が高まっていた。
このためF15の訓練の一部である数千回程度を移転して実施する見通しだ。
 大野功統防衛庁長官は二十八日午前の記者会見で
「まだ決めていないが、嘉手納以外の地域でもやらせていただきたい。(嘉手納に)負担が集中しているので協力をお願いしたい」と述べた。
タッチ・アンドゴーといわれる離着陸は近辺住民の安全安心をつき崩す。
今でさえ新富町西都市瀬口などのこの地域では騒音で会話はしばし中断する。
お空のお客様がお通りなるのを待たねばならない。
24日先日の私のブログである。
ところで一年間の予算が発表され80兆円。
いつも注目されるのは防衛費。
「共同開発」の関係経費30億円を含めMD関連で1399億円を計上。
防衛予算が0・9%減額される中でMD関係費が前年度比16・8%アップした。
ここに耳慣れぬものがある。
「MD」共同開発 である。
ミサイル防衛(MD)システムの日米共同研究を来年度から共同開発に移行させる方針を決めた。
 クリスマス・イブの思わぬプレゼントで24日の安全保障会議と臨時閣議での政府の方針である。
 MDと言えば、昨年度から海上配備型のスタンダードミサイル3(SM3)と地上配備型のパトリオット3(PAC3)の整備を進めている。
共同開発するのは、SM3の性能を大幅にアップさせ、2015年以降の配備を目指す次世代型の迎撃ミサイルだ。
 次世代型のMDの共同開発を決めたことは、将来にわたる日本の防衛の一翼をMDシステムが担うことを意味する。防衛政策が大きな転換点を迎えたともいえる。
さらにこうである。
MD 日米共同開発決定 米への“武器”輸出可能に 第三国供与は事前同意。
政府は一歩踏み込んで経済体制の変更さえ迫る勢い。
「三原則」緩和求める産業界
 政府は二十四日の安全保障会議でミサイル防衛(MD)の次世代迎撃ミサイルについて、来年度から米国と共同開発に入ることを決定した。これを受け、政府は来年度予算案に開発経費として三十億円を盛り込むことも正式決定した。また、米国への部品輸出に伴い、米国から第三国への供与や目的外使用を厳格に管理するための日米間の「枠組み」を設定する方針を明記した官房長官談話も発表。
具体的には、来年四月をメドに「対米武器技術供与」に関する交換公文を改定、第三国供与などでは日本側の事前同意を義務づける。
さらに、武器技術だけでなく、武器そのものも米国に供与する道を開いた。
中曽根康弘首相が技術供与を武器輸出三原則の例外にすることを決めた。
 ただ、「米側は当時から日本と武器の共同開発を行いたいと打診していた」(政府筋)が、
日本は共同開発の前提となる武器輸出の解禁には踏み込まなかった。
その意味で、今回の措置は、二十年以上かけて米側の意向に応えたものといえる。
官房長官談話は、武器輸出三原則を堅持すると強調した。
 戦闘機などは多国間の国際共同開発が主流となる中、「三原則で参加できない日本の企業は最先端の技術に取り残される」として、三原則の大幅緩和を求める声も産業界には強い。
いよいよ産軍複合化の経済に傾斜をはじめたシグナルが出た。
ミサイル防衛(MD)限定ながら、日米同盟を深化させたといえるが、課題も残っている。 
安倍晋三官房長官は、米国に武器輸出を可能にする措置として、昭和五十八年に締結した
「対米武器技術供与」に関する交換公文を改定する方針を示唆した。
  ただ、「米側は当時から日本と武器の共同開発を行いたいと打診していた」が、
日本は共同開発の前提となる武器輸出の解禁には踏み込まなかった。
その意味で、今回の措置は、二十年以上かけて米側の意向に応じえたものといえる。12月25。(産経新聞)
世界第4位の防衛費を持つ軍事大国日本。
今は関連費に多くが使われ経済に寄与してる側面が強い。
ところでいよいよ産業軍事がからまった、軍事国家に傾斜しようとしている。
反対のはずの野党党首前原はより以上のものを政府に迫る。
翼賛政治の状況下で、一人川越新富町長のみが安穏と防衛政策を批判できるわけがない。
住民が反対してるはポーズに過ぎない。
物言えば唇寒しの包囲網が刻一刻と形成されている。
私といえば一人。午後緊迫した会議に忙殺。
防水、電気、上屋建設数種の会議に孤軍奮闘。
所詮施主さんやメーカーさんに勝てるはずがない。
主張はするが肝心なとこはすすむはずがない。
やるっきゃ〜ない中でのわが陣容はお寒いばかり。
資金の手当てをするまもなく日にちのみが過ぎたる一日。
気楽な立場は実に慣用であろう。
今年になり、では誰がこの状況に手助けをしてるというのか。
先月も含め私の管理下にない現場状況からして集金はかなり難しい。総てがうまくいくはずもない。
分業をしてこそ、私は自分のポジションが果たせるのであり、
この状況では、一向に改善できっこない。
どうしようもないではすすまぬ。明日の担当さんとの協議しだいである。

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にわか設計士。

2006年1月11日
アップ・ロードしようとしたら消滅の悲哀を味わって思い起こして二度目の挑戦。
久しぶりに内業の時間のお許しを頂いた。
朝の7時前から現場の上屋工事等の打ち合わせ。
90KM南での1300からの大事な現地協議をお願いした。
結果は改造でなく新築でやると夕方ご返事を頂く。
残るも大変。各種の資料つくりに昼食の時間も15時過ぎ。
お手製のラーメンにご飯。
三階建ての鉄筋造りの建築確認のための図面はバインダー7冊にもなる。
建築年度の違いなどや増築部分もあり複雑怪奇。
ちまたの造語にもなった姉歯の言葉が飛び交う。
門外漢でも泣き泣き図面と根競べ。
基礎強度をめぐり、工法の研究である。
誰が手抜きをしてるというのか。
強度計算に向けての下資料作り。
これほどまで必死であると緊張感も心地よい。
大地震に備えるには、建物を鉄やコンクリートで固めるのがよいのか、それとも柳のように揺れを吸収する方がよいのか。
関東大震災の直後、建築界でそんな議論が起きた。
これを「柔剛論争」と言いこれについて先日触れた。、
「不安感論争」は戦後1950年代に、総ガラス張りのビルが東京や大阪に建ち始めた、
「地震が心配だ」「いやガラスの持つ不安感は芸術性を高める」と応酬である 、
不安感論争の象徴となったのは、皇居わきに建った米出版社リーダーズ・ダイジェストのビル。
ガラス面が大きく、柱が細く見える。建築学者や建設省技官らが「一度揺すってみないと安全かどうかわからない」などと盛んに批判したと建築評論家の宮内嘉久の証言がある。
 設計したのは、チェコ生まれの建築家アントニン・レーモンド。
戦前と戦後に計44年間日本で暮らし、関東大震災も体験。
「地震に強い」と評された建築家には心外な非難で、晩年に出版した自伝でもなお軽井沢の吉村山荘を
憤慨しているそうである。
吉村順三と、前川國男の師である。
新日曜美術館で吉村順三のことを報道した。
建築を志す人の中で知らない人はいない。
森との調和の軽井沢の吉村山荘は聖地扱いである・
奈良の博物館と八ヶ岳の音楽堂、青山タワービル。
福岡の河庄と京都の俵屋の玄関。
 吉村氏は「大震災を見て建築家を志した」と語っている。
前川国男も建物の頑丈さには終生こだわり続けた。
弘前市にいけば弘前中央高校講堂や市役所など10数件がみれる。
東大建築卒後パリでル・コルビュジェのアトリエで学ぶ。
帰国後アントニン・レモンドの事務所を経て、独立。
東京文化会館、紀伊國屋書店もこの人の手になる。
宮崎における日高是一先生みたいなものである。
それらを思いながら図面をみて資料作り。
チョッピリのアルコールもいいではないか。
、神谷傳兵衛の懇親の作「電気ブラン」がいい。
「電気ブランは発売当初は“電気ブランデー”と呼んだそうだ。明治26年(1893)頃、初代神谷傳兵衛によって誕生。
それが面白い。
もともと薬用として売られていた輸入ブランデーに、日本人の口に合う様、改良を加えたナンタるゲテもの。
ブランデー、ワイン、ジン、ベルモット、キュラソーなどをブレンドし、柔らかな口当りと豊かな香りのカクテルとした。
その処方は今なお秘伝。
ネーミングの由来を伝えている。
文明開化の風潮の中で「電気」という言葉にはハイカラなイメージがあり、当時は目新しいものは「電気○○」と呼ぶことが流行していた。
また飲み口の良い、強いお酒なので身体の芯まで心地よくピリリとしびれるように酔いが回る、との評判が生まれた。
「神谷の電気ブランデー」はいつしか昭和初期頃には親しみをこめて「電気ブラン」と呼ばれるようになる。
日の出桟橋から隅田川をのぼり、浅草で下船すると
橋のたもとでこれを傾ける。
明治の香りをかいでから浅草寺参り。
日本最初の遊園地、の花やしきはこの歳ゆえあるまいて。
伝宝院通を抜け日本唯一の講談浪曲定席木馬館か国際通りの浅草演芸場ホール
を楽しむには丁度いい。
巨大なる太陽光発電事業には建築の仕事も絡む。
見慣れぬヅメンを広げいっぱしの建築士気取り。
ホント?いや〜〜悲鳴をあげている。

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太陽光発電事業の普及に心血を注いでいる。
昨夜は完全徹夜で資料つくりをした覇者がいる。
この一歩一歩が着工にあたり大事な作業である。
師匠からのメールに数値表示がある。
 シャープ、英国で太陽電池パネルを増強=2月から110メガワットに
> http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060111-00000166-jij-biz
シャープ の町田勝彦社長は11日の記者会見で、欧州の旺盛な太陽電池需要に対応するため、2月から英国の太陽電池パネル組立工場で、生産能力を現在の年産50メガワットから110メガワットに引き上げると語った。
> http://www.sharp.co.jp/corporate/info/policy/index.html
> http://www.c-hotline.com/japanese/user3/auto_login.cfm?userId=hpshar05am
> http://www.c-hotline.com/japanese/html/shar6005arc/dl/shar060111_1.pdf

110Mwですから11万キロワット。
昨年10月31日のプレスリリースでは

葛城工場の太陽電池セルの製造ラインを増強
太陽電池の年間生産能力を世界最大の500MWに拡大
シャープは、国内外の旺盛な需要に対応するため、葛城工場(奈良県)に、太陽電池セルの製造ラインを年産85MW(メガワット)増設、2005年11月より本格稼動
これにより、葛城工場の太陽電池セルの年間生産能力は、
世界最大の500MW(メガワット)に拡大。
太陽光発電は現在、材料となるシリコン不足が懸念されていますが、一方で、欧州を中心に、補助金や電力買取りなどの普及拡大策が取られ、産業用・電力用を中心に、メガワットクラスの大規模産業物件が増加し、今後も一層の市場拡大が見込まれている。
当社では、材料を有効活用するセルの薄型化や高効率な生産体制の構築に取り組み、環境負荷物質が発生しない新エネルギーとして期待の大きい太陽光発電システムの安定供給を図ってまいります。
また、シャープは、引き続き生産能力の一層の拡充を図ると同時に、クリーンエネルギー社会の実現に貢献する「温暖化負荷ゼロ企業」の実現をめざしてまいります。

と発表しています。実に鼻息荒いですね。で、その果実としての生産電力は、残念ながら国内で使われることはありまえません。 そのコアデバイスのセルは海外へそれも英国に110Mw出て行くんですね。50万kWのピーク対応発電所が39万kWになるだけだからそう落ち込むことも無いですかね。
でも、国内でパネルになった分も日本政府の経産省の高級官僚の政策の失敗で海外へ流失してしまう。
NEDOの草の根支援事業やFT事業で設置される設備の総量って今年度分を計算してみたら
98億円もかけてるのにたったの2万6000Kw、26MWですので、後は家庭用が頼みの綱。 果たしてどれほど売れたことやら・・・。
平成16年度の総出荷量が65万8077Kwで、国内分が 27万4000Kwで海外流失分が38万8888Kwでしたので、今年度は国内分が35万Kwほどになって海外へ70万KWほど出てくのかもしれません。
実に立派な海外輸出産業です。自動車産業と同じと思われてるのかな〜?
シャープや京セラ、三菱にしたって何処の企業もエネルギーインフラ 装置の供給産業とは思っていないでしょう。
どうも政府の方々は日本のエネルギー政策の基本はまず原発!次に化石燃料!確保。
ま〜、何もしないで置くわけにはいかないから新エネルギーそ
れも企業がそれを産業化して儲けられるものにすることってのが基本的な構想です。
国民は犠牲になれというのが彼ら自民党政治家のおじさんたちと高級官僚
の発想。撃ちてし止まん。一将(省)功成って万骨(国民)枯るかな〜・
踏みつけにされてもこの国の民は国家のためにご奉公するのが正しい姿なのでしょう。
こりゃ戦前の日本の姿と何ら変わらない?
さて毎年、倍倍で生産量が増えて行ったら?どうなるでしょう。ちょっと計算してみましょう。
昨年度の総生産量が
65万Kw
今年度は
130万キロワット
2007年度 が
260万キロワット、
2008年度が560万キロワット、
2009年度が1120万キロワット、
2010年度が2240万キロワットでしょうか・・・。
2010年度目標が480万キロワットですから、このトレンドではちょっと難しいでしょうから、さらにNEDO補助金を突っ込んで、(勿論、予 算分捕りをすればなんとかなりますわ)
数値目標だけは何とかできるでしょう。
それで、電力企業は買い叩きに行かざるを得ません。
しかし、既に設置したもの諦めるでしょうから、補助
金を出してコントロールして目標値は危うく達成して何とかつじつまは合わせられるかなと言う所じゃないですか?
そして原発も安泰、環境省もそこそこ点数を稼ぐだろうし問題は何とか収 まるだろうと・・・。これが彼らが描くシナリオでしょうか・・・。
たったの3%ですよ。これなら何とかなると踏んでるでしょう。だからたっ たの3%なんです。5%だって10%だって出来るんだけどね。
そして、市民がそのリターンをちゃんと自分たちのものとして地域の中で生かすことだって出来るのに、霞ヶ関の官僚と虎ノ門あたりの天下り先のために地域や地方が踏みつけにされるままで進むんですよね。
世界の中で笑いもんにされますわな。不良資産を作られた老人世代は食い潰したままであの世へと行かれる。
後に残される若者はばかにされたままです。
哀れな子羊の群れみたいな感じです。何故、若者は怒らないのか不思議です。少子高齢化を憂うなら、出生率1.2とかでおたおたするなら何故そう言うことになるのかを問うてみるべきです。
豪雪地帯の一人世帯の老人しか居ない田舎をそのままにしてしまったこの国の明治維新に組み込まれた思想が問い直されないとね・・・。

太陽電池が安くなれば皆が買うというのは間違いです。太陽電池を買うよりも太陽電池産業の株を買ったほうが儲かりますからね。
ドイツの太陽光発電に投資したほうが得なんですからね。さて、ネットバンクでドイツの太陽光発電に投資でもしましょうかね・

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エエッ!明日は4月頃の季節の大気温度だって!
どうもこの気温差には驚いてしまう。
この時期の空模様も宮崎に似つかわしくない。
西風の吹く冬特有の日々が一日もない。
宮崎特産の千きり大根のめぐみはどうなるんであろう。
CO2の地球規模の温暖化から来る異常気象。
是が快適ライフの石油漬けの個々人の生活が作り出してることにあると気付くと驚きであろう。
石油を中心とする化石燃料エネルギーなくして生活はできない。
だが有限たる化石燃料。
化石燃料の枯渇。もともと一滴も無い日本。
それに依存した生活が永久に何時までも続くはずがない。
この地球が叫んでる断末魔のメッセージが異常気象である。
この地球上に住むものが作り出した生活の垢である。
CO2削減の各国の出発点は京都議定書をよりどころとする。
ところがCO2排出国NO1のアメリカとNO2の中国そして5位のインドはCO2削減国家目標のこの議定書に加わっていない。
京都議定書に準じてるのは日本だけである。
それでも地球環境問題は避けて通れない。 
そこで米国の呼びかけで作られたのがAPP「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ」である。
日本、米国、中国、インド、韓国、オーストラリアの6か国が参加し第1回閣僚会議が、オーストラリアのシドニーで開催された。
新聞によると
 会議は、APPを二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの削減を定めた京都議定書を補完するものと位置づけた。
その上で、産業分野別に専門家会合を設け、温室効果ガスの排出抑制に向けた共同技術開発を進めていくことで合意した。
 協力分野は化石エネルギー、再生可能エネルギーなど8分野で、日本は鉄鋼、セメント分野で議長を務める。日本の鉄鋼、電力業界などが開発してきた省エネ・環境分野の技術を中国やインドに移転することが、協力の柱となる。
中国は米国に次ぐCO2排出国だ。総排出量は日本の3倍以上に達する。
インドも数年後には日本の総排出量を抜くのは確実だ。
だが、京都議定書は先進国に削減義務を課すのみで、中国やインドは削減義務を負わない。
 中国やインドが規制の対象外で、米国も議定書から離脱したままでは、実効性のある地球温暖化対策は期待できない。
2013年以降の削減体制を話し合う「ポスト京都議定書」論議にプラスになるよう導くためにも、日本はAPPに積極的にかかわるべきだ。
 APPは、中国やインドに日本の技術を広める格好の機会でもある。
 日本は2度の石油ショックを経て、官民挙げてエネルギー利用効率を高めることを追求した結果、省エネ技術は国際的に極めて高い水準にある
 温室効果ガスの排出などを抑制して石炭を利用しやすくする「クリーン・コール・テクノロジー」でも、日本は磯子火力発電所(横浜市)で採用するなど、先進的地位にある。
 一方、中国はエネルギー利用効率が日本と比べて9倍も悪い。1次エネルギーに占める石炭の割合も7割近くに上る。窒素酸化物、硫黄酸化物の排出による酸性雨被害が疑われる地域は、中国国内の3分の1に達すると言われている。
 中国は、安定した経済成長を保つためにも、エネルギー利用効率を向上させる省エネ技術の取得や環境対策の強化を迫られている。
 日本の省エネ・環境技術は、東アジアの地域協力や日中、日印の2国間関係を進める上で、強力な“武器”になる。
[温暖化対策]「東アジア協力の重要な柱になる」
 経済成長が著しい中国やインドを抱える東アジアで、エネルギー・環境分野の地域協力をいかに進めるか。
日本にとって戦略的に取り組むべき課題だ。
APPは産業分野ごとにエネルギー効率の向上や環境技術革新を図ることで、温暖化を食い止めるという米国の発想に基づいている。日本でも経済産業省がそうしたアプローチに賛同している。
 産業ごとの技術的対策ということで京都議定書と異質だが、途上国にとっては採用しやすい手法だ。
しかも、セメントや発電、鉄鋼などで実績のある日本や米国が入っている枠組みである。
確かにCO2総量でないのでどうにもわからぬやり方ではある。
なんでもアメリカ裏組織。
京都議定書には参加せずしてアメリカの動向はどうにも解せぬ。
是で地球の支配者ぶりなんであるから地球環境問題はすすまぬのであろう。
えらいことに毎日をかけてるもんである。
ドンキホーテも何時まで装えるのやら。
朝早く設計士さん宅に伺う。
昨夜から朝の4時過ぎかけて作成したがんばりやさんと共に工程表や諸書類を協議するためである。
人の振り見て我がふりなおせ。
珍しき御仁がおられたものだ。
私にもこのようなる傍若無人ぶりがほんの少しでもあるんであろうか。
反面教師の鏡ここに極まれり。

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タミフル!

2006年1月14日
豪雪地域の皆様にはご苦労振りに涙する。
春遠からじ、シャツ一枚で過ごせるあったかさ。22度にもなっている。
これでは体調管理が危うい。風邪に注意が必要だ。
それもインフルエンザとなれば当節柄怖いお話が語られている。
人は新しいウイルスに対する免疫を持たないからだ。
12〜13日、「新型インフルエンザ早期対応に関する東京会議」にはアジアを中心に21カ国から実務レベルの専門家が参加した。新聞に詳しく報道記事がある。
高病原性の鳥インフルエンザ「H5N1型」の人への感染が、じわじわと広がっていることが報告された。
 ウイルスは、人から人へ感染するものに変異し、新型インフルエンザとして猛威をふるう可能性がある。
専門家の多くが、「秒読みに入った」と警鐘を鳴らしている。
世界保健機関(WHO)が10日までに確認した「H5N1型」の感染者数は6カ国147人に上る。
そのうち半数の78人が死亡している。
たかが風邪で驚異的な死亡率。
コリャ〜怖い。
人への感染の広がりは、人から人へと容易に感染する「新型インフルエンザウイルス」出現の可能性の高まりを示す。現状は予断を許さない。
議題は「早期封じ込め」対策で、各国が早期対応マニュアルを作ることや、重要事項決定のための世界的タスクフォース(対策本部)を設立することなどで合意した。
コリャ〜ことだ。
昨年6月に茨城県で発生した弱毒型の鳥インフルエンザ(H5N2)が、いまだに制圧されない。
人の健康被害はないが、養鶏業者らが77人も感染したと見られている。
どうにも隠されてる嫌いがある。
 違法な闇ワクチンを鶏に打った疑いが指摘されている上に、一部の養鶏業者が感染を調べる鶏の検体をすり替えていたことも判明した。このようなことで、強毒性ウイルスが襲来した時、適切に対処できるのか。
行政と業界の総点検が必要だ。
これでは国民は協力できない。
 ブログでも風邪の悩みを見受ける。
ただ同じウイルスでもパソコンウイルスは命まではとらない。
従来型のインフルエンザも、昨冬より6週間早く流行が始まった。うがいや手洗いなどを励行し、一層の予防に努めたい。
従来型の感染者が少なければ、治療薬タミフルの備蓄も促進される
「スターアニス」をご存じの方はかなりの食通だろう。
当節料理番組ばやりでの知識をお持ちやも知れぬ。
別名は「八角(はっかく)」。
中華料理に欠かせない香辛料で、北京ダックの独特の香味の素になる。
文字通り星の形をした楽しい木の実だが、意外にも国際的な争いの種になっている。
理由は八角に含まれるシキミ酸という天然化合物にある。
抗ウイルス剤「タミフル」の合成に必要な物質なのだ。
鳥インフルエンザの流行で薬は爆発的に売れ、世界中の国々が我先にと国家備蓄に走り出した。
その裏側で、原料となる八角の確保を焦る製薬会社が、目を三角にして産地の中国内を駆け回っている。
鳥、豚、人へと複雑な感染経路をたどる恐ろしい病気の源流と、治療の鍵を握るかもしれない貴重な植物資源の在処。
絡み合う糸をほぐしてみると両端が同じ場所にあったような、不思議な気分にさせられる構図ではないか。
中国を発生源にして中国に薬アり。そこに米国が絡む。
こりゃ〜マッチ・ポンプ。
国際利権の影にブッシュあり。
グローバル経済に一括して括られる勝ち組、負け組みの経済社会の倫理観らしい。
足りない物の争奪戦は人間の性だが、人命の危機にまで銭金のにおいが漂うのは寂しい。
タミフルの製造権はスイスの製薬大手ロシュが握る。
もともと開発したのはギリアド・サイエンシズという米国の企業で、その大株主で元会長という人物が誰あろう、
ブッシュ大統領を支えるラムズフェルド国防長官だという。
株価の急上昇で資産を膨らませたと聞き、裸の北京ダックの姿が哀れに見えてきた。
それにしても・・やぁ〜怪しやなぁ〜天・地・人心
 WHOは世界的大流行に至る道筋を6段階にわける。現在は、人から人への感染がほとんどない「第3段階」と位置づけられる。早期封じ込めが特に重要となるのは、人から人への感染が増加する「第4段階」だ
 封じ込めには、新型の発生をいち早く検出し、その情報を世界で共有することが欠かせない。
ところが、鳥インフルエンザでは、感染者の発生がWHOに報告されるまでに2週間以上経過していた例が半数以上に上る。
新型インフルエンザの場合、発生から2〜3週間で対応策がとれないと早期封じ込めは難しい。
 報告が遅れる要因として、鳥インフルエンザの流行が地方の農家で起き、人々の認識が薄いことだ。
感染に気づく専門家もいない。情報隠しの恐れもある。新型出現に備え、一般の人を啓もうしたり専門知識のある人材を増やしていくことが急務だ。かつて情報隠しが問題になった中国などの情報公開も徹底したい。
なんせ隣国ゆえ空からパスポート無しでやってくる。
靖国問題で政治的な処方ができない一衣帯水の遠〜い隣国。
 封じ込めには、抗ウイルス剤や感染地域の隔離などが有効と考えられる。
その際に、人や抗ウイルス薬などの物資をどのように動員するかも課題だ。
抗ウイルス薬の確保や分配の仕方は、早めに決めておかなくてはならない。感染地域の隔離も、人権に配慮しつつ、体制を整えておく必要がある。
 日本は1億3500万ドルを新型インフルエンザ対策の支援に拠出すると表明している。
その一環として50万人分の抗ウイルス薬の備蓄支援などを行う。
この備蓄先や配分の仕方は未定で、有効な配置を急いで決める必要がある。
 ただ、抗ウイルス剤やワクチンは万能でない。
大事なのは地域の人材育成も含めたきめ細かい対策であり、そうした面でも日本はリーダーシップを発揮に期待したい。
あさの雨模様を尻目に強行着工。
太陽光発電工事である。
すると雨模様は解けパネル工事の初日はうまくいく。
私は内業で図面造りでイライラ。
どうにも良くない精神状態に栄養状態。加えて金欠状態。
おおいにこの季節を楽しみたい。
今夜はなべにデモするか。
風邪にかからぬが一番!
ハ〜〜ハッ〜クション!

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宴のあと。

2006年1月15日
今日で松の内が明けた。
さ〜あ仕事!・・が、営々と培われてきた農耕文化の大和の国であった。
幼き頃これまでの期間にお正月のお返しを配りまわった。
後は旧正月しかない。その間顔をあわすとかっこ悪いので慌てて今日までに済ましていた。親の命令だけでなく気を配ったものだ。
生き方総てがその国の文化。
勤勉で責任感ある民族で異種なる世界的な民族と見られてもいる内々の生活習慣。
かってそれは富士山,サムライ,芸者,腹切り,着物がマスコミの発達していない頃の不思議な国ジャポンであった。
現代の外国人は浅草寺参道でそのノスタルジーに浸り日本通の観光客気取りなんであろう。
底に変化が生じている。
異変は国技館に相撲みたさに外国人が来てる事でもある。
低迷を続けていた相撲界の興行収入もどうにも外資=外国人頼みのようである。
小欲大を制する!が古来の武道たる柔道、相撲にあった
裏づけに精神修養が独特の粘り強い民族性としてあった。
少子化をはじめ大きく社会正義が変わろうとしている。
皇室さえ変更を余儀なくされようとしている。
当事者たる三笠宮は集中攻撃の悪者扱い。
グローバル経済の世界標準が生活の隅々間で勝ち組・負け組みとして入り込んでいる。
巨漢の高見山に立ち向かう小さき貴乃花、
曙・武蔵丸VS若乃花貴乃花。
悪者扱いの巨漢力士に立ち向かう半分ぐらいの体重の若貴。
あの頃の感覚が日本社会の終焉でもあったやも知れない。
全力士713人中59人が外国出身で、相撲部屋54のうち3部屋以外には外国人力士を抱え持つ。
社会の変化だけで済ますと危ないこと。
だらしない情けないが常識人の分析。
ところがどうだ、
まず相撲に対する子供の世界の激変、遊びが出来ない。
負けるのがいや!
遊んでいるとアブナイ!と親が止める
子供にすればまわし姿、褌が恥かしい。
勝負に負け残念無念!がが感覚異常となり、厳しき修行についていけず、国技を捨てるが故郷を捨てることが出来ない幼児化。
かってテニスで言われていた地元抜きのウインブルドン現象。
ビッグバンだの外資がくるだので騒がれてた現象そのもの。
世界の各国にも相撲に似たものはあった。
バイロンでは5000年前のレリーフに戦いの絵さえあるぐらいだ。インドサンスクリットしかり。
だが、相撲が宗教儀式までに昇華したのは日本的なもの。
相撲たるその場が継続するのは日本だけである。
これぞ日本理解のチャンス,好機と見るべきである。
日本社会が甘い状況で相撲取りさえ生み出せない環境。
ガマンができず、故郷にかえり、親に頼る社会機構。
47年秋、輪島vs貴乃花の同時大関昇進の関脇対決。
45年九州玉の島vs大鵬の賜杯争いに小が大に勝つ。
日本の文化は奥が深い。
余分なモンをそぎ落とす能や茶道、華道はたまた香道さえもつ。
すべてに幽玄の世界さえ漂う。
新日曜美術館須田国太郎の油絵の世界を確立した黒の芸術と同じである。
信玄の愛した窪八幡に赤白黒に雨を降らせた名画。影と影が高湿潤の空気の大和の大気を表現した。
東西の絵画との融合
闇の中から見出されたもの。
そして西洋を取り入れた。
音楽の世界のオーケストラと同じである。
ことし生誕二百五十周年のモーツァルトだ
脳卒中で昏睡状態にあるイスラエルのシャロン首相(77)のベッドで、家族がモーツァルトの曲を聞かせていることが話題を呼んでいる。「やっぱりモーツァルトはストレス解消と脳の活性化にいいらしい」。
健康志向のネタは千里を走る。  
「モーツァルトを聞くと活性化するんですね」のノーベル物理学賞小柴昌俊さんのモーツァルト好きが説得力をもつ。
モーツァルトの曲を流すと、「酒づくりに効果がある」「野菜の生育にいい」との声が続く。
若者たちをオーケストラに引き寄せたのは、
漫画「のだめカンタービレ」の劇的効果だという。
「のだめ」は主人公野田恵のあだ名。「カンタービレ」は音楽用語で「歌うように」の意。
のだめは桃ヶ丘音楽大学ピアノ科の学生。楽譜を読むのは苦手でも、一度耳で聴けば完璧にその通りに弾けてしまう才能の持ち主。
雑誌に連載中の少女マンガで、楽譜を読むのが苦手なピアノ科の女子学生の破天荒な物語だ。単行本も十三巻までで五百万部も売り上げている。
一時はCDショップの棚で減らされたクラシックが戻ってきた。CD六枚組みの「クラシック・ベスト100」が六十万枚という記録的な売り上げだとか。
続いて「ピアノ100」「モーツァルト100」を含めて百万枚突破のバカ当たりらしい。
ところが近習の者から見ればいい迷惑で悪者扱い。
「世界3大悪妻」と呼ばれ評されるる女性たちさえ存在する。
それは、ソクラテス、モーツァルト、トルストイの妻ということになっている
何日か前の新聞にそのひとり、モーツァルトの妻コンスタンツェの名前があった。
作曲家の亡きあと、妻が二つに引き裂いた楽譜がロンドンの大英図書館で170年ぶりの“再会”を果たし、ひとつの楽譜に戻ったという
楽譜にはモーツァルト17歳の作品である弦楽四重奏のメヌエットなどが書き記されている。夫の没後、楽譜の断片を収集することが流行し、妻は二つに裂くことで売りに出す遺品の価値を高め
ようとしたらしい
作家の半藤一利さんは「漱石俳句探偵帖」(角川選書)の中で、ソクラテスの妻に同情を寄せている。
彫刻職人の夫が商売をそっちのけにして街で哲学を談じ、一文の稼ぎもない日々がつづけば、「ヒステリーをおこしたって、これは当然である」と
コンスタンツェの場合も子供と残された借金を抱えて貧困に苦しんだと伝えられ、楽譜切断が悪妻説を裏づけるものかどうかは分からない。ともあれ、夫の遺品を切り裂いて後味がいいはずもなく、地上のニュースにいまはどこか天の高みでほっとしていることだろう
人類の至宝のような天才作曲家にして、「夫婦仲」という組曲づくりには手を焼く。いわんや、凡才においてをや。
クサンチッペは誰の妻であったケ?。
食い散らされたグローバル経済の後の瑞穂の国の風景。
宴の後の後処理は続く。
地球の歴史とともに悠久の時間を経て作られた化石燃料が
僅200年で食いちぎられCO2で喘ぐ地球。
豪雪もCO2の影響であるのは明白である。
太陽光発電の普及でCO2から地球環境を守る。
今日も日曜日返上でパネル工事。
実にご苦労なことである。
誰でしょう!
「もったいない!」の
エネルギー問題を考慮せず生きてる人は。
地球は完全に病んでいる。

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大正ロマン

2006年1月16日
過去の日記を再掲する必要に迫られた。
都城と宮崎と工程会議を同時に迫られて対応が出来てない。
いろいろ聞かれたことにブログを見てください!と答えた故。
世界的閉塞の時代に日本だけが輝けるはずはない。「災」の一年であった。

その一切の責任は地球の為政者で征服者の責任に帰する。
自らが生み出した大量生産・大量消費の経済の負が地球環境を脅かしこの暖冬で誰しもお気づきのはずだ。

ところが世界環境会議はボイコットしたまま。
ほしい石油産出国のイラクは大儀をかなぐり捨てて侵略し支配したままである。

何が正義で何が悪なのかテロリストの冠名詞で善悪が分けられようとの乱暴な時代のメークマールがまかり通っている混沌として時代である。

わが国は守り抜いてきた理想をかなぐり捨て、わが軍をついに国外に派遣するまでになった。
しかるに来年度の国家予算は国内総生産(GDP)より累積国債総額が超過する経済政策である。

財政のほぼ半分は国債という借金である。
文化不毛の国は幻想が現実政策である。

黎明期の時代にヒントをもとめ再出発ぱつを図るしかない。

最初にわが国が輝いて時代は関東大震災までの大正時代である。
それは大正デモクラシーの波の中ではぐくまれた、

大衆の力の自覚は個人の自覚で自分で生き抜くいう点で、
明治から太平洋戦争の敗戦までの歴史の中で異彩を放っている。

政治的は浮き足立つほど輝いていた。
それは日清、日露、第一次世界大戦の勝利とそれによる国際意識の形成があった

今日の国連常任理事国復帰を前に国民には、なしのつぶてで沸かないのとは大違いである。

それはまた内面を見つめる文芸へも目が向いてきた。
人間主義を唱え新天地日向での「新しき村」を実現し県内での公演は多くの活力を与えた。

これら武者小路実篤や志賀直哉ら白樺派による楽天的な個人主義
、それに大きく影響を受けた自由主義教育運動

世界的にはレーニンらによるソビエト連邦の成立に刺激されたマルクスやエンゲルスに共産主義思想の流布といった、共産主義思想の勃興とその国家の樹立。

今の米国一極主義の無風と違った風がふいていた、
日本が大衆レベルで国際化する時代であった。

その中で花開いたのが浅草オペラであった。
大正時代の西洋音楽の大衆化に貢献した、鈴木三重吉らの
「赤い鳥」運動と、佐々紅華らを中心とした浅草オペラが喚起で迎えられた。

殊に、浅草オペラはその後のシミキンこと清水金一、や二村定一、榎本健一らに代表されるボードビル・ショーをうんだ、

昭和ジャズ、浅草オペラの手法をほぼ原型のまま踏襲している
宝塚歌劇へと発展する。
藤原義江に代表される本格的オペラ運動の原点でもある。

時代の大転換期とは不思議なもので、転換期を担う人々が、まるで神の使わせし使者のように、救世主として出現してくる。

これらの人々は、担わされた歴史的使命は露とも知らず、自由意志によって当然活動する

日本の歴史に名をとどめた人々のストーリーがそこにあることに気がつく。
遠くは義経であり、新田義貞、天草四郎、西郷隆盛らの役割である。

その意味で言えば、大正時代とは大衆が自身の力を自覚した時期でありる。

短期間で大衆が西洋文化を消化吸収し、日本的西洋文化たる和洋折衷文化を花開かせたときでもあった。

では、浅草オペラの勃興から衰退までを佐々紅華を中心に
振り返ってみよう。

作曲家佐々紅華は第3回レコード大賞受賞「君恋し」や
「祇園小唄」、プロ野球のヤクルトスワローズの応援歌にもなっている「東京音頭」の作曲者である

津島利典さんのNHKラジオ深夜便で
「東京歌劇座」の80年ぶりの復活の話を聞いた。

清島監督は正義・情熱の人で観客動員ができない映画を作る。
その点わが宮崎の黒木監督に通づるところがある。

義父・佐々紅華も戦争時期ただの一曲も曲を作らず、秩父の山奥・埼玉県寄居町に疎開永住の地として昭和7年に、池袋から2時間の現在の枕流荘[京亭]を建てすごした反骨の人
DNAは引き継がれる。

歴史を記念して東宝争議決着から50周年にしてドキュメント映画を完成させた。

「闘ふ映画人の記録−来なかったのは軍艦だけ」
そのいきさつをまとめたドキュメンタリー映画

東宝争議は戦後の労働争議を性格付けた
電産闘争、そして政治のあり方の中道路線

わが宮崎では旭化成の紛争で政治的に異風を生んだ
宮崎と名古屋を中心とする一大政治勢力である。

今日の後進県たる生活基盤未整備の道路鉄道の燦燦たる状況はひとえにこの政治に帰する。

インフラの未整備との詭弁で政治家は誤魔化す。
特にこのことが宮崎の今日の姿。

東宝争議が昭和23年8月19日に“決着”してから56年を迎える、

 映画は、俳優の故花沢徳衛さんら当時の組合員や遺族へ足かけ三年にわたり行われたインタビューが中心。
誰かさんの映画手法ににてません?

現存する唯一のニュースフィルム(約十分間)や関係者から提供された写真などを挿入して、撮影所の中から見た「8月19日」を再現した96分の作品。

清島利典監督は「映像集めには苦労した。
あの時代の映画人が『暴力では文化は破壊されない』と戦車の前に立ちはだかろうとした理由を、今の若い映画人に知ってもらいたい」と話している。

飛鳥田一雄横浜市長の米軍戦車前にすわりこんだ政治家を彷彿させる。飛鳥田は明治大映画部で後輩の川島雄三に大きな影響を与えた。

江戸文化たる落語を題材にした居残り左平次の映像化「幕末太陽伝」
都会派監督川島の面目躍如たるものがある娯楽名作

フランキー堺は役者の能力の全てを開花させた

「地獄も極楽もあるもんけえー、
     おいら、まだまだ生きるんでエー!」      
墓標の「花に嵐のたとえもあるぞ、
     サヨナラだけが人生だ」
は青森の先輩太宰をも意識してのことか。

元に戻そう。浅草オペラ華ひらく大正浪漫のことである。
田谷力三、清水金一、原信子、藤原義江等々、浅草オペラ人気歌手の1920年から1938年は録音でとして残っている。

田谷力三、の回顧にある
唾かかるほど密接な距離でのカルメン

浅草オペラと言えばあれもそうか!と多くのアレンジである。
リズムはマーチもあり実に愉快になる。

コロッケの歌のコミック調とてもオペラではないが和む。
暮らしとともに創る文化は心のよりどころとなる

外国・レシピ・コロッケ・村長さん・大工一世を風靡したはずだ
ビゼーのカルメンの悲劇の結末を下町に置き換える機転のよさ。

1917(大正6)年 伊庭孝率いる歌舞劇協会が浅草六区常盤座で彼の作になる「女軍出征」を初演、この成功から、いわゆる浅草オペラの時代が幕開けた

それから1923年大正12年 9月1日の関東大震災までの約6年半が、大正大衆文化の象徴とも言うべき浅草オペラの時代

私のカラオケの十八番はこのころの曲ばかり。堀内敬三には感謝
「君恋し」、「青空」、「アラビアの唄」「乾杯の歌」
ナレーションもいります。歌うは長州の人亡き、二村定一、
、浅草オペラからエノケンの音楽喜劇・コミックソングへ、
そしてNHK軽音楽三木鶏郎(トリロー)へと連なる。
アラビヤの歌
訳詞 堀内敬三・作曲 FRED FISHER
砂漠に陽が落ちて 夜となるころ 恋人よなつかしい 歌を歌おうよ
あのさびしい調べに 今日も涙流そう
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理想都市

2006年1月16日
宮崎の13時の会議にでないでいたら、南の現場の施工法が又
元に戻っている。
堂々巡りで前にすすまづ小田原評定で、怒髪天をつく怒りの内心である。
ところが、怒ってるのは私でなくお客さんのほうでこれではやってはおれない。
仕事に賭ける情熱!辛らつなる場面がある限り、ここには姉歯問題は存在せづ、フイィザーなど無縁である。
北の現場は会議であったが○○さんに託して私は都城の現場の打ち合わせ。
どうにも多忙すぎる。まだまだ分業がいる。
合間に資金繰りの件で多くの方に依頼。
有り難きスタッフ陣。
お話の中で過去の記述をそのまま再掲した
都城市は,昭和48年に市の木にケヤキを指定している。
市役所近辺には冬の景色を示す見事なケヤキ林の道路沿いである。
化石燃料社会に起因するCO2排出が地球環境を病ませ豪雪台風の異常気象を生んでいるが
このような環境が作られてるのは流石に明治維新を成し遂げたところ。
もちろん市庁舎にも太陽光発電は設置してある。
市長は全国一若い人がご在位なさっている。
古きと先人の知恵と新しき思考方法。未来に残す地球環境そして人造り。
美術館には日本に誇る地元出身の日本画家・山内多門の収集品。ここはいい。
地場産業に、加工品が多く国の生産量の90%を占める大弓や木刀,民芸調の都城家具など伝統的な職人工芸が有名なハズである。
協議の現場はそのところの学校。再掲する事情が起こった。
学校創立は1778 安永 7年 稽古所に由来する伝統あるもの。
体育館には,「香飛翰院(こうひかんいん)」という額がかかげてある。社会人でさえ解せないのが掲げてあるのがすごいものだ。「ここは学問の香り漂うところ」という意味だそうだ。
玄関には明道館学制三章というものがある。
今から200年ぐらい前に,そのころの校長坂元正衡が決めたきまりだそうだ。
これが又凄い!
学校以明人倫為本若悖倫理者不許入此門
(学校は,人倫を明らかにするを以て本と為す。若し,倫理にもとる者はこの門に入るを許さず。)
学校以礼儀為先若蔑礼儀者不許登此堂
(学校は,礼儀を以て先と為す。若し,礼儀をあなどる者は,この堂に登ることを許さず。)
学業以躬行為主若徒言無行者不許臨此席
(学業は,躬行を以て主と為す。若し,徒に言いて行う無き者は,この席に臨むを許さず。)
 この教えは,今でもうけつがれていて,校風は
「人倫」「礼儀」「躬行(きゅうこう)」となっている。
ここ実は「小学校」なんであります。
ヒェ〜驚いた。
地域的にも環境が違う。
正門前の通りは「鷹部屋筋」と書いて、「たかべやんすっ」と呼ぶ。
これは鷹(たか)部屋のある筋ということを都城の方言で言っているのだ。
 都之城城主・北郷讃岐守忠能が飼っていたタカを訓練する人やえさをあたえる人など、タカを養う人たちがその辺りにたくさん住んでいたといわれている。
 タカは政治をしている人の「権力のあかし」。
 忠能はタカを島津のとの様へのおくり物にしたり、タカ狩を好んだ。また幕府や将軍にタカをおくっていたという。
武家社会を確立した源頼朝の社会階級は1192〜1867まで695年の長き封建制社会が続いた。
富士の裾野の鷹狩りは三大敵討ちでも知られてるが頼朝の鷹狩り好きの証左でもある。
島津はこの頼朝の落とし多ね出あることは歴史通は周知のお話。
よって代々島津にも鷹好きが尾家に受け継がれたのやも知れない。
 すぐ横にこの「たかべやんすっ」が通っているのは、学校を中心に領主館が建てられていたゆえである。
学校の南側道路をへだてた八幡町の小高い丘の上に「旭丘(ひのお)神社」がある。
 この神社は何回か名前が変わっている。
約四百年前までは「上野別府天神」。また歴史の本に「氷室(ひむろ)天神」とも書かれている。
 明治六年ごろには近くの三神社といっしょになり、現在の旭丘神社と社名がさだまる。
 戦争が始まると「ぐんじんさあ(軍神様)」と呼ぶ。戦争に行く人は必ずお参りをした。
 この神社には学問の神様菅原道真公も祭ってある。よってこの神様は、厄よけの神様でもある。
 功雄霊神(こうゆうれいしん)という神様もまってある。この神様は京都からお連れした「じ」の神様。
 昔、じの悪い岡田孫右ヱ門という人あり。
その人は、「私は、このじのために死す。神は後世の人々のために、このじにかかった者を救え」と言って亡くなったそうだ。
 その後、その人の友達が「じ」で苦しんだけれど、功雄霊神にお祈りしたらなおったという。
 都島町の都島公園は昔、陸軍墓地。
泣く子も黙る勇猛果敢な都城二十三連隊を鎮魂するところ。す。都島公園のおくの方に、その墓がある。
 都城二十三連隊は、もともと熊本県の陸軍部隊でしたが、一九二五(大正十四)年に都城に引っこしてきたもの。
軍馬のはかもあり、馬頭観音もご在位。
明治維新を成し遂げた経済力を持った島津藩の一部をなして歴史溢れる町である。
この学校出新の方の力作新聞でも紹介された。
都城市出身のトイレ壁画デザイナー松永はつ子さんが同市天神町一号街区公園の公衆トイレに制作した壁画を、光村図書(東京都)が中学3年「道徳」教科書に写真付きで掲載した。
今年春から全国の中学校で使用される。
 松永さんは、以前から同社発行の道徳教科書に
「公衆トイレの行方」と題した文章を執筆している。
改訂版では松村さんが執筆した文に加えて、淡い空色を基調に木々の間を鳥が飛ぶ構図のトイレ壁画と、制作中の松永さんを写した写真二枚が採用された。
 掲載面は見開き二ページ。
文で松永さんは「なぜ公衆トイレは汚されるのだろうか」と問い掛け、
「公衆トイレに都市のすべてが凝縮されているといっても過言ではない。公衆トイレを街から失わないためにはどうしたらよいか、みんなで知恵を出し合い考えていきたい」と訴えている。
 松永さんはこの明道小を卒業、姫城中1年の時に神奈川県へ転出。
大学卒業後、デザイナーになり、1974(昭和49)年から米国のニューヨーク水族館やJR横浜駅など国内外のトイレに壁画を描き続けている
生命の誕生たるに一番近い環境作りの市ゆえに子供の魂を持続されてると考察する私は単なる空想家であろか。
環境が人を作る。
明治維新を成し遂げた国はこの国を守り抜く環境との調和、人つくり。明治大正の息吹が息づいている。
太陽光発電は生活の垢を少なくする地球に優しい生きる規範でもある。
夜23時30分過ぎまだ携帯で打ち合わせをやっている。

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11年前

2006年1月17日
11年前の地獄の記憶がマスコミに踊っている。
その影で伝えられないもっと悲劇のにおいがする問題が迫っている。
2月になると未完成の技術の「プルサーマル」計画が始動する。
 日本原燃が青森県六ヶ所村で再処理工場の試験運転を開始しようとしているのだ。
原子力発電所の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す工程が動き出すのを前に、各電力業界がプルトニウム利用計画を公表した。
 計画は、政府の原子力委員会が策定を求めていた。
プルトニウムの具体的な使途を明確にし、核疑惑を招かないようにするのが、計画の狙いだ。
青森県なども試験運転入りの前提としていた。
 計画によると、取り出されたプルトニウムで新たな核燃料を作り、通常の原子力発電所で燃やす。「プルサーマル」と呼ばれる方式だ。これにより、2012年度以降、国内の原子炉16〜18基で年間5・5〜6・5トンを消費するとなっている。
新聞によるとこうである。
 本操業に入ると、プルトニウム回収量は年間4トン強。
 日本の電力業界は、使用済み核燃料の再処理を委託してきた英仏の再処理工場などに26トン弱のプルトニウムを保有している。
九州電力の玄海3号機は、実施に向け最短距離にあると見られている
全体が計画通りにプルサーマルが進めば、これを消費できるという無責任なバラ色の御伽噺。
 問題は山済みしている。
原子力発電所が立地する自治体の理解は殆んどのところで順調に進んでいない。
利用計画にも、安全性に対する不安などでが理由で、さっそく反対の声が出ている。
 とりわけ、東京電力の原子力発電所がある福島、新潟両県の反発は強い。このため、利用計画を出した電力11社のうち東電だけは、どの原子炉でプルサーマルを実施する方針か明記できなかった。
 原子力委員会は、計画の公表を受けて月内に、実現に向けた取り組みは十分かどうか評価をまとめる。
現在我が国には52基の商業用原子炉が操業中であり、総発電設備容量として4574.2万kW。
2001年度の実績では、発電電力量は約3,200億kWhに達し、国内総発電電力量約9,240億kWhの約34.6%。
世界の総発電量に占める原子力発電の割合は
、2001年の実績で約16%。
原子力発電の割合の高い国としては、
フランスの約77%、
ベルギーの約58%、
ウクライナの約46%、
スウェーデンの42%、
韓国の39%等があり、日本は13位。
2003年度では、原子力発電の比率が25.7%、天然ガスが27.9%、石炭が24.0%、水力が11.2%、石油等は10.4%。
平成15(2003)年3月に資源エネルギー庁が取りまとめた
「平成15年度電力供給計画」によれば、
需用電力量は、
2007年度に8808億kWh、
2012年度に9463億kWhを見込み、
2001年度から2012年度までの年平均増加率は135%になるとして、この需要を満たす供給力を確保する計画を策定している。
供給力は、今後10年間の電源の開発及び供給力の適切な調達により、2012年度には2億1573万kWの供給力を確保する計画となっている。
これは当該年度の
最大需要電力1億9412万kWに対して、11.1%の供給予備率を有しており、安定供給が確保できる計画となっている。
 1998年末時点で運転中の原発は429基(合計出力は3億6469万7000キロワット)。
日本は53基(合計出力は4524万8000キロワット)で、アメリカ(107基)、フランス(56基)に次ぐ世界第3位の「原発依存大国」。
、2010年度までの発電量比率目標を、原発45%、火力42%に置いている。
 「原発はコストの面で高くつくし、今後のコスト競争力もない」という判断で、98年アメリカやオランダが、それぞれ2基と1基閉鎖、カナダでも5基が運転を休止。
国民投票で原発の全廃を決めているスウェーデンでは99年から稼働中の原発を運転停止、閉鎖する作業が開始されるなど、今後の原発計画を見直しに入っている時代に、これまでの日本では、「見直し」という基本姿勢は殆どなく、近年は東京電力柏崎刈羽原発7号機(新潟県)と九州電力玄海原発4号機(佐賀県)の2基を増設して稼働させた他、原発の新規着工も、青森県東通村や大間町で次々に行なわれはじめた。
そして高リスクなプルサーマル計画(プルトニウム混合燃料の利用)や、失敗続きの「高速増殖炉計画」などを推し進めようとしている。
温暖化防止京都会議で決まった温室効果ガス6%削減の達成に向けて「温暖化の原因となる二酸化炭素の排出が少ない原発の増設」を対策の柱に挙げながら、「原発は、二酸化炭素の排出が少ないものの、最も危険な放射性物質と放射能を排出している」ことの認識がないままに、2010年までに原発発電量を1997年比で1・5倍以上にすることを決めるという認識錯誤、判断不良の中にある。
 特に滑稽なのは、耐用年数は長くて30年とされていた原発を1基60年の長期運転を容認することを決めた。
、これは単なる表向きの方針で、真の目的は、運転開始から30年近くがたつ福島第一原発1号機(東京電力)、美浜原発1号機(関西電力)、敦賀原発1号機(日本原子力発電)への「廃炉回避対策」で、寿命のきた原発をさらに「とりあえず10年間、稼働させようよ」というもの。
 それは、新規立地や増設が反対運動などで困難、廃炉にする場合の費用や安全対策は極めてコスト高という側面も踏まえた上での判断。
既存の原発が今後どんどん老朽化して寿命を迎えるという状況への対応策として、「とりあえず」の泥縄策で老朽化原発の延命を決め、危険な60年稼働への道を選択した。
 現在の施設の中で、将来にわたって最も危険性の高い原発および核燃料サイクル施設は、閉鎖後も放射性廃棄物の半永久的な保管管理が、高度な技術と膨大な経費と共に必要で、原発の数が増えれば増えるだけ放射能汚染という厄介な問題を抱えて、核のゴミと一緒にわれわれは、これからさらに深刻さを抱え込んで存在し続けていくことになる。
のどもと過ぎればである。11年前の神戸何処ではないことだ。
1999年9月30日午前10時半ごろ、茨城県東海村で住友金属鉱業100%出資の子会社である核燃料製造メーカー「JCO東海事業所(旧社名、日本核燃料コンバーション)」のウラン加工施設で「国内原子力史上最悪の臨界事故」が起きた。
施設のすぐ近くでは、放射線量が通常の約4000〜1万5000倍に達し、半径350メートルの周辺世帯には避難勧告が出された他、半径10キロの範囲で屋内待機が要請され、混乱した。
 安全神話が完全に崩れ去った今、推進・反対・慎重という「派」を問わず、原発の推進には慎重な意見を示す動きが主流になり始めた。
、電力各社の計画があっても、10年度までに運転開始を予定している原発が動く保証はない。
自然エネルギー導入の目標値自体が低すぎる。
10年の目標値が日本は1・35%、一方EUは22%である。
中国はFITを導入して10年までに6000万kW(原発60基分)の発電を自然エネルギーで行うとしている。
日本は石油産出量ゼロのでありながら、自然エネルギーへの取り組みがあまりにも遅れている。
震災に当たって考えねばならぬのはエネルギーのことではないのか。
 
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職人魂

2006年1月18日
携帯のバッテリーはきょうも途中充電するはめ。
1200kgと650kgの荷おろしで急遽手配。
雨で工程の遅れが心配される。
相もかわらづの十分なる時間がない。
本当に時間がないのであろうか。
設計士の先生の事務所で4時間以上の協議。
参加者は3名。ゆえにみっちりと討議して耐震、強度計算の仕事を依頼した。
太陽光発電を施工するに当たり強度が足りうるや否やの構造計算の仕事の依頼である。
ここには言われている姉歯問題の気配は微塵もない。
かの事件は実にいい迷惑である。
職人の世界に誤魔化しはない。
先鋒の言われる料金も納得できる。工期もそうである。
いい仕事をするには料金と日程が十分にあることだ。
出費は痛いが目に見えぬところにお金を賭けるのは江戸っ子の粋である。
武士は食わねどを矜持しているが実は辛い経営である。
見直しの中で外国人の視点での美が評価されたのは侘び寂びの粋、京都の桂離宮。
世界的なドイツ人建築家ブルーノ・タウトがその美を世界に紹介した。
ナチスが政権を握りつつあったドイツを避け夫妻で来日。
滞在は三年半と短かったが、日本の文化と風土をこよなく愛したという。
筆もよく著書を残した。『ニッポン』『日本文化私観』『日本美の再発見』は今でも建築学日本人論のバイブル。
タウトの手になる建築物は相模湾を眼下に見おろす眺望抜群の急傾斜地の(旧日向別邸〉ブルーノ・タウト「熱海の家」である。
建築主はアジア貿易で活躍した実業家の日向利兵衛。
今は熱海市が管理している。
そのタウトにも師匠がいた。
小堀遠州その人である。
小堀(1579〜1674)は江戸時代初期の武人で幕府の普請奉行、茶道、建築、造園、陶芸など万般に通じた芸術家その人である。
江戸城、御所などを設計したが晩年、六十五歳で桂離宮の造営奉行を命じられた。
 小堀はこのとき次の三つの条件を出し、認められて引き受けている。
 一、中言助言一切ご無用のこと。
 一、諸掛り費用一切お関い無きこと。
 一、日限期日一切お定め無きこと。
第一に干渉するな、第二に経費を限るな、第三に期限を切るな。
この三カ条は遠州生涯の信条であり、理想だったという。
熱海の離れを設計するにあたり、タウトは同じ条件を出した。
日向利兵衛はこれを受け入れた
構造的な元請優先の主客転倒の現代とは大違い。
なんとも醜悪なご時世である。
ホリエモンはお金で人も買えると豪語した。
株式分割の錬金術で実態を超える虚勢で世の中に挑み勝ち組み。
神を恐れぬ思考方法はしっぺ返しが怖い。暗転。負け組み
姉歯問題を私共は笑えない。
同じ苦境に常にたたされている。
元請の干渉を受け入れ、費用削減、期間短縮のために、設計書を偽造したことが理解できないでもない。下請けの生きる術。
、一人のドイツ人建築家に日本人がひかれたのは、才能のすばらしさだけでなく清潔感や几帳面さにある。
武士道にもとずく庶民の日常生活そのものの再発見であった。
小泉政治のグローバル社会とか市場経済の政策が生み出してる
金が総ての勝ち組負け組みの品位のない現代社会とは無縁である。
国民の二極分化が進む我が国は、まだまだつらい改革が待っている
新たなる地方からの収奪体制である。
これ以上地方から何を盗み出さん!
競争や自助努力が求められる厳しい時代だからこそ、一方で必要なのは弱者や敗者、立場の違う相手を思いやる精神ではないか。
太陽光発電所の建設は実に手間隙かかる厄介なものである。
利益はでらず、やってはおれない・・・
でもやっってみせる。
地球環境からして立ち止まってる暇はない。

最後までのお付き合い有難うございます。
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深夜の3時過ぎまでの議論にはさすがにどうにも迷惑。
私には明日の携帯電源があがるほどの仕事とこのブログを書き始める24時が待ち遠しいのである。
さて20歳の若者3人は光輝いてるが磨かならざれば光をなさずの原石。
太陽光発電の必要性から解き明かすので時間がかかる。
お勉強会であった。
太陽光発電は万能ではない。
数十億年かけ作られた化石燃料には負ける。
太陽光発電で日本の総電力消費をまかなうためには四国の二分の一から四分の三の面積の太陽電池が必要という。
足元から見つめることから始まる。
九州=約42,000平方キロ
四国=約18,000平方キロ
宮崎の面積:7,734km2
森林   76.29% 5,894km2
農用地   9.3%   717km2  
北海道=約78,000平方キロ

太陽電池は太陽の光をエネルギーに変換する効率が低いため、
相当量のパネルが必要となる。
太陽電池を今後の新エネルギーと位置付けるならば、資源寿命が豊かであること、環境へのインパクトが少ないことの理解者を
どう増やすかである。弁証法で言う量の質への転化である。
ところで愛する地球の起源は,生命とは・・、
 現在、地球上で発見されている最古の岩石は、グリーンランドのイスア地方のもので、約38億年前のもの。
しかし、この岩石は、堆積岩の変成したものであった。
つまり、もともとあった岩石が浸食され堆積してできたものであった。ということは、それ以前に大地すなわち地球は、すでに存在していたということである。
したがって、地球の岩石から地球の年齢を直接測定することができない状況である。
 そこで、地球の年齢は、隕石の年齢から推定されている。
 隕石は太陽系起源の物質であり、各種の隕石の年齢は45.5億年付近に収束する。
アポロ計画により月面から持ち帰った最古の岩石も約46億年前のものであった。
 隕石の年齢と地球の年齢が近いものであることは、次より説明されている。

 ヨウ素129は放射壊変してキセノン129というガスになる。その半減期は1700万年である。
太陽系はガス雲から固体となっていったと考えられているのが、この過程に長い時間がかかると、キセノン129はこの固体に取り込まれないだろう。
しかし、隕石にも地球にもキセノン129は存在する。したがって、1億年くらいの幅(キセノン129の半減期の数倍)で、隕石も地球も誕生したと考えられる。
 これらのことから、地球の誕生は約46億年前と考えられている。

ウラン鉱山から採掘した天然ウランは、濃縮過程の中で、まず核兵器や原子力発電用の燃料となる
ウラン235(U235)と、低レベル放射性廃棄物となるウラン(U238)に分離される。
高レベル放射性同位元素のU235は、全体の1%で残りは殆どがU238。 
この大量に生み出されるこの金属物質を『劣化ウラン』と呼ぶ。
劣化ウラン弾というのは、決して核兵器を意図したものでは、ないといえる。
ウランと云うだけで私たちは核アレルギーになるが、天然ウランの99%は放射能のないただの金属。
核燃料となる放射性のウラン235は約1%にすぎない。
劣化ウラン鉱山などからウランを掘り尽し、廃坑にするという意味なのです。
しかし、しかし、完璧に分離できないのでウラン238にも極微量の放射性ウランが残る。1000分の1%位とか。
だから劣化ウランで作った金属そのものは危険でありません。
しかし・・・・・・・
その特性 劣化ウランは鉄の約2.5倍、鉛の約1.7倍の比重がある。
重さの代名詞は鉛、劣化ウランは、その鉛より2倍の密度がありコップ一杯の水(200g)と同じ容量とすると約4kg。
コップ一杯のチュ杯が4kgとは想像できます?。
このように容積が小さく密度が大きいのはコンパクトに利用できる利点がある。
つまり潜水服の錘には便利かなぁ・・。
用途は平和利用なら このように少量で重量があるので、飛行機のおもり部品など重量の必要な部分に利用価値はある。
ですからメッキもはげずに原型を止めている限り特に危険もなく有効な資源である。
一時PCBが絶縁体として20世紀最大の発明品といわれ、一転有害物質の元凶となったようなもの。
平和的に利用されている限り問題はない、
「オットどっこい」世の中平和的利用ばかり考える人ばかりでは、無い。困ったことです。
弾頭芯への利用 米軍部は、この特性を戦車を破壊する砲弾へ使うことを考えた。
この金属を砲弾の弾芯に利用すると強い運動エネルギーが得られ、頑丈な戦車でも貫通する。
戦車内部を跳ね回り兵士や電子機器類を破壊する。
しかも、貫通時の衝撃で高熱を発して燃焼し、戦車内の兵士を殺してしまう。
以前は、タングステンを使っていた。しかし、コストがかかる。
『劣化ウラン』なら10分の1くらいの価格ですから安い。
コストダウンを図ったのです。
廃棄物の有効利用です。
人体への影響 120ミリ砲の場合、劣化ウランの貫通体の重量は約4700グラム、30ミリ砲で約300グラム。
衝撃による燃焼(1200度で発火する)で、このうち70%〜20%が酸化ウランの微粒子となって大気中に飛散します。
厳重に密閉して永久保管すべき核のゴミを、景気良くばら撒くのですから結果は云わずともです。
いったん酸化ウランの微粒子を体内に吸い込むと肺などにたまり、放射線のつよい化学毒性により癌など健康障害を起こすと言われています。
後遺症 湾岸戦争後、帰還兵やその子供に奇病が発生していますが、これが劣化ウランの後遺症でした。
サマア帰りの自衛隊員に奇形児がなければいいと祈るのみです。

【資源】
 人類は地球の資源を大量に消費している。以下は年間の消費量。
  鉄        6億9500万トン
  アルミニウム     2181万トン
  銅      1364万1000トン
  銀             1万5200トン
  金               2250トン
  白金               146トン 
  石炭      22億1,200万トン(残余年数220年)
  石油      35億1,100万トン(残余年数42年)
  天然ガス    22億3,300万トン(残余年数63年弱)

【食料輸入】
 日本は食物の多くを海外に頼っている。
輸送の際、二酸化炭素の排出により環境負荷をかけている
もし1年間に日本が輸入している農作物と畜産物を全て国内で生産するとすると、640億立方メートルの水が必要になります
。これは日本の年間総水資源使用量877億立方メートルの2/3程度になります。
 以下は食料をつくるのに必要な水の量です。
  米1kg       水3600l  大豆1kg       2500l
  小麦1kg       2000l  トウモロコシ1kg   1900l
  牛肉1kg      20700l  豚肉1kg       5900l
  鶏肉1kg       4500l

【日本の海外依存度】
 ・食料60%
 ・エネルギー資源80%
 ・木材50%
 ・アルミニウム鉱石99%
 ・銅鉱の99%
 ・希少金属のほとんど

最後までのお付き合い有難うございます。
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