どこに行くこの国
2005年9月26日施政方針演説を聞いた。
らしくない原稿棒読み。矜持して来た政治信念を貫く郵政に賭けるその執念やよし。
前方に陣取る拍手の仕方は流石にオリコウさんよくできました。
これらの面々が国の行く末を掌る。
26さいのセンセイをはじめとする小泉チルドレン さらには落下傘のマドンナたちよ、はしゃがないで地味な仕事をしてくれただそう祈るのみ他の国々さえ見てるではないか。
アジアの盟主たらん国の最高権力機関である。
所信表明は相変わらずの郵政に費やされ、改憲さえできるのに拍子抜け。
ここんとこ、くどいが再度触れたい。数字とも毎日新聞からである。
中曽根に継ぐ自民党議員数課題も官業の民営化。
だが、手順と名分が違っている。
中曽根は国鉄改革の準備を整えたところで民意を問い、圧勝を受けて一気に法案を成立させた。
小泉は法案が否決されたあとに「国会の判断は間違っている」 と民意に救いを求めたのである。
この違いがなぜ重大かと言えば、日本は国民の直接選挙で選ぶ大統領制ではなく、
国会で首相を選ぶ議院内閣制だからである。
にもかかわらず、国会の決定を解散で覆そうとするのは、解散権の乱用である。
首相がいつ大統領になったのか。
あの右翼の隗・大勲位の中曽根にシテいわく、「小泉君は権力の魔性にとりつかれている」 と批評した。
ところが当の本人はどこ吹く風そのことにまったく気づこうともしていない。
権力の麻薬的というのはもともとそうしたものなのだろう。
中曽根と同世代の宮沢喜一元首相も
「いままでの首相ならこんな解散はやらない。やってはいけない」(9月11日、TBS系テレビ番組『時事放談』)と警鐘を発した。
ところが、北海道の武部の無教養の田舎モンは、
「あの方たち(中曽根さんら)の考えもわからないではないが、それは古い自民党時代の発想だ。小泉さんは永田町の論理でなく、民意中心の新しい政治に切り替えようとしているのだから……」 と言う。
しかし、新旧とか永田町の次元ではなく、日本の政治制度の根幹にかかわることだが、圧勝の威力の前に、自民党は小泉順応的な空気になりつつある。
刺客を送られた無所属13のうち12が首班指名に小泉を書いた。実に危なっかしい。
政治信念はないのか。
政治の職人だろう!
刺客に勝った誇りを貫け!
くる翼賛政治にどう立ち向かうのか。戦前の斉藤演説でも国会図書館で読んでみろ!
それにもまして、多数の大衆が小泉支持の態度を示した裏には何があるのか。
中曽根の『自省録』から
相対的に安定した政治社会体制が出来上がっていたので、ある意味で国民自体が「粘土」のような存在だった。
ところが、90年代になって、世界全体が「散乱の時代」に入り、日本国民もおのれのアイデンティティを探して、自己主張を持つようになった。
かくして、国民は「粘土」から「砂」に変わった。 自民党も金属疲労を起こしていた。
小泉君は「自民党をぶっ壊す」といううまい表現で、その砂に乗っかる戦略を成功させたのです〉
砂はさらさらと移ろいやすい。今回も、
「純ちゃーん……」
という声援が全国あちこちで起こり、砂嵐が舞った。
ニヒルな大砂塵の映画のシーンである。
民主党の岡田克也より、小泉は散乱しやすい砂をまとめてすくいとる術がはるかに優れていたのだ。
しかも、制度が味方した。全国3〇〇の小選挙区を見ると
、自民の得票数は3251万票、
民主 2480万票の1,3倍でしかない。
ところが、獲得議席は自民が219で民主52のなんと四倍強だ。
投票者総数は、約6800万人。
得票率は、与党が約52%、野党が48%
議席数は、与党が 71%、 野党が29%
与党 327議席 野党が134議席。
これが小選挙区制である。
小選挙区制が民意を正確に表していないことを参議院の中曽根議員たちの豹変者たちは総理ともどもわかっていない。
なにかの拍子に流砂の向きが少しでも変われば、勝者と敗者が入れ替わる。大勝の自民党におごっている暇はない。
「自民党はですね、あまり非情な政治をやってもらいたくない。民主党は自民党とどこが違うんですかと、そこをはっきりしてもらいたい。公明党には福祉と平和の立党の精神をいつまでも守ってもらいたい。」きしくも国会開催の日に逝った後藤田正義の遺言である。
権力闘争は最終になるだろうか。そうはいかない。
田中角栄6奉行は幹事長のときに初当選した6人の愛弟子たち、小沢一郎、羽田孜、渡部恒三らは小泉自民党と向かい合う民主党に身を寄せている。
橋本龍太郎、小渕恵三の子息子女は自民党の片隅に健在だ。
竹下登のみ鬼籍だがいつ角栄一門再興のノロシがあがるかわからない。
キナ臭さは自らが生み出したからである。
やれ戦国時代だ、やれ信長だ、そしてマスコミも刺客の言葉を使い好んで言いつのるものだから、そんな想像をたくましくしてしまう、、
「育ての親である福田赳夫の怨みを晴らそうとしている。すごい思い入れだ。しかし、ここまでやると怨念を返す、意趣返しが起きるんじゃないか」と危惧する側近。?チャンネルから
とにかく、いろいろとやりすぎた。
執念の郵政民営化法案が国会で廃案になると、衆院解散で切り返し、
「国会の判断が正しいか、国民の判断が正しいか、私は聞いてみたい」
と耳に心地よいことをテレビの政見放送でも繰り返す。
この強攻策が世間はえらく気に入った、
もともと国会の判断は、正しいかどうかではなく、国民が選んだ国会による最終決定なのである。国会か国民か、という問題設定がおかしい。
基本を踏み外すことは許されない。
長年、田中と二人三脚で苦楽をともにしてきた〈越山会の女王〉の佐藤昭子
〈田中角栄。今、在りせば〉の雑誌連載(『経済界』9月20日号)での記述。
〈今回の小泉さんのやり方には本当に疑問を感じる。民主主義とはプロセスであり手法である。この原則は、一法案の成否などよりはるかに優先、尊重されるべきものだ。
わが国は代議制民主主義をとっている。国民が直接に小泉首相を選んだのではない。国民が選んだ国会議員が小泉首相を選んだのである。独りよがりの解散は国民を愚弄するものだ。
郵政民営化法案は国民の代表によって否決されたのである。本来なら、次の国会で出直すか、総辞職するかしかなかったはずだ〉この当然の筋論を、野党や識者がなぜ主張しないのか、不思議だ。社民党・又一征治何をしてるお前しかいない。
佐藤さんはさらに言っている。
〈田中角栄の秘書として三十三年間ともに歩んできた私からすると、小泉さんはかつての「角福戦争」の延長上に存在しているとしか思えない。
田中派閥には言論の重さがあった。
反対勢力三木派さえ容認しあるときは共産党より鋭い対立をした。その懐の大きさが政治なのである。
「『官から民へ』について、一体官が担当しなければならない境界線はどこまでだ、利潤を美徳とする民が引き受ける限度はどこだと。そこの分界線を明示しないまま、『官から民へ』は乱暴だよ」これも後藤田の言葉である。
郵政選挙への怒りと、政党政治の将来に対する憂いを遺言として残した憂国の士
「今度の選挙は歴史的な分岐点になりうるなあ。先行きに不安感が出てきて危ない」
最後のセリフは
「マスコミがあかんのよ」
NHKこそ言論の府とならねば誰がこの国を守ろう。
翼賛政治の歯止めをかけるには残された民主主義を守り抜ける機関ががんばるしかない。
翼賛政治で改憲が行われる。
国民はどうこの国を守るために立ち向かえばいいのか。
数がないゆえ英知の絞りあいで4年後に賭けるしかない。
クリック・・・ヨロシク
http://blog.with2.net/link.php?62076
らしくない原稿棒読み。矜持して来た政治信念を貫く郵政に賭けるその執念やよし。
前方に陣取る拍手の仕方は流石にオリコウさんよくできました。
これらの面々が国の行く末を掌る。
26さいのセンセイをはじめとする小泉チルドレン さらには落下傘のマドンナたちよ、はしゃがないで地味な仕事をしてくれただそう祈るのみ他の国々さえ見てるではないか。
アジアの盟主たらん国の最高権力機関である。
所信表明は相変わらずの郵政に費やされ、改憲さえできるのに拍子抜け。
ここんとこ、くどいが再度触れたい。数字とも毎日新聞からである。
中曽根に継ぐ自民党議員数課題も官業の民営化。
だが、手順と名分が違っている。
中曽根は国鉄改革の準備を整えたところで民意を問い、圧勝を受けて一気に法案を成立させた。
小泉は法案が否決されたあとに「国会の判断は間違っている」 と民意に救いを求めたのである。
この違いがなぜ重大かと言えば、日本は国民の直接選挙で選ぶ大統領制ではなく、
国会で首相を選ぶ議院内閣制だからである。
にもかかわらず、国会の決定を解散で覆そうとするのは、解散権の乱用である。
首相がいつ大統領になったのか。
あの右翼の隗・大勲位の中曽根にシテいわく、「小泉君は権力の魔性にとりつかれている」 と批評した。
ところが当の本人はどこ吹く風そのことにまったく気づこうともしていない。
権力の麻薬的というのはもともとそうしたものなのだろう。
中曽根と同世代の宮沢喜一元首相も
「いままでの首相ならこんな解散はやらない。やってはいけない」(9月11日、TBS系テレビ番組『時事放談』)と警鐘を発した。
ところが、北海道の武部の無教養の田舎モンは、
「あの方たち(中曽根さんら)の考えもわからないではないが、それは古い自民党時代の発想だ。小泉さんは永田町の論理でなく、民意中心の新しい政治に切り替えようとしているのだから……」 と言う。
しかし、新旧とか永田町の次元ではなく、日本の政治制度の根幹にかかわることだが、圧勝の威力の前に、自民党は小泉順応的な空気になりつつある。
刺客を送られた無所属13のうち12が首班指名に小泉を書いた。実に危なっかしい。
政治信念はないのか。
政治の職人だろう!
刺客に勝った誇りを貫け!
くる翼賛政治にどう立ち向かうのか。戦前の斉藤演説でも国会図書館で読んでみろ!
それにもまして、多数の大衆が小泉支持の態度を示した裏には何があるのか。
中曽根の『自省録』から
相対的に安定した政治社会体制が出来上がっていたので、ある意味で国民自体が「粘土」のような存在だった。
ところが、90年代になって、世界全体が「散乱の時代」に入り、日本国民もおのれのアイデンティティを探して、自己主張を持つようになった。
かくして、国民は「粘土」から「砂」に変わった。 自民党も金属疲労を起こしていた。
小泉君は「自民党をぶっ壊す」といううまい表現で、その砂に乗っかる戦略を成功させたのです〉
砂はさらさらと移ろいやすい。今回も、
「純ちゃーん……」
という声援が全国あちこちで起こり、砂嵐が舞った。
ニヒルな大砂塵の映画のシーンである。
民主党の岡田克也より、小泉は散乱しやすい砂をまとめてすくいとる術がはるかに優れていたのだ。
しかも、制度が味方した。全国3〇〇の小選挙区を見ると
、自民の得票数は3251万票、
民主 2480万票の1,3倍でしかない。
ところが、獲得議席は自民が219で民主52のなんと四倍強だ。
投票者総数は、約6800万人。
得票率は、与党が約52%、野党が48%
議席数は、与党が 71%、 野党が29%
与党 327議席 野党が134議席。
これが小選挙区制である。
小選挙区制が民意を正確に表していないことを参議院の中曽根議員たちの豹変者たちは総理ともどもわかっていない。
なにかの拍子に流砂の向きが少しでも変われば、勝者と敗者が入れ替わる。大勝の自民党におごっている暇はない。
「自民党はですね、あまり非情な政治をやってもらいたくない。民主党は自民党とどこが違うんですかと、そこをはっきりしてもらいたい。公明党には福祉と平和の立党の精神をいつまでも守ってもらいたい。」きしくも国会開催の日に逝った後藤田正義の遺言である。
権力闘争は最終になるだろうか。そうはいかない。
田中角栄6奉行は幹事長のときに初当選した6人の愛弟子たち、小沢一郎、羽田孜、渡部恒三らは小泉自民党と向かい合う民主党に身を寄せている。
橋本龍太郎、小渕恵三の子息子女は自民党の片隅に健在だ。
竹下登のみ鬼籍だがいつ角栄一門再興のノロシがあがるかわからない。
キナ臭さは自らが生み出したからである。
やれ戦国時代だ、やれ信長だ、そしてマスコミも刺客の言葉を使い好んで言いつのるものだから、そんな想像をたくましくしてしまう、、
「育ての親である福田赳夫の怨みを晴らそうとしている。すごい思い入れだ。しかし、ここまでやると怨念を返す、意趣返しが起きるんじゃないか」と危惧する側近。?チャンネルから
とにかく、いろいろとやりすぎた。
執念の郵政民営化法案が国会で廃案になると、衆院解散で切り返し、
「国会の判断が正しいか、国民の判断が正しいか、私は聞いてみたい」
と耳に心地よいことをテレビの政見放送でも繰り返す。
この強攻策が世間はえらく気に入った、
もともと国会の判断は、正しいかどうかではなく、国民が選んだ国会による最終決定なのである。国会か国民か、という問題設定がおかしい。
基本を踏み外すことは許されない。
長年、田中と二人三脚で苦楽をともにしてきた〈越山会の女王〉の佐藤昭子
〈田中角栄。今、在りせば〉の雑誌連載(『経済界』9月20日号)での記述。
〈今回の小泉さんのやり方には本当に疑問を感じる。民主主義とはプロセスであり手法である。この原則は、一法案の成否などよりはるかに優先、尊重されるべきものだ。
わが国は代議制民主主義をとっている。国民が直接に小泉首相を選んだのではない。国民が選んだ国会議員が小泉首相を選んだのである。独りよがりの解散は国民を愚弄するものだ。
郵政民営化法案は国民の代表によって否決されたのである。本来なら、次の国会で出直すか、総辞職するかしかなかったはずだ〉この当然の筋論を、野党や識者がなぜ主張しないのか、不思議だ。社民党・又一征治何をしてるお前しかいない。
佐藤さんはさらに言っている。
〈田中角栄の秘書として三十三年間ともに歩んできた私からすると、小泉さんはかつての「角福戦争」の延長上に存在しているとしか思えない。
田中派閥には言論の重さがあった。
反対勢力三木派さえ容認しあるときは共産党より鋭い対立をした。その懐の大きさが政治なのである。
「『官から民へ』について、一体官が担当しなければならない境界線はどこまでだ、利潤を美徳とする民が引き受ける限度はどこだと。そこの分界線を明示しないまま、『官から民へ』は乱暴だよ」これも後藤田の言葉である。
郵政選挙への怒りと、政党政治の将来に対する憂いを遺言として残した憂国の士
「今度の選挙は歴史的な分岐点になりうるなあ。先行きに不安感が出てきて危ない」
最後のセリフは
「マスコミがあかんのよ」
NHKこそ言論の府とならねば誰がこの国を守ろう。
翼賛政治の歯止めをかけるには残された民主主義を守り抜ける機関ががんばるしかない。
翼賛政治で改憲が行われる。
国民はどうこの国を守るために立ち向かえばいいのか。
数がないゆえ英知の絞りあいで4年後に賭けるしかない。
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NHKに告ぐ!
2005年9月27日今日のネットニュースでは来年4月から携帯でのNHK等テレビ視聴が3大都市で開始されるという。
技術出身の橋本元一会長であればこその海老原体制にない即決のようである。
プロデューサーの制作費着服が発端で不祥事に端を発する海老原会長の後退劇も絡み受信料の不払いは約400万件にも増えた
事態を見かねNHKが経営刷新に向け「新生プラン」を発表した。新生プランの柱は
?災害報道など公共放送らしい番組の充実、
?管理部門や設備などの見直しによる組織の縮小、
3年間で職員の1割にあたる1200人を削減
?新しい受信料制度の導入による視聴者の公平負担
滞納者には法的手続きも辞さないという3つを掲げた。
不払い契約者を少しでも減らそうという応急措置が狙いだ。
それは未契約者約960万件の問題の将来を視野に入れたものが見え隠れする。
アパデン宮崎は運営費に苦慮しておりスグにその臭いををかぐ分ける習性が身についているゆえだ
NHKのデジタル化投資は4000億円ともいわれる
放送法はテレビの設置者に受信契約を義務づけている。
受信料の不払い問題を抱える
不払い契約者に対し裁判所を通じ督促することは可能である。
しかしそれはあくまで視聴者との信頼関係に基づき徴収すべきだ。
営々と築かれてきた徴収方法の国民的信頼という他国にない日本民族の財産である。
私はいずれテレビはネットに吸収収斂されていくと思っている。
地方局たるMRTやUMKの幹部の方との会話での危機感はかなり深刻さで語られている。
環境問題の師匠からNHKさえも同じであるようにも聞いている。
電話などの通信料が値下がりし、インターネットも普及した今、NHKの受信料だけが硬直的だからだ。
BS=衛星放送の開始に伴う付加料金も事実上の値上げであった。その結果、NHKは民放各社に比べ多額の制作費を投入でき、それが無駄遣いの温床になった面が否めない。
もちろん巨大なる資金はユネスコ世界遺産を唯一手がけたし、世界民族の英知シルクロードを紹介し、アジアの中国を支えた。
だが、公共放送としてのNHKの体制にも問題がある。
災害時にインターネットや携帯電話が活躍する今、巨額の制作費がかかる大型娯楽番組に受信料を充てることにも国民は疑問を感じている。
個人に対する巨大なる影響力もそうだ。
杉田かおるが大型ドラマ巧妙が辻を降りた。いずれ干されるであろう。NHKは今や国家を凌ぐほどの権力化しつつあるのは巧妙なる操作の勝利の小泉選挙で示された通りである。これは後日触れたい。
NHKの新生プランは携帯電話料金など家計の情報支出が高まる中で、そうした不満が不祥事をきっかけに噴き出したという見方もできる。現に私も青色吐息で携帯使用料を捻出している。
あろうことか先日は1日携帯が未払いでとまった程だ。
昨日の電話営業説明でネットはADSLから光に変更する。
基本料で2520円が525円になり、距離にもよるが通話料は3分8,4円が約半額になる。
その切り替え工事費は無料である、26日師匠がたまたまお目見えになってるときにNTTの方からの電話営業で直ちに即刻切り替えに同意した。
庶民には爪の先まで切り詰めた生活実態がある。
もうパイを大きくして経営難を乗り切るという右肩上がりの田中派的日本人生活論は捨て去る時期に来ている。
師匠の言う砂上の楼閣たる石油文明に咲いたアダ花からの脱却である。
石油文明社会は将来の子々孫々にわたる地球負荷の幻想社会やに過ぎない。
たち止り考えてみれば単純なことだ。石油一滴取れない国日本がマイカー溢れる日常の異常さ。生きる基本の食は石油漬けの食生活、24時間石油にドップリつかってる日常の不可思議さ。
生活の規範たるその石油はわが国のどこにあるというのか。
エネルギー問題は生活の基本であるが1億2千万の誰がそれを考えて日常を送ってるというのか。
警鐘を発する政治勢力が必要である。
しかし職を賭してまで迫る逼迫したものではないはずである。
それでは生活を切り詰め最高学府まで自分を育てた身内を含め自分をはぐくんできた者への裏切り行為であろう。
転進は自分を納得させるための示威行為に過ぎない。
与えられた社会的ポジションを全身全霊で貫くことである。
薄っぺらな政治が続く4年間は疾風怒濤の如く日本が滅んでいく過程をとるであろう。
地球が環境問題で病み加速度的に滅んでいってる
それにあわせて豊かなる自然に育まれ情と徳を持ち合わせた世界一の高度な民族は
この4年で金と権坊術が支配する勝ち組、負け組みに好むと好まざるとにかかわらず選別が先鋭化していくであろう。
滅び行くものの最後のもがきて阿修羅の現実化を巷に見よう。
自殺者、家出者が交通事故などの死者をかなりの幅で現に上回ってる社会現象があるのがその証左である。
世界に誇る生活を送ってる社会構造の奇異な民族も大きく変化を政治の押し付けでやむ得ぬ彷徨に無変わらず得ない。
きかいを改めて触れるが前原民主党ほど日本民族を危ない方向に持っていく危険人物はこれまでの政治家にナイタイプである。
小泉より危険な指導者となろう。
彼は日本が生んだネオコンであると断言する。
では誰が営々と培われてきた住みやすき美しき日本を守り抜くのか。
どうにも師匠に対しての鎮魂歌となっていってる
この人こそ政治家になってほしい。
だが選挙は勝たねばならぬ・
どこから出そう。
19434人の市議会議員がいる(平成15年5月現在)。
その政党内訳は、
1.公明党 2204人
2.共産党 1908人
3.自民党 1859人
4.民主党 643人
5.社民党 450人
6.無所属 11938人
となっている。
公明党・共産党・社民党は市議会でも政党を名乗るケースが多いが、保守系の人間は自民党員であったりしても無所属でいることも少なくない。
政治公約はエネルギー問題でいいが、付け加えると政治スタンスが広がる。
欧州の国際経営開発研究所の調査では、我が国の国際競争力の総合順位は1991年の1位から、2004年には23位へと急落。アジア諸国の中での順位も低下しており、現在では中国をかろうじて上回っている状況にすぎない。。
その背景のひとつには我が国の少子高齢化である。
世界最速で少子高齢化が進展しており、2020年には65歳以上が人口の約3割に達するとの推計である。一方、総務省の発表によれば、15歳未満の人口は24年連続の減少となっており、少子化に歯止めがかからない実態が浮き彫りにされた、総人口に占める15歳未満の割合は、13.8%で、中国(21.5%)や米国(20.7%)などを大幅にしたまわる
選挙参謀たる私も小泉に見習い魂を売り渡し池田大作先生にすがりつくか。
政治は妥協の産物仕方ないか。
やめようっと。鶴と菊!
それはさておき状況の変化は激しい。
話を戻そう。ではデジタル放送時代の経営とは何か。
他国に学び進化、特化させるのはお家芸
日本より早くデジタル化が進んだ英国BBC英国放送協会が多チャンネル化に向け公共放送とは別の営利放送部門を設けた。
これからするとNHKの番組資産をデジタル配信すれば新たな収入源にもなろう。
技術出身の橋本元一会長であればこそ廉価な制作手法や新しい放送手段の導入を通じ、受信料一辺倒の経営体制を改めてほしい。
NHKのデジタル化投資4000億円もそこから捻出すればいい。
廉価な制作手法や新しい放送手段の導入を通じ、受信料一辺倒の経営体制を改めてほしい。やるのは公僕NHK職員である。
クリック・・・頼みます
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技術出身の橋本元一会長であればこその海老原体制にない即決のようである。
プロデューサーの制作費着服が発端で不祥事に端を発する海老原会長の後退劇も絡み受信料の不払いは約400万件にも増えた
事態を見かねNHKが経営刷新に向け「新生プラン」を発表した。新生プランの柱は
?災害報道など公共放送らしい番組の充実、
?管理部門や設備などの見直しによる組織の縮小、
3年間で職員の1割にあたる1200人を削減
?新しい受信料制度の導入による視聴者の公平負担
滞納者には法的手続きも辞さないという3つを掲げた。
不払い契約者を少しでも減らそうという応急措置が狙いだ。
それは未契約者約960万件の問題の将来を視野に入れたものが見え隠れする。
アパデン宮崎は運営費に苦慮しておりスグにその臭いををかぐ分ける習性が身についているゆえだ
NHKのデジタル化投資は4000億円ともいわれる
放送法はテレビの設置者に受信契約を義務づけている。
受信料の不払い問題を抱える
不払い契約者に対し裁判所を通じ督促することは可能である。
しかしそれはあくまで視聴者との信頼関係に基づき徴収すべきだ。
営々と築かれてきた徴収方法の国民的信頼という他国にない日本民族の財産である。
私はいずれテレビはネットに吸収収斂されていくと思っている。
地方局たるMRTやUMKの幹部の方との会話での危機感はかなり深刻さで語られている。
環境問題の師匠からNHKさえも同じであるようにも聞いている。
電話などの通信料が値下がりし、インターネットも普及した今、NHKの受信料だけが硬直的だからだ。
BS=衛星放送の開始に伴う付加料金も事実上の値上げであった。その結果、NHKは民放各社に比べ多額の制作費を投入でき、それが無駄遣いの温床になった面が否めない。
もちろん巨大なる資金はユネスコ世界遺産を唯一手がけたし、世界民族の英知シルクロードを紹介し、アジアの中国を支えた。
だが、公共放送としてのNHKの体制にも問題がある。
災害時にインターネットや携帯電話が活躍する今、巨額の制作費がかかる大型娯楽番組に受信料を充てることにも国民は疑問を感じている。
個人に対する巨大なる影響力もそうだ。
杉田かおるが大型ドラマ巧妙が辻を降りた。いずれ干されるであろう。NHKは今や国家を凌ぐほどの権力化しつつあるのは巧妙なる操作の勝利の小泉選挙で示された通りである。これは後日触れたい。
NHKの新生プランは携帯電話料金など家計の情報支出が高まる中で、そうした不満が不祥事をきっかけに噴き出したという見方もできる。現に私も青色吐息で携帯使用料を捻出している。
あろうことか先日は1日携帯が未払いでとまった程だ。
昨日の電話営業説明でネットはADSLから光に変更する。
基本料で2520円が525円になり、距離にもよるが通話料は3分8,4円が約半額になる。
その切り替え工事費は無料である、26日師匠がたまたまお目見えになってるときにNTTの方からの電話営業で直ちに即刻切り替えに同意した。
庶民には爪の先まで切り詰めた生活実態がある。
もうパイを大きくして経営難を乗り切るという右肩上がりの田中派的日本人生活論は捨て去る時期に来ている。
師匠の言う砂上の楼閣たる石油文明に咲いたアダ花からの脱却である。
石油文明社会は将来の子々孫々にわたる地球負荷の幻想社会やに過ぎない。
たち止り考えてみれば単純なことだ。石油一滴取れない国日本がマイカー溢れる日常の異常さ。生きる基本の食は石油漬けの食生活、24時間石油にドップリつかってる日常の不可思議さ。
生活の規範たるその石油はわが国のどこにあるというのか。
エネルギー問題は生活の基本であるが1億2千万の誰がそれを考えて日常を送ってるというのか。
警鐘を発する政治勢力が必要である。
しかし職を賭してまで迫る逼迫したものではないはずである。
それでは生活を切り詰め最高学府まで自分を育てた身内を含め自分をはぐくんできた者への裏切り行為であろう。
転進は自分を納得させるための示威行為に過ぎない。
与えられた社会的ポジションを全身全霊で貫くことである。
薄っぺらな政治が続く4年間は疾風怒濤の如く日本が滅んでいく過程をとるであろう。
地球が環境問題で病み加速度的に滅んでいってる
それにあわせて豊かなる自然に育まれ情と徳を持ち合わせた世界一の高度な民族は
この4年で金と権坊術が支配する勝ち組、負け組みに好むと好まざるとにかかわらず選別が先鋭化していくであろう。
滅び行くものの最後のもがきて阿修羅の現実化を巷に見よう。
自殺者、家出者が交通事故などの死者をかなりの幅で現に上回ってる社会現象があるのがその証左である。
世界に誇る生活を送ってる社会構造の奇異な民族も大きく変化を政治の押し付けでやむ得ぬ彷徨に無変わらず得ない。
きかいを改めて触れるが前原民主党ほど日本民族を危ない方向に持っていく危険人物はこれまでの政治家にナイタイプである。
小泉より危険な指導者となろう。
彼は日本が生んだネオコンであると断言する。
では誰が営々と培われてきた住みやすき美しき日本を守り抜くのか。
どうにも師匠に対しての鎮魂歌となっていってる
この人こそ政治家になってほしい。
だが選挙は勝たねばならぬ・
どこから出そう。
19434人の市議会議員がいる(平成15年5月現在)。
その政党内訳は、
1.公明党 2204人
2.共産党 1908人
3.自民党 1859人
4.民主党 643人
5.社民党 450人
6.無所属 11938人
となっている。
公明党・共産党・社民党は市議会でも政党を名乗るケースが多いが、保守系の人間は自民党員であったりしても無所属でいることも少なくない。
政治公約はエネルギー問題でいいが、付け加えると政治スタンスが広がる。
欧州の国際経営開発研究所の調査では、我が国の国際競争力の総合順位は1991年の1位から、2004年には23位へと急落。アジア諸国の中での順位も低下しており、現在では中国をかろうじて上回っている状況にすぎない。。
その背景のひとつには我が国の少子高齢化である。
世界最速で少子高齢化が進展しており、2020年には65歳以上が人口の約3割に達するとの推計である。一方、総務省の発表によれば、15歳未満の人口は24年連続の減少となっており、少子化に歯止めがかからない実態が浮き彫りにされた、総人口に占める15歳未満の割合は、13.8%で、中国(21.5%)や米国(20.7%)などを大幅にしたまわる
選挙参謀たる私も小泉に見習い魂を売り渡し池田大作先生にすがりつくか。
政治は妥協の産物仕方ないか。
やめようっと。鶴と菊!
それはさておき状況の変化は激しい。
話を戻そう。ではデジタル放送時代の経営とは何か。
他国に学び進化、特化させるのはお家芸
日本より早くデジタル化が進んだ英国BBC英国放送協会が多チャンネル化に向け公共放送とは別の営利放送部門を設けた。
これからするとNHKの番組資産をデジタル配信すれば新たな収入源にもなろう。
技術出身の橋本元一会長であればこそ廉価な制作手法や新しい放送手段の導入を通じ、受信料一辺倒の経営体制を改めてほしい。
NHKのデジタル化投資4000億円もそこから捻出すればいい。
廉価な制作手法や新しい放送手段の導入を通じ、受信料一辺倒の経営体制を改めてほしい。やるのは公僕NHK職員である。
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経済運営
2005年9月28日数が全てになっている最高権力国会では唯一の勢力は民主党しかない。
その若さゆえ注目を受けている前原党首の代表質問を聞いた。
どうにも政策ブレーンがない。松下塾はどうにもお坊ちゃん教育のようである。
権力は戦い盗るものの基本がない。
小泉の死闘を演じての権力闘争たる総選挙にまで持ち込んだ郵政選挙の裏面が見えてない。
ましてや政権奪取ともなれば国際的視野さえ必要になる。
対米一辺倒の現在の政治は誰でもできる子供の政治。
。国内問題でしか動いてない小泉政権ゆえだ。
内外に目を転じてみれば明らかである。
北方領土返還の11月のプーチン訪日のことや
唯一の海底資源は中国に試掘開始を許し選挙でも一昨日でも触れずしまい。
勇んでやった北朝鮮とのことは棚上げ。
アジアの諸国とは靖国でデッド・ロックに乗り上げたまま。 国連常任理事国入りはアジアではブータンが支持したのみ。
アジアの盟主はどうにも心もとない。
ところで若さの前原党首の敗戦の弁には戦う姿勢がない。
連立、存在してる党の意味を言葉に変ええきれない未熟な魅力なき演説。
今回の衆院選の「自公選挙協力」についても言及。
列挙するとこうである。
「どうしてもお互いの票が欲しいのなら、いっそ、一つの政党になればいいのではないでしょうか、
「国民全体の利益になることであれば、政府・与党にも協力する」と述べ、「反対ありき」の従来の野党像から転換する考えを強調した。
問題は小泉、竹中の財政政策の検証でいいのではないか。
03年度の国の債務超過は245兆円にものぼる。
先日の項を再掲する。
財務省は24日、国債や借入金など国の債務(借金)残高が、今年6月末時点で795兆8338億円に膨らんだ、と発表
昨年3月末より78兆4038億円拡大し、過去最高を更新した。
国と地方を合わせた借金の総額は、初めて1000兆円を突破した可能性が高い。
景気回復の遅れで税収が伸び悩んだことに加え、社会保障費など歳出が歯止めなく拡大、国債発行が引き続き高水準で推移したことが借金膨張の主な要因。
小泉・竹中のペテンにかかっている。
国の借金残高は、本年度の税収見通し約44兆円と比べると約18年分。
人口(1億2764万人)で割ると、生まれたばかりの赤ちゃんも含めて、国民1人当たり約623万円の借金を負っている計算。
地方の借金は200兆円を大きく超える水準となっている。
特に隠された部分と思うのは6月は3月末に比べ14兆2821億円増加してることだ。
わずか3ヶ月でこれほどまでに増加している。
何故選挙前には出ないのか。
小泉竹中の経済運営はこの程度にしか過ぎない。
どこが三位一体の財政改革なのか。
日本経済はどこに向いていくのか。
その解消策は産軍複合経済への傾斜となってないか
国家財政は日銀が司る。
行政に従わされたとはいえ、独立した機関である、
立法司法行政がそれぞれ独立しているのと同じである。
渋沢栄一は最後の将軍慶喜の維新後も忠実なる使徒の人で、最後の武士であった。第一国立銀行を設立した。
わが国の金融機関設立の草分けとされてるが時代年限が草創期で日銀設立以前に活躍した人である。
城山三郎『雄気堂々』 に詳しい。
初代総裁は薩摩の人吉原 重俊である。大蔵卿・松方正義の下、明治13年に大蔵少輔(次官)
明治15年に日本銀行創立と同時に初代総裁となる。
この人の功績はもっと称えられていいが48歳の現職のままの憤死。過労死第一号やも知れぬ。
総裁としては、当時政府と全国各地の「国立銀行」が発行していた不換紙幣の回収整理を進め、日本銀行が発行する兌換銀行券を現金通貨の中心とすることに尽力したほか、手形・小切手の流通を推進するなど、近代的な金融制度の整備を計った。
今日の日銀の持つし役割を築いたのである。
小学六年生ゴロであったろうか。日銀の仕事を教わった。
?政府の銀行であると共に「最後の貸手」として銀行の銀行としての役割を果たす。
?公定歩合操作、公開市場操作、支払準備率操作等の手法により金融政策を実施する。
?各国中央銀行や公的機関との間の国際関係業務(外国為替市場への介入を含む)を行う。
?金融経済情報の収集および研究を行う。
?通貨流通量を調整することで物価を安定させる。
??の順序は故意にした訳で私の経験からの感じである。
郷土閥ゆえか、九州人の貢献が目に付く。
第5代 山本達雄 1898年 大分県 郵便汽船三菱会社(現日本郵船)
第8代 三島彌太郎 1913年 鹿児島県 横浜正金銀行頭取
第9代 井上準之助 1919年 大分県 日本銀行はえぬき第1号、横浜正金銀行頭取
第10代 市来乙彦 1923年 鹿児島県 大蔵事務次官、大蔵大臣
第11代 井上準之助 1927年 大分県
名物に第7代 高橋是清 も見て取れる。
戦争で灰燼に帰して世界ドン尻から出発した日本経済。日銀は派手な行政の長に比べると
常に縁の下の存在だが、今日の日本を支えた。
名総裁に宮崎の人に 森永貞一朗がいる。
日露条約100年の今年であるがポーツマス全権の外相小村寿太郎以来の人物である。
オイルマネーにネットまで参戦しあのバブル期を上回る空前の株式ブームが来ているが日銀も買える。
株主になれるのである。
株式に相当する「出資証券」はジャスダック証券取引所に上場している(証券コード:8301)
。この時間にお客さんである。
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その若さゆえ注目を受けている前原党首の代表質問を聞いた。
どうにも政策ブレーンがない。松下塾はどうにもお坊ちゃん教育のようである。
権力は戦い盗るものの基本がない。
小泉の死闘を演じての権力闘争たる総選挙にまで持ち込んだ郵政選挙の裏面が見えてない。
ましてや政権奪取ともなれば国際的視野さえ必要になる。
対米一辺倒の現在の政治は誰でもできる子供の政治。
。国内問題でしか動いてない小泉政権ゆえだ。
内外に目を転じてみれば明らかである。
北方領土返還の11月のプーチン訪日のことや
唯一の海底資源は中国に試掘開始を許し選挙でも一昨日でも触れずしまい。
勇んでやった北朝鮮とのことは棚上げ。
アジアの諸国とは靖国でデッド・ロックに乗り上げたまま。 国連常任理事国入りはアジアではブータンが支持したのみ。
アジアの盟主はどうにも心もとない。
ところで若さの前原党首の敗戦の弁には戦う姿勢がない。
連立、存在してる党の意味を言葉に変ええきれない未熟な魅力なき演説。
今回の衆院選の「自公選挙協力」についても言及。
列挙するとこうである。
「どうしてもお互いの票が欲しいのなら、いっそ、一つの政党になればいいのではないでしょうか、
「国民全体の利益になることであれば、政府・与党にも協力する」と述べ、「反対ありき」の従来の野党像から転換する考えを強調した。
問題は小泉、竹中の財政政策の検証でいいのではないか。
03年度の国の債務超過は245兆円にものぼる。
先日の項を再掲する。
財務省は24日、国債や借入金など国の債務(借金)残高が、今年6月末時点で795兆8338億円に膨らんだ、と発表
昨年3月末より78兆4038億円拡大し、過去最高を更新した。
国と地方を合わせた借金の総額は、初めて1000兆円を突破した可能性が高い。
景気回復の遅れで税収が伸び悩んだことに加え、社会保障費など歳出が歯止めなく拡大、国債発行が引き続き高水準で推移したことが借金膨張の主な要因。
小泉・竹中のペテンにかかっている。
国の借金残高は、本年度の税収見通し約44兆円と比べると約18年分。
人口(1億2764万人)で割ると、生まれたばかりの赤ちゃんも含めて、国民1人当たり約623万円の借金を負っている計算。
地方の借金は200兆円を大きく超える水準となっている。
特に隠された部分と思うのは6月は3月末に比べ14兆2821億円増加してることだ。
わずか3ヶ月でこれほどまでに増加している。
何故選挙前には出ないのか。
小泉竹中の経済運営はこの程度にしか過ぎない。
どこが三位一体の財政改革なのか。
日本経済はどこに向いていくのか。
その解消策は産軍複合経済への傾斜となってないか
国家財政は日銀が司る。
行政に従わされたとはいえ、独立した機関である、
立法司法行政がそれぞれ独立しているのと同じである。
渋沢栄一は最後の将軍慶喜の維新後も忠実なる使徒の人で、最後の武士であった。第一国立銀行を設立した。
わが国の金融機関設立の草分けとされてるが時代年限が草創期で日銀設立以前に活躍した人である。
城山三郎『雄気堂々』 に詳しい。
初代総裁は薩摩の人吉原 重俊である。大蔵卿・松方正義の下、明治13年に大蔵少輔(次官)
明治15年に日本銀行創立と同時に初代総裁となる。
この人の功績はもっと称えられていいが48歳の現職のままの憤死。過労死第一号やも知れぬ。
総裁としては、当時政府と全国各地の「国立銀行」が発行していた不換紙幣の回収整理を進め、日本銀行が発行する兌換銀行券を現金通貨の中心とすることに尽力したほか、手形・小切手の流通を推進するなど、近代的な金融制度の整備を計った。
今日の日銀の持つし役割を築いたのである。
小学六年生ゴロであったろうか。日銀の仕事を教わった。
?政府の銀行であると共に「最後の貸手」として銀行の銀行としての役割を果たす。
?公定歩合操作、公開市場操作、支払準備率操作等の手法により金融政策を実施する。
?各国中央銀行や公的機関との間の国際関係業務(外国為替市場への介入を含む)を行う。
?金融経済情報の収集および研究を行う。
?通貨流通量を調整することで物価を安定させる。
??の順序は故意にした訳で私の経験からの感じである。
郷土閥ゆえか、九州人の貢献が目に付く。
第5代 山本達雄 1898年 大分県 郵便汽船三菱会社(現日本郵船)
第8代 三島彌太郎 1913年 鹿児島県 横浜正金銀行頭取
第9代 井上準之助 1919年 大分県 日本銀行はえぬき第1号、横浜正金銀行頭取
第10代 市来乙彦 1923年 鹿児島県 大蔵事務次官、大蔵大臣
第11代 井上準之助 1927年 大分県
名物に第7代 高橋是清 も見て取れる。
戦争で灰燼に帰して世界ドン尻から出発した日本経済。日銀は派手な行政の長に比べると
常に縁の下の存在だが、今日の日本を支えた。
名総裁に宮崎の人に 森永貞一朗がいる。
日露条約100年の今年であるがポーツマス全権の外相小村寿太郎以来の人物である。
オイルマネーにネットまで参戦しあのバブル期を上回る空前の株式ブームが来ているが日銀も買える。
株主になれるのである。
株式に相当する「出資証券」はジャスダック証券取引所に上場している(証券コード:8301)
。この時間にお客さんである。
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経済運営・・2(続き)
2005年9月29日前回の続き
森永貞一郎の父貞右衛門は町会議員・商工会長などを務め、1922(大正11)年西諸貯蓄銀行(現西諸信用金庫)を創立。後に日向興行銀行(現宮崎銀行)第3代頭取に就任。日本基督教団小林教会を設立した人でもある。
貞一郎(1910〜1986) は父の背中をを見て育ってるわけである。、
1931(昭和6)年東京大学法学部を卒業後、大蔵省に入省、太平洋戦争中から本省課長、参事官などを務め、1957(昭和32)年大蔵事務次官を務めた。
、1974(昭和49)年、第23代日本銀行総裁就任。
1979(昭和54)年に退任し、以後皇室参与となり日向の人では秋月種樹いらいであろう天皇へのご進講などを務める
1986(昭和61)年5月30日逝去、去年76歳。
官僚のトップの要職にあっても、少しも高ぶることがなく、政治家に追従することもない。人徳温容の人として慕われた
「私はガサツな人間」と自己批評する。都会風紳士に特有のキザな感じはなく、声は太いが服装、態度とも飾り気がなく、端正な容貌ながら茫洋の風姿。髪の手入れは苦手な様子。背広にはたえずタバコの灰がまつわりついている。
主計局長時代、野党各党から災害緊急対策予算を編成せよ、と迫られて「財源がない」と突っぱねた。さんざん押し問答を繰り返したあげく、
「無理なことを言いすぎる国会も少しは反省すべきだ。」
との森永発言がたたって議場は紛糾、「退場!」を命じられた
シンは強い。
「私は元来短気だが、怒らないように気をつけている。」
という。しかし、実際はかなりの照れ屋でパイプも照れ隠し小道具の一つで小林の記念館で見ることができる。
総裁として、第一次石油ショック後の長期不況、第二次石油ショックに伴う物価の急騰、国際収支及び円相場の激変等の様々な難局に、通貨当局者としての不屈の信念をもって、極めて適切な金融政策を行い、通貨価値の維持、安定に尽力した。
「森永貞一郎おもい出集」抜粋)
極めつけの逸話を宮沢喜一元総理が書いている。
あなたの一生のうちで一番の恩人は誰ですか」と聞かれたら、私はちゅうちょなくまず森永貞一郎さんの名前をあげると思います。(中略)森永さんに1年間お仕えして私は沼津税務署長に赴任することになりましたが、森永さんにお別れのご挨拶をした時、私は涙がとまらなかったことを今でも忘れません。ある大蔵省の後輩が、森永さんを評した言葉によれば、「まったく不思議な方で、仕事ができるといったこととは違うんです。政治的パワーとか人脈といった点でも、実はこれといったものがあったわけではありません。それなのに、みんなあの方の魔術にかかってしまうんです」と言っていますが、これは森永さんというお方をよく表現していると思います。
小泉後継と違い有望なる人に託した。
「前川レポート」「新前川レポート」で名を成した
前川春雄は森永貞一朗の次の後任で 第24代日本銀行総裁
80年第二次オイル・ショックのインフレを金融引き締めで克服。
86年国際電信電話(現KDDI)会長。を努め1989年9月22日逝去。
森永以降の総裁を列挙すれば仕事振りがより理解できよう。
第23代 森永貞一郎 1974年12月17日 宮崎県 大蔵事務次官、 東京証券取引所理事長
第24代 前川春雄 1979年 東京都 日本銀行
第25代 澄田智 1984年 群馬県 大蔵事務次官、日本輸出入銀行総裁
第26代 三重野康 1989年 大分県 日本銀行
第27代 松下康雄 1994年 兵庫県 大蔵事務次官、太陽神戸銀行頭取、さくら銀行会長
第28代 速水優 1998年 兵庫県 日本銀行理事、日商岩井会長、経済同友会代表幹事
第29代 福井俊彦 2003年 大阪府 日本銀行副総裁、富士総研理事長、経済同友会副代表幹事
さて長々とお付き合いをいただいてるがもう少し人物を見ていただいての小泉=竹中の財政無策振りを浮き彫りにしたい。
一昨日訃報が明らかにされた。森永貞一朗が総裁を努めた1974〜1979につくや就任していた日銀理事1070〜1974を辞退した人のことである。
経済界のご意見番・経済評論家で元日本銀行理事の吉野俊彦そのひとだ。
1938年に日本銀行に入行。調査畑を歩み、日銀法制定に携わったほか、70〜74年に日銀理事を務めた。戦後、物価急上昇を伴う経済成長を批判し、一貫して安定成長を唱えた論客として知られる。「高度成長論」を唱える旧大蔵省出身の経済評論家・下村治氏との論争も有名。74年からは旧山一証券経済研究所理事長を務めた。
このひとは石原慎太郎や西武・堤のように二束のわらじ
をはきこなした。
勧業銀行マンとして音楽活動と両立させた小椋佳のようなものだ。
吉野俊彦は日銀時代から森鴎外の研究家としても知られ、「森鴎外私論」など多数の著書もある。
そのきっかけがいい。新聞からである。
「左遷なりとは軍医一同に申居り…実に危急存亡の秋(とき)なり」。森鴎外は左遷され、母親にぐちだらけの手紙を書いた
吉野俊彦はむしろそこに引かれた。
左遷の背景には、職務中に小説を書いている、という誹謗中傷があったといわれる。日本銀行で調査畑を歩みながら金融、経済関係の著作を次々に世に出していた吉野さんも同じような境遇にあったからだ。
駄文を連ねる私も身にしみている。
「せきやんは太陽光発電の仕事を真剣に取り組んでいなく日記を書いている」
ブログを書き連ねられる方々にもおありのはずだ。
吉野俊彦の 軍医と作家のはざまでゆれる鴎外への共感はいつしかライフワークになった。
さらに愛弟子の一人、永井荷風が晩年、ズダ袋を提げてトボトボ歩く姿を、千葉県市川市の自宅近くで見かけてもいた。その森鴎外を基礎とする溢れる知識は
永井荷風と河上肇―放蕩と反逆のクロニクル 日本放送出版協会 )にもうかがい知れる。
吉野さんはしばしば何もしないでいることへの恐怖を「虚無」と表現した。そこから脱出するには、書きまくるしかない。
入院後も執筆意欲はおとろえなかった。七月二十日付の静岡新聞では、デフレに対する姿勢を明示せよ、と最後まで筆をおろさなかった。
8/12九十歳の生涯を終えたたが、公にしなかった。遺言で宮内省や陸軍の栄典を受けないことを宣言した鴎外の気概に倣ったものだ。と評論され先ほどのTVガッテン!である。
池田勇人元首相のブレーンだった下村治と「高度成長か安定成長か」の論争を展開した。
高度成長期には一貫して安定成長論を主張し続けたき骨の人で日銀を代表するエコノミストとして活躍。
文芸春秋を通じて日本の国防を論争した経済学者に
・森嶋通夫がいる。
国防には「ハードウェアによる国防(軍事力)」と「ソフトウェアによる国防(外交力)」がある。
ハードウェアによる国防の強化は、国を誤った方向に導いた例が多く、日本は防衛力を高めるとしてもソフトウェアによる国防(外交力)を高めるべきだ、とロンドンの地から主張を述べた。
軍事力よりも外交力の重要性を訴えてるのであった。
かって大内兵衛=向坂逸郎の社会主義の投稿者であり、民社党のバックボーンの関嘉彦との論争であった。
関は防衛費増強を含めた防衛力の強化・9条改憲を対米追従でない形で唱えた。
小泉=竹中にないもので痛烈な皮肉に聞こえてくる。
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森永貞一郎の父貞右衛門は町会議員・商工会長などを務め、1922(大正11)年西諸貯蓄銀行(現西諸信用金庫)を創立。後に日向興行銀行(現宮崎銀行)第3代頭取に就任。日本基督教団小林教会を設立した人でもある。
貞一郎(1910〜1986) は父の背中をを見て育ってるわけである。、
1931(昭和6)年東京大学法学部を卒業後、大蔵省に入省、太平洋戦争中から本省課長、参事官などを務め、1957(昭和32)年大蔵事務次官を務めた。
、1974(昭和49)年、第23代日本銀行総裁就任。
1979(昭和54)年に退任し、以後皇室参与となり日向の人では秋月種樹いらいであろう天皇へのご進講などを務める
1986(昭和61)年5月30日逝去、去年76歳。
官僚のトップの要職にあっても、少しも高ぶることがなく、政治家に追従することもない。人徳温容の人として慕われた
「私はガサツな人間」と自己批評する。都会風紳士に特有のキザな感じはなく、声は太いが服装、態度とも飾り気がなく、端正な容貌ながら茫洋の風姿。髪の手入れは苦手な様子。背広にはたえずタバコの灰がまつわりついている。
主計局長時代、野党各党から災害緊急対策予算を編成せよ、と迫られて「財源がない」と突っぱねた。さんざん押し問答を繰り返したあげく、
「無理なことを言いすぎる国会も少しは反省すべきだ。」
との森永発言がたたって議場は紛糾、「退場!」を命じられた
シンは強い。
「私は元来短気だが、怒らないように気をつけている。」
という。しかし、実際はかなりの照れ屋でパイプも照れ隠し小道具の一つで小林の記念館で見ることができる。
総裁として、第一次石油ショック後の長期不況、第二次石油ショックに伴う物価の急騰、国際収支及び円相場の激変等の様々な難局に、通貨当局者としての不屈の信念をもって、極めて適切な金融政策を行い、通貨価値の維持、安定に尽力した。
「森永貞一郎おもい出集」抜粋)
極めつけの逸話を宮沢喜一元総理が書いている。
あなたの一生のうちで一番の恩人は誰ですか」と聞かれたら、私はちゅうちょなくまず森永貞一郎さんの名前をあげると思います。(中略)森永さんに1年間お仕えして私は沼津税務署長に赴任することになりましたが、森永さんにお別れのご挨拶をした時、私は涙がとまらなかったことを今でも忘れません。ある大蔵省の後輩が、森永さんを評した言葉によれば、「まったく不思議な方で、仕事ができるといったこととは違うんです。政治的パワーとか人脈といった点でも、実はこれといったものがあったわけではありません。それなのに、みんなあの方の魔術にかかってしまうんです」と言っていますが、これは森永さんというお方をよく表現していると思います。
小泉後継と違い有望なる人に託した。
「前川レポート」「新前川レポート」で名を成した
前川春雄は森永貞一朗の次の後任で 第24代日本銀行総裁
80年第二次オイル・ショックのインフレを金融引き締めで克服。
86年国際電信電話(現KDDI)会長。を努め1989年9月22日逝去。
森永以降の総裁を列挙すれば仕事振りがより理解できよう。
第23代 森永貞一郎 1974年12月17日 宮崎県 大蔵事務次官、 東京証券取引所理事長
第24代 前川春雄 1979年 東京都 日本銀行
第25代 澄田智 1984年 群馬県 大蔵事務次官、日本輸出入銀行総裁
第26代 三重野康 1989年 大分県 日本銀行
第27代 松下康雄 1994年 兵庫県 大蔵事務次官、太陽神戸銀行頭取、さくら銀行会長
第28代 速水優 1998年 兵庫県 日本銀行理事、日商岩井会長、経済同友会代表幹事
第29代 福井俊彦 2003年 大阪府 日本銀行副総裁、富士総研理事長、経済同友会副代表幹事
さて長々とお付き合いをいただいてるがもう少し人物を見ていただいての小泉=竹中の財政無策振りを浮き彫りにしたい。
一昨日訃報が明らかにされた。森永貞一朗が総裁を努めた1974〜1979につくや就任していた日銀理事1070〜1974を辞退した人のことである。
経済界のご意見番・経済評論家で元日本銀行理事の吉野俊彦そのひとだ。
1938年に日本銀行に入行。調査畑を歩み、日銀法制定に携わったほか、70〜74年に日銀理事を務めた。戦後、物価急上昇を伴う経済成長を批判し、一貫して安定成長を唱えた論客として知られる。「高度成長論」を唱える旧大蔵省出身の経済評論家・下村治氏との論争も有名。74年からは旧山一証券経済研究所理事長を務めた。
このひとは石原慎太郎や西武・堤のように二束のわらじ
をはきこなした。
勧業銀行マンとして音楽活動と両立させた小椋佳のようなものだ。
吉野俊彦は日銀時代から森鴎外の研究家としても知られ、「森鴎外私論」など多数の著書もある。
そのきっかけがいい。新聞からである。
「左遷なりとは軍医一同に申居り…実に危急存亡の秋(とき)なり」。森鴎外は左遷され、母親にぐちだらけの手紙を書いた
吉野俊彦はむしろそこに引かれた。
左遷の背景には、職務中に小説を書いている、という誹謗中傷があったといわれる。日本銀行で調査畑を歩みながら金融、経済関係の著作を次々に世に出していた吉野さんも同じような境遇にあったからだ。
駄文を連ねる私も身にしみている。
「せきやんは太陽光発電の仕事を真剣に取り組んでいなく日記を書いている」
ブログを書き連ねられる方々にもおありのはずだ。
吉野俊彦の 軍医と作家のはざまでゆれる鴎外への共感はいつしかライフワークになった。
さらに愛弟子の一人、永井荷風が晩年、ズダ袋を提げてトボトボ歩く姿を、千葉県市川市の自宅近くで見かけてもいた。その森鴎外を基礎とする溢れる知識は
永井荷風と河上肇―放蕩と反逆のクロニクル 日本放送出版協会 )にもうかがい知れる。
吉野さんはしばしば何もしないでいることへの恐怖を「虚無」と表現した。そこから脱出するには、書きまくるしかない。
入院後も執筆意欲はおとろえなかった。七月二十日付の静岡新聞では、デフレに対する姿勢を明示せよ、と最後まで筆をおろさなかった。
8/12九十歳の生涯を終えたたが、公にしなかった。遺言で宮内省や陸軍の栄典を受けないことを宣言した鴎外の気概に倣ったものだ。と評論され先ほどのTVガッテン!である。
池田勇人元首相のブレーンだった下村治と「高度成長か安定成長か」の論争を展開した。
高度成長期には一貫して安定成長論を主張し続けたき骨の人で日銀を代表するエコノミストとして活躍。
文芸春秋を通じて日本の国防を論争した経済学者に
・森嶋通夫がいる。
国防には「ハードウェアによる国防(軍事力)」と「ソフトウェアによる国防(外交力)」がある。
ハードウェアによる国防の強化は、国を誤った方向に導いた例が多く、日本は防衛力を高めるとしてもソフトウェアによる国防(外交力)を高めるべきだ、とロンドンの地から主張を述べた。
軍事力よりも外交力の重要性を訴えてるのであった。
かって大内兵衛=向坂逸郎の社会主義の投稿者であり、民社党のバックボーンの関嘉彦との論争であった。
関は防衛費増強を含めた防衛力の強化・9条改憲を対米追従でない形で唱えた。
小泉=竹中にないもので痛烈な皮肉に聞こえてくる。
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秋のにおい
2005年9月29日名古屋博は大盛況のうちに終了したが、私共は70年万博世代。35年の年月を経てる団塊の世代である。
会場を結んだ大動脈のリニアは早速ガラ空の状態。
跡地が当初の新タウン計画から自然保護の森林公園になった故であろう。
大阪千里が丘ニュータウン近郊は阪大があり、丘は新興街があった。象徴するシンボルタワーは岡本太郎作である。
異色のマスコミを利用した芸術家であった。
いまだ「芸術派バクハツだ!」のテレビからの声さえ聞こえてくる。
その母は作家岡本かの子である。中年にさしかかるころから太りはじめた。
「我ながら心憎くも肉つきぬまたも病の来ずやねたみて」。
肥えた体を病気がねたましく思い、害意を抱いて訪れる。それが心配だという。
石油文明を謳歌した飽食の時代を「肉つきぬ」で人の不安を代弁していることは現代人に限った悩みではないようである。
、「夏痩もねがひの中のひとつなり」
江戸期の俳句で如真の作という。
夏痩せの願いむなしく山海の味覚が待ち受ける秋を迎えて、秋の到来で戦々恐々の方もおられるに違いない
昔から、俗に「夜に食べると太る」という。
、その仕組みが分子レベルで解明できそうだ、という日本大学の研究チームの記事が載っていた。
昼夜の生活リズムを刻む「体内時計」が関係しているらしい
体内時計を調節する細胞内のあるたんぱく質が夜間に増え、脂肪を蓄積するよう指図するのだという。
「春は二重(ふたえ)に巻いた帯 三重(みえ)に巻いても余る秋…」とは団塊の世代のスター美空ひばりの名曲「みだれ髪」(星野哲郎作詞、船村徹作曲)の一節。
秋は人間を謳歌する時期で試される時期でもある。
今日の試してガッテンは豆乳。
豆腐になる寸前の絞り汁の状態を言う。
大豆をすりつぶし「おから」を除去した絞り汁が「豆乳」である。
幼きころは我が家で作っていた。
よって オープニングクイズの豆乳から豆腐を作る際に、「にがり」と同様に「固める」目的で使われてきたものとは、次のうちどれか?には豆腐つくりを手伝う幼いころを思い出していた。
もちろん正解。
石こう/にかわ/砂鉄/天然ゴム
フーッとチョットした臭みの元である。
石こうは、硫酸カルシウムという物質であり、食品添加物として認められている。
豆腐製造に使われる石こうは「すまし粉」と呼ばれ、食用を目的として精製されたもの。
番組では大げさにブ石膏製のブロンズから削り取っていた。
さて豆乳は、いま大ブーム。イソフラボン、オリゴ糖、大豆たんぱく質など栄養成分の宝庫!で女性からは大人気。風呂上りで二つを比較試飲すると男はいまだ牛乳が圧倒的であった。
そこで ダイエット効果、コレステロールの低下、骨粗しょう症予防、がん予防などさまざまな健康効果を検証した。
女性ホルモンの働きをしてくれるといわれるイソフラボンに
新事実が判明した。
お客さんである。
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会場を結んだ大動脈のリニアは早速ガラ空の状態。
跡地が当初の新タウン計画から自然保護の森林公園になった故であろう。
大阪千里が丘ニュータウン近郊は阪大があり、丘は新興街があった。象徴するシンボルタワーは岡本太郎作である。
異色のマスコミを利用した芸術家であった。
いまだ「芸術派バクハツだ!」のテレビからの声さえ聞こえてくる。
その母は作家岡本かの子である。中年にさしかかるころから太りはじめた。
「我ながら心憎くも肉つきぬまたも病の来ずやねたみて」。
肥えた体を病気がねたましく思い、害意を抱いて訪れる。それが心配だという。
石油文明を謳歌した飽食の時代を「肉つきぬ」で人の不安を代弁していることは現代人に限った悩みではないようである。
、「夏痩もねがひの中のひとつなり」
江戸期の俳句で如真の作という。
夏痩せの願いむなしく山海の味覚が待ち受ける秋を迎えて、秋の到来で戦々恐々の方もおられるに違いない
昔から、俗に「夜に食べると太る」という。
、その仕組みが分子レベルで解明できそうだ、という日本大学の研究チームの記事が載っていた。
昼夜の生活リズムを刻む「体内時計」が関係しているらしい
体内時計を調節する細胞内のあるたんぱく質が夜間に増え、脂肪を蓄積するよう指図するのだという。
「春は二重(ふたえ)に巻いた帯 三重(みえ)に巻いても余る秋…」とは団塊の世代のスター美空ひばりの名曲「みだれ髪」(星野哲郎作詞、船村徹作曲)の一節。
秋は人間を謳歌する時期で試される時期でもある。
今日の試してガッテンは豆乳。
豆腐になる寸前の絞り汁の状態を言う。
大豆をすりつぶし「おから」を除去した絞り汁が「豆乳」である。
幼きころは我が家で作っていた。
よって オープニングクイズの豆乳から豆腐を作る際に、「にがり」と同様に「固める」目的で使われてきたものとは、次のうちどれか?には豆腐つくりを手伝う幼いころを思い出していた。
もちろん正解。
石こう/にかわ/砂鉄/天然ゴム
フーッとチョットした臭みの元である。
石こうは、硫酸カルシウムという物質であり、食品添加物として認められている。
豆腐製造に使われる石こうは「すまし粉」と呼ばれ、食用を目的として精製されたもの。
番組では大げさにブ石膏製のブロンズから削り取っていた。
さて豆乳は、いま大ブーム。イソフラボン、オリゴ糖、大豆たんぱく質など栄養成分の宝庫!で女性からは大人気。風呂上りで二つを比較試飲すると男はいまだ牛乳が圧倒的であった。
そこで ダイエット効果、コレステロールの低下、骨粗しょう症予防、がん予防などさまざまな健康効果を検証した。
女性ホルモンの働きをしてくれるといわれるイソフラボンに
新事実が判明した。
お客さんである。
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おめでとう!
2005年9月30日阪神タイガーズ優勝おめでとう!
すみません!私は巨人ファンです。
甲子園で阪神に連敗という何というドリームチームの惨敗。
胴上げをみる悔しさの意地さえないのか。この意気地なしチーム。 桑田を監督にせよ!
古田に対応するのは原では無理である。
ましてや岡田もノリノリでかかって来るであろう。
歴史に平気でドロを塗ってくれた。
巨人軍の歴史、は宮崎とは切っても切れない状況。
五九(昭和三十四)年から始まった宮崎キャンプは46年にもなる。 大淀河畔・江南壮が宿泊所。荒川コーチ直伝の畳の上での一本足の刀の真剣振りで世界の王が誕生した秘話を持つ。
今は取り壊して分譲マンションとなっている。
スポーツキャンプ天国の宮崎では全国一の数の球団が集まる。
昨年は、プロ野球4球団、Jリーグ11チームが宮崎県内各地でキャンプ・イン。
2004年は、巨人、広島、ヤクルト(2軍)、近鉄に、ダイエー、西武
冒頭の言葉が言えるようになったのも単なるお年寄りになつたゆえやも知れない。
かって巨人軍が負けると拒食症で食事が取れない時期さえあった。
さて狂喜に沸く道頓堀。
3メートルの飛び込み防止フェンスも何のその。
その上を乗り越えてのダイブ!ま〜〜いいジャン!
昨年5300人のダイブが今年は62人で役所の面子はたったでしょうに。
さらに経済効果もどうにも違うようである。
UFJ総研は、阪神優勝の効果は1455億円で03年の半分と発表
「それでも関西だけで709億円で、この地域の国内総生産(GDP)を0・1%近く押し上げるほど」とタイガースの影響の大きさを指摘している。
18年ぶりと2年ぶりとの違いで熱気に差があることに加え、前回急増した“にわかファン”の離脱や球界再編によるパ・リーグ人気で、阪神ファンが1500万人から1100万人へ激減したことが響くため、ともいう。
観客動員数から見るとそうでもない。
今季は四万人を超えて十二球団トップ。ダメトラ時代の一試合平均の観客数は三万人を切っていた。勝てばやはり観客動員数は増える。
過去の遺産があって巨人は二位。、中日、ソフトバンクなど上位は強いチームばかり。
やはり数字は正直だ。
例外はパ・リーグ新球団の楽天。黒星街道を独走しても観客が増え続けたから地域力はすごい。
遅くなっても帰宅が容易という強みもある
阪神は誰のもの?おおくの浪速人が気をもんでることであろう。
投資集団村上ファンドが 阪神電鉄の筆頭株主になったという。
プロ野球に500億円以上運用している
元通産官僚の村上世彰の率いるM&A集団、1983年東大法学部を卒業後、通産省に入省したキャリア。
彼は、通産省を退職後、1999年投資会社エム・エイ・シー(MAC)を設立。通称村上ファンド
必ず上がるとの神話さえあるぐらいの銘柄なのである。
あのバブル期を凌ぎ、今日は史上最高の出来高を記録したようだが つぎの銘柄に注目されてはいかがか。村上銘柄である。
3205ダイドーリミテッド
3512日本フエルト
9303住友倉庫
値上がりしても御代は要りません。
覚えてます?あのホリエモン騒動のニッポン放送の株主デモある。株式は市場から買って、2年以内に売却するのが基本方針。売却先も市場が原則。ところがTOBの売却のようである。市場外取得の法スレスレの取得ではないのか。
村上ファンドにはダーテーが付きまとう。。
「村上ファンド」が阪神電気鉄道株の26・67%を取得して筆頭株主となり、阪神百貨店株も18・19%取得したことが27日わかった。阪神ファンの動揺は先日の星野巨人へどこではないはずである。、
2年ぶりのリーグ制覇をしたタイガースに衝撃が走った
優勝を前にした日。
親会社である阪神電鉄の株が4分の1以上買い占められ子会社である同球団への影響力も行使できる状況となった。
ファンド側は現時点で経営介入の姿勢を見せていないが、23日に持った話し合いでいきなり増配を要求するなど、早くも「もの言う株主」として電光石火の動きを見せている。
村上氏はこれまでも大株主となった企業に対して事業見直しなどを要求してきた経緯があり、その過激なスタンスが手塚会長以下阪神本社の経営陣に「危機感」を与えるのは必至。
新聞から。
役員派遣球団株保有も可能となり、その保有比率が過半数を超えた場合は実質上の球団保有者、つまりオーナーとみなされる可能性もある。
一報を聞いた球団首脳の1人は「簡単に言えば『乗っ取り』というイメージでとらえられてしまう。球団経営にもいろんな要求をしてくるのではないか」とし、
球団創設70年目で初めて迎えた「外部資本参入危機」という事態に戦々恐々の表情。
阪神電鉄はタイガースという「最大の資産」に加え、商業施設などの不動産も豊富に有する。
ファンド関係者は「阪神の財務内容は以前から研究していた」とも明かす。
株式取得はタイガースのセ・リーグ優勝を目前にして株価が急騰する中、絶妙のタイミングで仕掛けられていた。
阪神電鉄は村上氏の経営参画を想定した準備にも入っている。株の買い戻しや市場対抗策などは考えておらず、いずれにしても村上氏の「次の一手」を注意深く見守る構えだ。
この日の東京証券取引所では阪神電鉄株に買いが集中し、ストップ高の945円で取引を終了した。阪神電鉄は10月1日に阪神百貨店を完全子会社にする際、百貨店1株に対し電鉄1・8株を割り当てる株式交換をする。
電鉄の試算では、交換後のファンド側の電鉄株持ち株比率はさらに上昇して約27%になる見込みだ。
「タイガースに愛着がある」という村上氏だけに球団売却などは考えにくいが、突出した大株主となった同氏率いるグループの登場は本社の根幹をも揺るがしかねず、V目前の岡田阪神に想定外のショックを与えた。
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すみません!私は巨人ファンです。
甲子園で阪神に連敗という何というドリームチームの惨敗。
胴上げをみる悔しさの意地さえないのか。この意気地なしチーム。 桑田を監督にせよ!
古田に対応するのは原では無理である。
ましてや岡田もノリノリでかかって来るであろう。
歴史に平気でドロを塗ってくれた。
巨人軍の歴史、は宮崎とは切っても切れない状況。
五九(昭和三十四)年から始まった宮崎キャンプは46年にもなる。 大淀河畔・江南壮が宿泊所。荒川コーチ直伝の畳の上での一本足の刀の真剣振りで世界の王が誕生した秘話を持つ。
今は取り壊して分譲マンションとなっている。
スポーツキャンプ天国の宮崎では全国一の数の球団が集まる。
昨年は、プロ野球4球団、Jリーグ11チームが宮崎県内各地でキャンプ・イン。
2004年は、巨人、広島、ヤクルト(2軍)、近鉄に、ダイエー、西武
冒頭の言葉が言えるようになったのも単なるお年寄りになつたゆえやも知れない。
かって巨人軍が負けると拒食症で食事が取れない時期さえあった。
さて狂喜に沸く道頓堀。
3メートルの飛び込み防止フェンスも何のその。
その上を乗り越えてのダイブ!ま〜〜いいジャン!
昨年5300人のダイブが今年は62人で役所の面子はたったでしょうに。
さらに経済効果もどうにも違うようである。
UFJ総研は、阪神優勝の効果は1455億円で03年の半分と発表
「それでも関西だけで709億円で、この地域の国内総生産(GDP)を0・1%近く押し上げるほど」とタイガースの影響の大きさを指摘している。
18年ぶりと2年ぶりとの違いで熱気に差があることに加え、前回急増した“にわかファン”の離脱や球界再編によるパ・リーグ人気で、阪神ファンが1500万人から1100万人へ激減したことが響くため、ともいう。
観客動員数から見るとそうでもない。
今季は四万人を超えて十二球団トップ。ダメトラ時代の一試合平均の観客数は三万人を切っていた。勝てばやはり観客動員数は増える。
過去の遺産があって巨人は二位。、中日、ソフトバンクなど上位は強いチームばかり。
やはり数字は正直だ。
例外はパ・リーグ新球団の楽天。黒星街道を独走しても観客が増え続けたから地域力はすごい。
遅くなっても帰宅が容易という強みもある
阪神は誰のもの?おおくの浪速人が気をもんでることであろう。
投資集団村上ファンドが 阪神電鉄の筆頭株主になったという。
プロ野球に500億円以上運用している
元通産官僚の村上世彰の率いるM&A集団、1983年東大法学部を卒業後、通産省に入省したキャリア。
彼は、通産省を退職後、1999年投資会社エム・エイ・シー(MAC)を設立。通称村上ファンド
必ず上がるとの神話さえあるぐらいの銘柄なのである。
あのバブル期を凌ぎ、今日は史上最高の出来高を記録したようだが つぎの銘柄に注目されてはいかがか。村上銘柄である。
3205ダイドーリミテッド
3512日本フエルト
9303住友倉庫
値上がりしても御代は要りません。
覚えてます?あのホリエモン騒動のニッポン放送の株主デモある。株式は市場から買って、2年以内に売却するのが基本方針。売却先も市場が原則。ところがTOBの売却のようである。市場外取得の法スレスレの取得ではないのか。
村上ファンドにはダーテーが付きまとう。。
「村上ファンド」が阪神電気鉄道株の26・67%を取得して筆頭株主となり、阪神百貨店株も18・19%取得したことが27日わかった。阪神ファンの動揺は先日の星野巨人へどこではないはずである。、
2年ぶりのリーグ制覇をしたタイガースに衝撃が走った
優勝を前にした日。
親会社である阪神電鉄の株が4分の1以上買い占められ子会社である同球団への影響力も行使できる状況となった。
ファンド側は現時点で経営介入の姿勢を見せていないが、23日に持った話し合いでいきなり増配を要求するなど、早くも「もの言う株主」として電光石火の動きを見せている。
村上氏はこれまでも大株主となった企業に対して事業見直しなどを要求してきた経緯があり、その過激なスタンスが手塚会長以下阪神本社の経営陣に「危機感」を与えるのは必至。
新聞から。
役員派遣球団株保有も可能となり、その保有比率が過半数を超えた場合は実質上の球団保有者、つまりオーナーとみなされる可能性もある。
一報を聞いた球団首脳の1人は「簡単に言えば『乗っ取り』というイメージでとらえられてしまう。球団経営にもいろんな要求をしてくるのではないか」とし、
球団創設70年目で初めて迎えた「外部資本参入危機」という事態に戦々恐々の表情。
阪神電鉄はタイガースという「最大の資産」に加え、商業施設などの不動産も豊富に有する。
ファンド関係者は「阪神の財務内容は以前から研究していた」とも明かす。
株式取得はタイガースのセ・リーグ優勝を目前にして株価が急騰する中、絶妙のタイミングで仕掛けられていた。
阪神電鉄は村上氏の経営参画を想定した準備にも入っている。株の買い戻しや市場対抗策などは考えておらず、いずれにしても村上氏の「次の一手」を注意深く見守る構えだ。
この日の東京証券取引所では阪神電鉄株に買いが集中し、ストップ高の945円で取引を終了した。阪神電鉄は10月1日に阪神百貨店を完全子会社にする際、百貨店1株に対し電鉄1・8株を割り当てる株式交換をする。
電鉄の試算では、交換後のファンド側の電鉄株持ち株比率はさらに上昇して約27%になる見込みだ。
「タイガースに愛着がある」という村上氏だけに球団売却などは考えにくいが、突出した大株主となった同氏率いるグループの登場は本社の根幹をも揺るがしかねず、V目前の岡田阪神に想定外のショックを与えた。
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