ウンコ事情
2007年11月26日11月26日の今日の花はサフラン。花言葉は「愛への誘い」
アヤメ科なんだが葉っぱが棕櫚の木の葉如く硬い。
チョッと薄く紫色に10月頃から咲く。
紫の中から白い花弁が薬用などのサフランとなる。」
インド店で米が黄色い場合があるがサフラン仕上げのご飯である。
紀元前16世紀ギリシャ・アテネで使用されてたようで、実に古い。
婦人薬サフランでもある。
血の道などと愛飲してたツユ子母を思い浮かべる。
1975年昭和50年きょうから8日間公労協のスト権スト。
日本の大動脈が止まった。
全国公務員も一日のスト。
国体道路・一つ葉有料道路をバスで始めて走った高揚していた時期。
早朝からびろうなお話で恐縮している。
健康のお話でも気を使わねばならない世相のようでマナーとしてお許しがいるようであるから儀礼的ではある。
女性にあった職場ゆえ、老醜で匂いを発してるようで朝昼と老醜用スプレーをかけるが紫外線破壊のフロンガスではないようではある。、
ウンコはオシリまで洗ってくれるので洋式だがどうにも異物に座るのは生理的納得はしていない。
ましてや、ウンコ健康法を生き抜く健康のバロメーターにしてるので紙を浮べその上にする。
黄色くスト〜〜ンとバナナのごときが最高の体調。
職場環境で精神的に追い詰められてるこのごろは
灰色薄緑で色が悪く体調不良の危険なシグナルを示している。
よって改善を訴えてるが如何ともしがたい。
ウンコは黄色いやや硬めが最良で食事療法的には豆、葉っぱ類の取得を体が訴えている。
有田正光は鹿児島の人で25年生で電機大建設工学科教授
「トイレで語る環境論理」を上辞予定であったが娘も反対する中でも編集者の売れるホントするため
「ウンコに学べ」筑摩選書とした。
その本を元にたけしとの対談紙面があった。
来月3日から世界水サミットが大分別府で開催されるが参加されるのであろうか。
テレビではウンkネタは差別用語で使えぬらしい。
落語でこのような高座を持ったらどうだろう。
歩いているとウンコに似たものが落ちている。
踏むと大変なので確かめようとする。
「落ちてるところに近寄ると、どうもウンコである。」
「顔を近づけるとウンコである。」
「臭いをかいで見るやはりウンコだ。」
「指でつついてみるとどうにもウンコである」。
「舐めてみて本当にウンコであることがわかった。」
「ああよかった踏まなくて。」
禁酒番屋のションベンでエバル武士に庶民魂の意地を示すジャンルのナンセンス・与太郎話。
円鏡=円蔵や兄さんの林家三平で演ずれば聴けなくもない。
円楽がガン手術を終え退院したよかったですね。
ところが離婚話の衝撃が走る。
その帝国ホテルでの悲しくない演出の金の屏風を背にマスコミを楽しませた。
異様なる時間。
落語界のリーダー春風亭小朝(51)と婦人泰葉(46)の会見である。
この会見と架けまして私泰葉と解きます・・怖さしらず=小朝しらずのギャグを飛ばす妻たる泰葉。
峰竜太婦人の姉たる美どりとは仲が悪いに引く会場。
写真では隅で涙ぐんでる現正蔵と一平が印象的。
正蔵(44)はこぶ平がその芸風の違いを超え小朝の努力もあり無事襲名した。
一平(36)は来春三平を継ぐ。
師匠三平から託された二人の道は見届けた。
林家一門安泰である。
海老名家に尽くしきった小朝師匠の粋やよし。
林家正蔵=彦六の弟子は春風亭柳朝。その弟子が春風亭小朝。
小さいとき両親の離婚で父と共に父の母のもとで育った苦労人の人。
父親は小さいときから小朝の高座を見守るだけ。
誰もこの落語の寵児を助け得ない。
NHK横丁の若様のフレーズの時には苦労を微塵もみせず大物ぶりが凝縮され、ひときわ目立った。
いずれ小朝時代の到来は落語ファン誰も信じて疑わなかった。
88年林家の次女との結婚。
「ハハ〜ン大名跡のお膳立て・・」
結婚のとき誰しも思ったことであろう。19年を経た。
小朝連続続30日は銀座博品館で田舎から上京、二日立ち会った。
入場のしおりは実際の押し花が表紙明けを飾ってた上品なもの。
声枯れが可哀想であった。
日暮里の三平堂の第一号入館者は何を隠そうこのせきやんである。
あの嫌いな芸風が努力の人三平の笑いであったのをみて、泣いた。
二階に上がるところにこの開館の前日閉館したサトハチローの等身大のポスター
今年2月久しぶりの来館でそれがないので気づいた。
ここ三平堂は一軒の独立家であった。
海老名家は広大なる屋敷で前庭はすこぶる広く欅などが茂っていた。
屋敷が処分されこじんまりな海老名家となっていた。
落語の話なのにオチさえない。
林家は悲しい家。
オット!ウンコの話。
毎朝御用を足すのにご丁寧な方は一日二回も身近なるものなのに
どうにも体内から離れると嫌われ居場所がない。
体内から離れた瞬間もう嫌われている。
一気に水に流されうが行く末までは考えもしない。
ウンコは海洋投棄で処理されていた。
それも07年2月までである。
焼酎のカスも今年つい先月の完全禁止前までやっていた。
「その男凶暴につき」の映画のワンシーン。
千住橋より石を船に向かって投げるシーン
糞尿を海洋投棄するための専用船である。
捨てられたウンコをプランクトンが分解
魚が寄ってきてプランクトンを食べる
魚を狩猟し食する人間さま。
基本的単純なる食物連鎖のサイクル社会が存在していた。
ウンコは有機物の塊。二つの細菌が自然の分解でつく。
好気性細菌は酸素がいる。
嫌気性細菌は酸素を使わない。発酵腐敗するのはこれである。
嫌なにおいはバクテリアがウンコを分解する後の有機物がなくなるとバクテリア同士が食い合う
そのときの臭いがあのいやな匂いである。
完全に分解する三ヶ月もすると匂わなくなる。
事例をみることができる。どこか。
過酷な野クソ環境をみることができる。
釣りで磯の岩場を見たときにビックリしたことがある。
釣り糸の辛味は別として野クソのあちこちには農家育ちのせきやんも流石に閉口した。
風化が早い場所とはゆえ、壮絶なるもの。
海に放り込めば魚の餌になるのにモラルはない。
なにが太公望などと風流人を気取ってる場合かと憤った次第。
東京湾は干潟を埋め尽くし干潟の環境浄化能力が無くなって来た。
残りは1割程度。
その盤州干拓保存運動がそこを埋め立て下水処理場建設反対となっている。
数十万人分の下水処理能力がある干潟に同じ規模の人口施設建設の論理。
朝の流した後の家庭排水の行き先である
下水場の施設はこうである。
浄化の前にまずゴミ取り。
バクテリアに食べさせる
空気活性化で空気を送り込む。攪拌。
バクテリアの処理の速度は速い
バクテリアはゼラチン状の塊となる。
活性汚泥である。
沈殿する水分と分離する。
汚泥に変化させ回収
焼き固めレンガにしてるところもある。
処理される過程が自然の摂理
応用した科学にもとづいた
水理学流体力学の公共事業との接点での貢献もあり、、堤防環境が整った。
汚染浄化に進化させ生物的知識が必要となる。
土木建設応用できる学問を作り上げつつある段階。
宮崎のメインストリート橘通りは人影も少ないが12月からタバコの喫飲、ゴミのポイ捨て2000円の罰金である。
農業振興区域の田んぼを潰してイオンに毎日数万人が押しかけるが市街地には人はいない。
なにも知らない観光客のみが取り締まられよう。
観光の古き伝統にそぐわぬ笑止の愚策。
さらに車両渋滞を招く橘通りの一車線減での公園化案と同様である。
全国初のコミュニティ税金導入も迫ってこよう。
津村市政も驕りが出てきたが後釜に市長の選挙戦を戦った戸敷を再度擁立しようとニシタチ飲食組合が動いている。
今日の地元紙のニュースで仕事仲間だった三谷美徳(61)の研究が公表されている。
紀元2600年の昭和15年を前に日本の故郷、天孫降臨の地に誘わんとのパンフレット。
黒木知事=岩切章太郎以前から観光政策はあったわけである。
神の使わせたそのまんま知事効果で全国初であろう県庁が観光スポットとなっている。
30万都市になり県と同じ施工力のある宮崎市の驕りが出てるようで公園化に東国原知事はGO!サインを出していない。
長友テイゾー市長と県知事が不仲で市政の停滞が会った時期に立ち戻らなければよいがどうしたものか。
宮崎には政治的暗部が横たわっている。
江藤VS黒木の怨念の対立である。
せっかく江藤隆美VS黒木博知事=知事の娘婿上杉光弘の構図が江藤隆美の客死で安心してる矢先である。
ゴミポイ捨ては環境倫理から説くしかない。
文系的哲学が絡む。
土木的には衛生工学といわれる分野。
宮崎の中心たる中央郵便局うらあたりでさえ、ほんの先年水洗化されたばかり。
東京の足立区内もトイレは汲み取りが数年前まで主流であった。
中国北京オリンピックが360日を割ったがトイレ問題はなんら解決していない。
汲み取りの時には「いただきます」といって汲み取り人が作業をして
大根など、代金代わりをおいていったらしい。
「化学肥料の時代が早くくればいい。」が幼きものの率直な気持ち。
お金で買うのでキンピ=金肥
言葉のキンピはヨチヨチ歩きの頃から知っていたが「金肥」を知ったときのナルホド度。
子供の知恵では肥溜めの重要性は理解できるはずがない。
ある程度の科学知識が無いとわからない。
ウンコはリンや窒素栄養塩に分解される。
植物はそれで育っている。
いまは偏差値のみで若い人々の日常が成立して食物の主要物にウンコがあることさえ知らぬ。
食さえまともにとっていないインスタント世代。
まともな精子や卵子が体内にあるんであろうか。
切れる世代がわからずでもない。
メコン川の料理店が魚がメイン。
急にもよおして来たので店主にトイレを聞くと裏にあるという。
裏には魚の泳いでる小さき池=肥溜めに二本の板が架けてあるだけ。
ポッチョン便所である。
覗くと売り物の魚が泳いでいた。
「先ほど名物料理として食したばかりの生き作りがなに知らぬ顔で泳いでいる。・・」
石垣島でのたけしの総領弟子のそのまんま東の逸話。
ダンカンと海にもぐる。
ウンコをしたそのまんま東の後に群がる熱帯魚。食べ始めた。
綺麗なのか臭いのかわからぬ状態のそのまんま式観光まき餌。
よもやお忘れ、記憶にないではありますまいな、東国原知事さ〜〜ん。
気仙沼の漁民がカキ生息をめぐり、遠き山に漁民の植林が実施される。
川を通じて落ち葉から染み出した豊富な栄養の水と海水が混ざるところにプランクトンが発生し
カキが豊富に生息する。自然の恵みは自然体系がもたらしている証左である。
日向高鍋カキは小丸川河口にに生息する。
日向灘の荒海のみの自然の恵みだけではないのである。
小丸はおまるの便器に通ずる。
バキュームカーは川崎市が発明し廃棄船をもたぬため砂浜に投棄していた。
土の中長い間で土に返る。総量が限界を超え処理法は破壊した。
赤潮、アオコの発生は人災である。
ミクロキスチィスは植物プランクトンで青い粉になる。
光合成は表面のみで水の下のほうでは酸欠で光合成がないので貧酸素水。
シジミ、貝などの死滅、赤潮でえら呼吸ができず窒息死。
浄化できなかったものはぬけて海に出る
一度荒れた状態になったらそのまま。
諫早有明に下水場から処理水が流れこむ。
ノリ養殖で酸素が減る。
対策はは浄化槽を家庭で造る。
生物的高次処理を併設する。
公共的高次処理施設は費用が高いため30箇所しかない。
施設が完備しても、カドニュム、水銀六課クロムなどの重金属は海洋に出る。
他にもトリハロメタン、ダイオキシン、農薬有機塩素系化合物、環境ホルモン、油、塩素消毒もそうである。
今も海に流れ内湾は有機汚染状態。ただまだ人間が生きる環境にはある。
海が汚れたら陸はない。
いまは砂漠化、温暖化の方が優先されている。
ウンコは肥料と使用されていた。
農家の幼子は一生懸命に田畑に撒いた。
水田とウンコは共存していた世界に例のない瑞穂の国の循環型生活スタイルであった。
下水処理の役割もあった水田稲作農業。
水田の基本の土・。好気層と嫌気層。
表面積が広く空気中から酸素を取り入れ浄化、水は土中に浸透させた。
洪水対策でもあった。川堤防の役割である。
水の調整保水の役目があったのである。
水田は食料生産基地だけでない。多機能を持っていたのである。
ルイ14世紀のベルサイユに象徴される静養の汚物処理の未成熟はお恥ずかしい。
パリロンドンでも部屋の小丸で済ました後は二階、三階から下に投げた。
掛け声をして投げるのがマナー。
なにがマナーなのか本性がわからぬ「なんのこっちゃ〜マナー。」
所詮マナー常識なぞ存外そんなもの。時代の所産にすぎぬ。
これでハイヒールが発明されたのはベルサイユというのもシタリ顔で頷ける。
噴水があれほど立派なのに西洋人の無頓着には驚く。
コレラで国民の大多数が死んでいく歴史を何度となく繰り返す意味が
ウンコ処理ににあったことがここに意味解かれる。
江戸都市環境の清潔に驚いた幕末に渡来した西洋人。
便所の生活文化発達がオシッコ・ウンコを分けた。
窒素分がほとんどで作物ごとに分けて利用した農業。
自然循環を見事に体系化してた農業。
小2〜3の頃分校の授業では柄杓で便層から樽に汲み取り、山上にある校畑にウンコ群の液体物=ダルを運んだ。
二人で担ぐ訳だが真中に樽=タンゴ、臭くて後ろにつくほうが大変。
作業をさせるだけで、作物への必要なこと、食の大事さが解かれないないので苦だけが残り、楽しくはない。
体ごと教え知らされたウンコとのイヤイヤながらの共存の生活。
文明の人類の発達史のインダス・モヘンジョ・ダロにも見られぬウンコの処理。
ただひたすら捨てる、見えないところに排除するワザ。
あの地下排水施設は衛生思想のコレラ対策ではなく、雨水の下水処理に過ぎなかったのである。
日本の鎌倉時代には便所は存在していた。
残されてる風景図にも厠は描かれている。」
それどころか回虫は縄文遺跡さえ、さかのぼれる。
作物とウンコ処理がされていたことを示している。
貴族はオマルに済ました。小丸は重宝がられた。
呪力のあるウンコゆえの名残が残る。
不浄は鬼、魔物も嫌うゆえ、子供を守るため幼名とした。
牛若・・「丸」とか「麻呂」とかしたのである。
田に撒かれたウンコの栄養素が無学で説明できぬが稲尾として結実してることを
農民は知って、信じていたので稲穂を黄金色と呼んでいる。
朝の行事たる水洗トイレでウンコノ流れるを考えるもいいが流されるための補助役の水。
ウンコの倍の水体積容量が流れ去っていっていよう。
さらにウオーシュレットが拍車をかける。
以前より余計に使う状況にあろう。
顔を洗うとき出しっぱなしで洗う
傲慢なる生活の水の無駄使い。
12月3日から世界水サミットが大分県別府で開催される。
水田、湖水、池がなくなり水辺植物が毎日消滅していっている。
湖水を見ると浄化効果を見ることができる。
樹木、アシ、ホテイアオイと水の浄化の植物群があり、エコトーンとよぶ。
開発との戦いに生き残った貴重なる風景でいとおしい。
この長き雑文〜〜こりゃぁ〜〜きっと悪質便秘だなぁ〜〜
ウンコの話ゆえ水に流してください!・・・・・ください ザブトン・・・
アヤメ科なんだが葉っぱが棕櫚の木の葉如く硬い。
チョッと薄く紫色に10月頃から咲く。
紫の中から白い花弁が薬用などのサフランとなる。」
インド店で米が黄色い場合があるがサフラン仕上げのご飯である。
紀元前16世紀ギリシャ・アテネで使用されてたようで、実に古い。
婦人薬サフランでもある。
血の道などと愛飲してたツユ子母を思い浮かべる。
1975年昭和50年きょうから8日間公労協のスト権スト。
日本の大動脈が止まった。
全国公務員も一日のスト。
国体道路・一つ葉有料道路をバスで始めて走った高揚していた時期。
早朝からびろうなお話で恐縮している。
健康のお話でも気を使わねばならない世相のようでマナーとしてお許しがいるようであるから儀礼的ではある。
女性にあった職場ゆえ、老醜で匂いを発してるようで朝昼と老醜用スプレーをかけるが紫外線破壊のフロンガスではないようではある。、
ウンコはオシリまで洗ってくれるので洋式だがどうにも異物に座るのは生理的納得はしていない。
ましてや、ウンコ健康法を生き抜く健康のバロメーターにしてるので紙を浮べその上にする。
黄色くスト〜〜ンとバナナのごときが最高の体調。
職場環境で精神的に追い詰められてるこのごろは
灰色薄緑で色が悪く体調不良の危険なシグナルを示している。
よって改善を訴えてるが如何ともしがたい。
ウンコは黄色いやや硬めが最良で食事療法的には豆、葉っぱ類の取得を体が訴えている。
有田正光は鹿児島の人で25年生で電機大建設工学科教授
「トイレで語る環境論理」を上辞予定であったが娘も反対する中でも編集者の売れるホントするため
「ウンコに学べ」筑摩選書とした。
その本を元にたけしとの対談紙面があった。
来月3日から世界水サミットが大分別府で開催されるが参加されるのであろうか。
テレビではウンkネタは差別用語で使えぬらしい。
落語でこのような高座を持ったらどうだろう。
歩いているとウンコに似たものが落ちている。
踏むと大変なので確かめようとする。
「落ちてるところに近寄ると、どうもウンコである。」
「顔を近づけるとウンコである。」
「臭いをかいで見るやはりウンコだ。」
「指でつついてみるとどうにもウンコである」。
「舐めてみて本当にウンコであることがわかった。」
「ああよかった踏まなくて。」
禁酒番屋のションベンでエバル武士に庶民魂の意地を示すジャンルのナンセンス・与太郎話。
円鏡=円蔵や兄さんの林家三平で演ずれば聴けなくもない。
円楽がガン手術を終え退院したよかったですね。
ところが離婚話の衝撃が走る。
その帝国ホテルでの悲しくない演出の金の屏風を背にマスコミを楽しませた。
異様なる時間。
落語界のリーダー春風亭小朝(51)と婦人泰葉(46)の会見である。
この会見と架けまして私泰葉と解きます・・怖さしらず=小朝しらずのギャグを飛ばす妻たる泰葉。
峰竜太婦人の姉たる美どりとは仲が悪いに引く会場。
写真では隅で涙ぐんでる現正蔵と一平が印象的。
正蔵(44)はこぶ平がその芸風の違いを超え小朝の努力もあり無事襲名した。
一平(36)は来春三平を継ぐ。
師匠三平から託された二人の道は見届けた。
林家一門安泰である。
海老名家に尽くしきった小朝師匠の粋やよし。
林家正蔵=彦六の弟子は春風亭柳朝。その弟子が春風亭小朝。
小さいとき両親の離婚で父と共に父の母のもとで育った苦労人の人。
父親は小さいときから小朝の高座を見守るだけ。
誰もこの落語の寵児を助け得ない。
NHK横丁の若様のフレーズの時には苦労を微塵もみせず大物ぶりが凝縮され、ひときわ目立った。
いずれ小朝時代の到来は落語ファン誰も信じて疑わなかった。
88年林家の次女との結婚。
「ハハ〜ン大名跡のお膳立て・・」
結婚のとき誰しも思ったことであろう。19年を経た。
小朝連続続30日は銀座博品館で田舎から上京、二日立ち会った。
入場のしおりは実際の押し花が表紙明けを飾ってた上品なもの。
声枯れが可哀想であった。
日暮里の三平堂の第一号入館者は何を隠そうこのせきやんである。
あの嫌いな芸風が努力の人三平の笑いであったのをみて、泣いた。
二階に上がるところにこの開館の前日閉館したサトハチローの等身大のポスター
今年2月久しぶりの来館でそれがないので気づいた。
ここ三平堂は一軒の独立家であった。
海老名家は広大なる屋敷で前庭はすこぶる広く欅などが茂っていた。
屋敷が処分されこじんまりな海老名家となっていた。
落語の話なのにオチさえない。
林家は悲しい家。
オット!ウンコの話。
毎朝御用を足すのにご丁寧な方は一日二回も身近なるものなのに
どうにも体内から離れると嫌われ居場所がない。
体内から離れた瞬間もう嫌われている。
一気に水に流されうが行く末までは考えもしない。
ウンコは海洋投棄で処理されていた。
それも07年2月までである。
焼酎のカスも今年つい先月の完全禁止前までやっていた。
「その男凶暴につき」の映画のワンシーン。
千住橋より石を船に向かって投げるシーン
糞尿を海洋投棄するための専用船である。
捨てられたウンコをプランクトンが分解
魚が寄ってきてプランクトンを食べる
魚を狩猟し食する人間さま。
基本的単純なる食物連鎖のサイクル社会が存在していた。
ウンコは有機物の塊。二つの細菌が自然の分解でつく。
好気性細菌は酸素がいる。
嫌気性細菌は酸素を使わない。発酵腐敗するのはこれである。
嫌なにおいはバクテリアがウンコを分解する後の有機物がなくなるとバクテリア同士が食い合う
そのときの臭いがあのいやな匂いである。
完全に分解する三ヶ月もすると匂わなくなる。
事例をみることができる。どこか。
過酷な野クソ環境をみることができる。
釣りで磯の岩場を見たときにビックリしたことがある。
釣り糸の辛味は別として野クソのあちこちには農家育ちのせきやんも流石に閉口した。
風化が早い場所とはゆえ、壮絶なるもの。
海に放り込めば魚の餌になるのにモラルはない。
なにが太公望などと風流人を気取ってる場合かと憤った次第。
東京湾は干潟を埋め尽くし干潟の環境浄化能力が無くなって来た。
残りは1割程度。
その盤州干拓保存運動がそこを埋め立て下水処理場建設反対となっている。
数十万人分の下水処理能力がある干潟に同じ規模の人口施設建設の論理。
朝の流した後の家庭排水の行き先である
下水場の施設はこうである。
浄化の前にまずゴミ取り。
バクテリアに食べさせる
空気活性化で空気を送り込む。攪拌。
バクテリアの処理の速度は速い
バクテリアはゼラチン状の塊となる。
活性汚泥である。
沈殿する水分と分離する。
汚泥に変化させ回収
焼き固めレンガにしてるところもある。
処理される過程が自然の摂理
応用した科学にもとづいた
水理学流体力学の公共事業との接点での貢献もあり、、堤防環境が整った。
汚染浄化に進化させ生物的知識が必要となる。
土木建設応用できる学問を作り上げつつある段階。
宮崎のメインストリート橘通りは人影も少ないが12月からタバコの喫飲、ゴミのポイ捨て2000円の罰金である。
農業振興区域の田んぼを潰してイオンに毎日数万人が押しかけるが市街地には人はいない。
なにも知らない観光客のみが取り締まられよう。
観光の古き伝統にそぐわぬ笑止の愚策。
さらに車両渋滞を招く橘通りの一車線減での公園化案と同様である。
全国初のコミュニティ税金導入も迫ってこよう。
津村市政も驕りが出てきたが後釜に市長の選挙戦を戦った戸敷を再度擁立しようとニシタチ飲食組合が動いている。
今日の地元紙のニュースで仕事仲間だった三谷美徳(61)の研究が公表されている。
紀元2600年の昭和15年を前に日本の故郷、天孫降臨の地に誘わんとのパンフレット。
黒木知事=岩切章太郎以前から観光政策はあったわけである。
神の使わせたそのまんま知事効果で全国初であろう県庁が観光スポットとなっている。
30万都市になり県と同じ施工力のある宮崎市の驕りが出てるようで公園化に東国原知事はGO!サインを出していない。
長友テイゾー市長と県知事が不仲で市政の停滞が会った時期に立ち戻らなければよいがどうしたものか。
宮崎には政治的暗部が横たわっている。
江藤VS黒木の怨念の対立である。
せっかく江藤隆美VS黒木博知事=知事の娘婿上杉光弘の構図が江藤隆美の客死で安心してる矢先である。
ゴミポイ捨ては環境倫理から説くしかない。
文系的哲学が絡む。
土木的には衛生工学といわれる分野。
宮崎の中心たる中央郵便局うらあたりでさえ、ほんの先年水洗化されたばかり。
東京の足立区内もトイレは汲み取りが数年前まで主流であった。
中国北京オリンピックが360日を割ったがトイレ問題はなんら解決していない。
汲み取りの時には「いただきます」といって汲み取り人が作業をして
大根など、代金代わりをおいていったらしい。
「化学肥料の時代が早くくればいい。」が幼きものの率直な気持ち。
お金で買うのでキンピ=金肥
言葉のキンピはヨチヨチ歩きの頃から知っていたが「金肥」を知ったときのナルホド度。
子供の知恵では肥溜めの重要性は理解できるはずがない。
ある程度の科学知識が無いとわからない。
ウンコはリンや窒素栄養塩に分解される。
植物はそれで育っている。
いまは偏差値のみで若い人々の日常が成立して食物の主要物にウンコがあることさえ知らぬ。
食さえまともにとっていないインスタント世代。
まともな精子や卵子が体内にあるんであろうか。
切れる世代がわからずでもない。
メコン川の料理店が魚がメイン。
急にもよおして来たので店主にトイレを聞くと裏にあるという。
裏には魚の泳いでる小さき池=肥溜めに二本の板が架けてあるだけ。
ポッチョン便所である。
覗くと売り物の魚が泳いでいた。
「先ほど名物料理として食したばかりの生き作りがなに知らぬ顔で泳いでいる。・・」
石垣島でのたけしの総領弟子のそのまんま東の逸話。
ダンカンと海にもぐる。
ウンコをしたそのまんま東の後に群がる熱帯魚。食べ始めた。
綺麗なのか臭いのかわからぬ状態のそのまんま式観光まき餌。
よもやお忘れ、記憶にないではありますまいな、東国原知事さ〜〜ん。
気仙沼の漁民がカキ生息をめぐり、遠き山に漁民の植林が実施される。
川を通じて落ち葉から染み出した豊富な栄養の水と海水が混ざるところにプランクトンが発生し
カキが豊富に生息する。自然の恵みは自然体系がもたらしている証左である。
日向高鍋カキは小丸川河口にに生息する。
日向灘の荒海のみの自然の恵みだけではないのである。
小丸はおまるの便器に通ずる。
バキュームカーは川崎市が発明し廃棄船をもたぬため砂浜に投棄していた。
土の中長い間で土に返る。総量が限界を超え処理法は破壊した。
赤潮、アオコの発生は人災である。
ミクロキスチィスは植物プランクトンで青い粉になる。
光合成は表面のみで水の下のほうでは酸欠で光合成がないので貧酸素水。
シジミ、貝などの死滅、赤潮でえら呼吸ができず窒息死。
浄化できなかったものはぬけて海に出る
一度荒れた状態になったらそのまま。
諫早有明に下水場から処理水が流れこむ。
ノリ養殖で酸素が減る。
対策はは浄化槽を家庭で造る。
生物的高次処理を併設する。
公共的高次処理施設は費用が高いため30箇所しかない。
施設が完備しても、カドニュム、水銀六課クロムなどの重金属は海洋に出る。
他にもトリハロメタン、ダイオキシン、農薬有機塩素系化合物、環境ホルモン、油、塩素消毒もそうである。
今も海に流れ内湾は有機汚染状態。ただまだ人間が生きる環境にはある。
海が汚れたら陸はない。
いまは砂漠化、温暖化の方が優先されている。
ウンコは肥料と使用されていた。
農家の幼子は一生懸命に田畑に撒いた。
水田とウンコは共存していた世界に例のない瑞穂の国の循環型生活スタイルであった。
下水処理の役割もあった水田稲作農業。
水田の基本の土・。好気層と嫌気層。
表面積が広く空気中から酸素を取り入れ浄化、水は土中に浸透させた。
洪水対策でもあった。川堤防の役割である。
水の調整保水の役目があったのである。
水田は食料生産基地だけでない。多機能を持っていたのである。
ルイ14世紀のベルサイユに象徴される静養の汚物処理の未成熟はお恥ずかしい。
パリロンドンでも部屋の小丸で済ました後は二階、三階から下に投げた。
掛け声をして投げるのがマナー。
なにがマナーなのか本性がわからぬ「なんのこっちゃ〜マナー。」
所詮マナー常識なぞ存外そんなもの。時代の所産にすぎぬ。
これでハイヒールが発明されたのはベルサイユというのもシタリ顔で頷ける。
噴水があれほど立派なのに西洋人の無頓着には驚く。
コレラで国民の大多数が死んでいく歴史を何度となく繰り返す意味が
ウンコ処理ににあったことがここに意味解かれる。
江戸都市環境の清潔に驚いた幕末に渡来した西洋人。
便所の生活文化発達がオシッコ・ウンコを分けた。
窒素分がほとんどで作物ごとに分けて利用した農業。
自然循環を見事に体系化してた農業。
小2〜3の頃分校の授業では柄杓で便層から樽に汲み取り、山上にある校畑にウンコ群の液体物=ダルを運んだ。
二人で担ぐ訳だが真中に樽=タンゴ、臭くて後ろにつくほうが大変。
作業をさせるだけで、作物への必要なこと、食の大事さが解かれないないので苦だけが残り、楽しくはない。
体ごと教え知らされたウンコとのイヤイヤながらの共存の生活。
文明の人類の発達史のインダス・モヘンジョ・ダロにも見られぬウンコの処理。
ただひたすら捨てる、見えないところに排除するワザ。
あの地下排水施設は衛生思想のコレラ対策ではなく、雨水の下水処理に過ぎなかったのである。
日本の鎌倉時代には便所は存在していた。
残されてる風景図にも厠は描かれている。」
それどころか回虫は縄文遺跡さえ、さかのぼれる。
作物とウンコ処理がされていたことを示している。
貴族はオマルに済ました。小丸は重宝がられた。
呪力のあるウンコゆえの名残が残る。
不浄は鬼、魔物も嫌うゆえ、子供を守るため幼名とした。
牛若・・「丸」とか「麻呂」とかしたのである。
田に撒かれたウンコの栄養素が無学で説明できぬが稲尾として結実してることを
農民は知って、信じていたので稲穂を黄金色と呼んでいる。
朝の行事たる水洗トイレでウンコノ流れるを考えるもいいが流されるための補助役の水。
ウンコの倍の水体積容量が流れ去っていっていよう。
さらにウオーシュレットが拍車をかける。
以前より余計に使う状況にあろう。
顔を洗うとき出しっぱなしで洗う
傲慢なる生活の水の無駄使い。
12月3日から世界水サミットが大分県別府で開催される。
水田、湖水、池がなくなり水辺植物が毎日消滅していっている。
湖水を見ると浄化効果を見ることができる。
樹木、アシ、ホテイアオイと水の浄化の植物群があり、エコトーンとよぶ。
開発との戦いに生き残った貴重なる風景でいとおしい。
この長き雑文〜〜こりゃぁ〜〜きっと悪質便秘だなぁ〜〜
ウンコの話ゆえ水に流してください!・・・・・ください ザブトン・・・