原発住民投票条例の市長選挙
2010年7月26日 お仕事今日の誕生日の花は・・ムクゲ
花言葉は・・・・・・柔和、デリケートな美
芙蓉・ハイビヅカス族
午前3時頃花を開き夕方閉じる。
韓国国花で中国原産。
しろむくげ ことばみじかく わかれけり
遠くで夏の風物詩の花火の音
蚊の気配を感じるわけではないのに
日本の夏金鳥の夏の脳髄のためかとも思いつつ蚊取り線香に火をつけた。
相槌をうつが如く「チリン」と風鈴が頷いてくれた。
頂き物である。
お天等様と作付けの皆様のお陰様である。
新米は香りに尽きる。
もちろん歯あたりが良く美味いッ!。
味噌汁に目刺しの腸までいただけるうるめのほうで頂く。
海苔も秘蔵の飛びっきり上等。
う~ん。
よくぞ日本人に生まれけり。
コメ産地では緑色の小さきカメムシみたいが飛び交い吊った蚊帳に留まって中をうかがう
食っつかれると蚊どころではない。痛い。
喰い付かれた所が何日か腫れて痛痒く始末に終えない。
「誰さんと頃ジャァ。ツマグロで等外がでっどいー」
吸血性と奇妙なツマグロヨコバイという稲穂について生育を少し遅らせる害虫。
山村の村でも農薬散布が始まっていた。
ただこの時期ヘリによる集落地区単位の空からの集注散布ないゆえホタルが乱舞。
給排水の溝には黒い糸トンボが飛び交い多趣の魚がいた。
秋には赤とんぼが西山の夕焼け風景を遮るほど群れ飛んでいた。
夏の夜は虫たちの一大オーケストラ。
昼間のセミの落雷の如き音とは一味違う五月蠅さ。
生活害虫の蚊、ブトは真っ黒になるほど蚊柱ブト柱をつくってて
自転車で走ってると巻き込まれることがあったホド。
そうなると口目、耳まで酷い状態。
蚊柱とは上手く言ったもんだあの頃の大自然情況を思わす。
最初の散布器械は体の前にお臍の上から肩口ぐらいまでの大きさに粉農薬を満タンにする。
たしかDDT、水溶液スミチオン。
噴霧器は背中。
途中で圧をあげるため右手でのんだハンドルをしゃくる。
一番危険視したのは確か土壌燻蒸剤クロルピクリン・・
幼き頃記憶ゆえ不確かではあるが三つ子の魂百までである。
茶褐色のビン。粉末剤は二重の中のフクロが赤いと危険。
たしか大雑把そんな理解の区分け。
危険なやつはアンチャン、親父たち大人任せ。
「薬降り済ましチョットか」
「ツマグロにやられチョリャぁせんじゃろねー」
除草剤は収益性で勿体無いので這ってゴロゴロを廻して除草。
カルガモ農法とか言うが
チャンチャラオカシ
隣の田んぼを気にして集団作物が地域農業である。
水路無きゆえ貰い水ゆえの農業。
夜が水落としの稲作農家の勝負どころ。
田んぼイッパイ満タンにしてあるのを見透かし水落とし。
村の集まりのときに追求されても
幼子のしたことゆえで済ませることが出来る。
生きることはたたかいであった。
農協の出荷場に出される俵詰めに成果が出る
等級検査後に
「パン、パ~ン」と柄杓長さぐらいの先にある紫インクの丸印の判が叩かれていく
一個は一等米、二個は二等米。
たしか5等米もあった。
数多いほど等級が下。
等級ごとに並べられ一等米俵が多いほど「エッヘン」
その頃の農協支所長でなく職員がいま全国JA副会長、宮崎JA・四連の会長羽田正治、ツトムあんちゃんである。
偉くなったもんだ
昔なら温水三郎なりで代議士先生である。
その一等米を増やすために農薬剤を使った。
残留農薬量ナゾは等級に関係なかった自己申告。
等外を持って帰る恥ずかしさ、悔しさたら~あったもんじゃぁ~ない。
社会制度システムは解ってなくとも引き取って貰えなかった事は幼きなりに理解できた。
兄らがわざと荷馬車の大ハチに等外米俵を乗せ一番幼子の爺目を乗っけて
等級判定員まえを・ゆっくり廻る・・すぐ帰らない。
今思えばデモストレーション、威圧。
何俵かでも「引き取ってー」の嫌味であったんだろう
スルト人情である。
農協支所預かりでひきとって、違う伝票処理・・ダッタと今思う。
そいで持ち帰りが少なくなったのを確認して村中心を通って我が家に凱旋。
村の中心のお店は量り売り焼酎の酒場を兼ねていた。
馬喰りょうドンが何人か不思議とハッチング帽子の井手達
手にタバコは茶色の新生か緑色のバットをもちニャニャ。
あいまにコップ冷焼酎
勤労集落地域に変な人種が共生であったもんだ。
「アララッ・・持って帰えっちょる」
「等外ジャッター」
よーく情況が解らぬままの大八車の等外俵のうえの幼子の爺目。
村人に冷かしカラカイまでとはいかぬ会話を終え我が家はすぐそこ。
「かえってきたどー」
「あらら・・どんげしたとー」
「オオッ!そんくらいで・・済んだか」
父と母、
爺と婆では言葉が違う。
「こりゃぁ、はみつけて食わにゃぁいかんなぁー」
長兄がボソッとコレは何故か効き目あり怖い。
最初の散布器械は体の前にお臍の上から肩口ぐらいまでの大きさに粉農薬を満タンにする。
右手手廻し、しながら田んぼ何条ヶずつ巻いていく
頭は麦藁帽子で口にはタオルを何枚か巻く。
目は水浴び用の水中用ガラスのスイッチメガネと完全防着。
あのころは熱心なる農家は年に二回どころか三回も稲作をした
東京での農薬に関する公演会のお話がブログアップされていた。
自然生態系で神代の代から農業は立脚している。
その中に受粉部門のミツバチの役割がある。
世界各地での異変のミツバチが巣箱に帰ってこない。
不思議にすべて消える。
神のミツバチ隠しが起きている奇怪さ。
とてもあの頃ミツバチ生態系破壊主因らしき
ネオニコチノイド系農薬ナンゾはなかった。
ご時世である。
モンサント社なんか遺伝子組み換えの各種の生態系破壊種さえ世界を席巻している。
農家作物は生命維持と少々の生活の糧の換金化作物にはあったが
資本主義的もろに市場に精鋭化しての価格競争にはなかった。
25日日経9面あいかわらずの米の価格記事が紙面を占めている。
コメ値下がり止まらず。
構造的な余剰背景に。
ウソつけ
メディアのの刷り込みである。
宮崎県産コシヒカリも記事になっている。
全国発信である。
思い出とは便利なモンである。
何故か薬散布の作業には三財川岩崎橋岩崎商工会の花火大会の記憶がだぶる。
春秋氏で教えてもらう。
風物詩の花火大会はこの民族のDNAなんかもしれない。」
昨年中止の岩手一関、長野須坂広島大竹と続々復活らしい。
三大花火地の秋田大仙「大曲の花火」は今年は100年という。
種まく人雑誌の地を訪ねた若かりし頃の情熱が今は薄れている。
今年の花火大会は全国900ヶ所という。
玉の中心から星という火薬が尾を引いて開く「菊」
最初から色の光の牡丹
無数の火花が鮮やかに咲き乱れる千輪
全国花火競技大会である。
家庭用花火は中国に席巻されてるが花火師職人は後継者難になく
若者が殺到で狭き門らしい。
暗く暑く大群衆と花火待つ。
「金鳥」の商標名で知られ大日本除虫菊株式会社も
正式な社名より商標が浸透している状態であるが創業125周年。
1886年(明治19年和歌山でみかん農園を営んでいた上山英一郎が創立者
、慶應義塾大学時代の恩師・福澤諭吉の紹介でアメリカ・サンフランシスコの植物会社社長のH・E・アモアが訪れる。
珍しい植物種苗の交換を約束される
初期の合成ピレスロイドには菊酸構造が存在したが、
現在の合成ピレスロイドには菊酸C10H16O2共通化学構造はもはや存在しない。
ピレトリンの誘導体は合成ピレスロイドと呼ばれ、アレスリンなどピレスロイド系薬剤が知られている
ピレスロイド類は昆虫類・両生類・爬虫類の神経細胞上の受容体に作用し
、Na+チャネルを持続的に開くことにより脱分極を生じさせる神経毒である。
哺乳類・鳥類の受容体に対する作用は弱い。
登録商標名の金鳥は、同社発売の蚊取り線香の銘柄に因んでおり
、シンボルマークに描かれている鶏の事である。
この鶏は故事成語である「鶏口となるも牛後となるなかれ」という諺から採られたもの
業界の先駆者として品質などあらゆる面でトップに立て、という創業者の願いが込められている。
面白く確認できること。
シンボルマークに描かれている鶏の胸の辺りには、創業者の上山英一郎の姓、
「上山」の判子を模したロゴが入っている
WIKI調べてみると
クロルピクリン は化学式 Cl3CNO2
、メタンの水素3個が塩素に、1個がニトロ基に置き換わった構造を持つ有機化合物
旬の食べ物が通年中食することが出きる経済大国日本!
この時期に今年採れのサツマイモを食した。本来は秋口に収穫する慣わし。
クリよりうまい串間の芋
と言ってもけっして誇張でもないホクホクサクサク感。
、サツマイモ=甘藷(カンショ)のことである。
九州鹿児島・熊本では、カライモといい、長崎ではサツマイモという。
関東ではやはりサツマイモ
長崎 平戸には県指定史跡「コックスの甘藷畑」跡がある。
ここは日本内地で最初にカンショが植えられた地という。
平戸の英国商館長リチャード・コックスの1615年(元和元)6月19日の日記に
「私は今日庭を造り、琉球から来た芋を植えた。日本では未だ植えられたことのないものである。
私はこの庭のために年額10匁すなわち5シリングを支払うことになっている」
とあることが裏付けである。
コロンブスがスペインに伝えたがヨーロッパでは普及しなかった。
中国へは1584年に福建に入った。
琉球へは1605年、
長崎へは1615年に初渡来とされる
江戸へは1735年に青木昆陽によってもたらされた。
、ほかに琉球あるいはルソンから薩摩への導入もあって南九州に広まり
、青木昆陽によって江戸へもたらされた。
カンショは国内外約1,400の品種が県の施設にある。
品種・系統を保存しながら焼酎原料用をはじめ製品としての
でんぷん、焼き芋などの生食用、お菓子や酢、健康食品などの加工向けに新品種を開発。
各県の畑作研究機関に試験中の系統を10種類程度配布する
焼酎原料用カンショの最新の品種「ダイチノユメ」
「ダイチノユメ」のでんぷん歩留まり28.5%、
10アール収量4,470キロに対し
「コガネセンガン」は26.5%、3,880キロ。
歩留まりで2.0%、収量で590キロも上回っている。
「ダイチノユメ」のデータを昭和40年代に開発され現在では宮崎県内の各種原料用カンショ栽培の90%以上に普及している
「コガネセンガン」とで比べると、「ダイチノユメ」のでんぷん歩留まり28.5%、10アール収量4,470キロに対し
「コガネセンガン」は26.5%、3,880キロ。歩留まりで2.0%、収量で590キロも上回っている。
畑作園芸支場で開発したサツマイモの焼酎製造に実用化されている例に「コナホマレ」がある。
今では「ダイチノユメ」。
外観は赤味を帯びた褐色で、輪切りにすると淡黄白色をしている。
甘みは少ないが、早くから太りでんぷん歩留まりが29.23%もある。10アール収量は4,820キロ。
明石酒造(えびの市)が導入し「みやざき ほまれ」の銘柄(36度)で商品化させた。
霧島酒造(都城市)の「赤霧島」(25度)には「ムラサキマサリ」が使われている。
濃い赤紫色をした外観で甘みは少ないが、輪切りにすると抗酸化能力が期待されるアントシアニン色素の含有量の
多さを示す濃い紫色をしている。
でんぷん歩留まり23.7%、10アール収量3,720キロという数字は「コガネセンガン」と同程度かやや下回る程度。
ちなみに、やはり紫色をしていてアントシアニン含有量が「ムラサキマサリ」と同程度の「アヤムラサキ」
は、でんぷん歩留まりが20.4%、10アール収量が3,010キロで、焼酎用ではメリットがない。
色素を生かしてジュース、酢やお菓子などに加工されている。
園芸作物や食用カンショに比べてこれまでどちらかといえばマイナーだった原料用カンショが脚光を浴びてきた。さまざまな特徴を持った芋の新品種開発によって本格芋焼酎の需要がさらに伸びることを期待したい。
農家は従来の「コガネセンガン」でも10アール当たり3トン収穫して15万円(1キロ50円)で販売できたが、新品種の開発で焼酎業者とともに栽培農家の所得向上にも期待が持てる。農家を組織化して増産体制を組めば、遊休農地の解消にも貢献できるだろう。
▽焼酎にはカンショ、米、麦、そばなどの農産物の原料を1回だけ蒸留させて製造する乙類(本格焼酎)と、大手酒造工場などで連続蒸留によって高濃度アルコールから製造する甲類がある。
▽宮崎県内には40社の焼酎メーカーがあり、このうちの28社で年間8万klの本格焼酎を製造し、その半分程度が芋焼酎。一方、県内で1年間に飲まれるアルコール類は合計8万7千kl。
本格芋焼酎は2万700kl程度だ。
▽宮崎県内のカンショの用途別生産量(トン)は焼酎などアルコール用8,164、でんぷん製品用1 419、加工用1万1,979、生食(青果)用2万2,280、飼料用34、種子用7の合計約4万3,800(1,843ヘクタール)。
▽全国のカンショの産地(トン)は(1)鹿児島39万3千(2)茨城19万2千(3)千葉14万2千(4)宮崎 以下静岡、徳島、熊本が続く。
鹿児島、宮崎、熊本以外では食品加工や生食用が圧倒的に多い。
新聞が伝えている。
串間市でハウス栽培された超早掘りの食用カンショ(サツマ芋)の出荷は5月末に始まっている。
9月ごろ出荷の普通の露地栽培に比べ約3カ月早く、関西方面では高級食材として珍重されている。
カンショのハウス栽培は、県内では同市大束地区の農家6軒が計1・2ヘクタールで育てている。
ハウス物は真冬の12月に植え付け、ハウス内の地温を20度前後に保って寒い冬を越させるのが特徴。
市場では貯蔵イモが底をついたころに登場するため、
高級料亭などが皮つきのてんぷら材として競って買いに走るという。
昨年は16トン余りがJA大束から出荷され、普通掘りの3倍近い平均1キロ389円で取引された。
多雨のときは日照不足で光合成が不足し、比較的小型・細身のものが多いという。
「ハウス物に続いて、これから主力の、畝にビニールをかぶせた露地物の早掘りが出回るが、
日照不足の影響があると心配JA大束営農課の島田武嗣販売係長
串間市大束では色鮮やかなカンショの 関西方面へ出荷始まった。先月末からである。
東京・目黒の、目黒不動尊には境内には「独鈷の滝」があり今も昔ながら蕩々と流れている。
裏山には青木昆陽先生の墓があり、甘藷先生として10月28日には甘藷まつりが盛大に
行われる。
カンショは、メキシコ?グアテマラ地域が原産地で、栽培化は紀元前3,000年以前らしい。
コロンブスがスペインに伝えたがヨーロッパでは普及しなかった。
これに先立ち大村純富(すみひさ)は、長崎港に出入りしていた琉球の人たちが芋を常食としているのを知り
、琉球から芋を取り奇せて栽培させ非常時に備えていた。
享保の大飢饉(1731年)では芋によって飢餓を免れた大村のことが評判となり、
幕府に望まれ、芋窯(貯蔵用に土の中に掘った貯蔵用の穴)から取り出した種芋を江戸へ送っている。
これが昆陽の芋の研究となり、栽培が全国に普及するもとになった。
五島藩では、芋が上納作物でなかったせいか栽培は奨励されなかった。
明治初年、富江町で農業と海運業を営む田中庄三郎(?1883)は鹿児島から芋を移入し、
何年もかかって芋苗の量産に成功した。
彼はこれを五島中に広め、他県にも売った。
もうけも大きかったという。
カンコロもちなどで、今は知らぬ者もないほど有名な「五島芋」。
庄三郎はその育ての親だ。
栗よりうまい串間の芋
串間市大束の芋は顎が落ちるので・・要注意・・
かつて市民を二分した原発立地論争があった串間市
日本で初めて電力会社の原発断念!の言葉を市民の力で引き出した宮崎県串間市。
しかし原発推進派は根強く機会をうかがい、いよいよ原発を争点にした市長選挙
奇奇怪怪の候補者でカムフラージュのダミーのエコ候補を含め、推進3に反対1。
農協は結束した。
しかし結果は住民投票実施の旧市長、元県議が市長に復帰
野辺修光(67)5401「原発問題は住民投票で決着」
福添忠義(67)4501「原発問題は存在せず」
武田政英(60)2446「原発施設および関連施設を受け入れない」。
井手明人(58)1393「原発問題は存在せず」
野辺修光 原発推進派で電気事業者から多額の献金ある
、前市長当時、わいろの受け取りで逮捕歴アリ。
福添忠義は90年代の原発問題発覚当時反原発市民をいじめた経緯のある原発推進派
、昨年9月議会最終日の18日井手明人議員(無所属)から動議が出された。
6議員の賛成者を得て提出した議案について説明する。
「九州電力は既に諸活動の凍結を回答してきている。
原発計画は存在せず、条例は効力を失っている」
県民は翌日の地元紙で知る。
http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/index.php?itemid=20323
宮崎県串間市
必死でブログでも闘った
とりあえずはお疲れ様でした。
ここに敬意を表します。
「JA串間市大束青年部、原発再燃なら反対運動、九電新規計画で勉強会」、
…JA串間市大束青年部は…原発に関する勉強会を…開いた。
…問題が再燃した場合にも反対運動を先導する方針を確認した。
運動の最盛期から約10年…知識を深めようと開催。(2009-1-29地元紙宮日)
どこの原発もプールは使用済み核燃料(核のゴミ)であふれかえっている。
九電でも詰め直しを行い容量を広げた。
再処理工場も事故続きで目途はたちません。
行き先がないのです。
それで中間貯蔵が出てくる訳ですが、作らせたらもう終わり、そこが最終処分場になるでしょう。
いつまでたっても、「環境か経済か」といった、変な二元論を持ち出す人がいる。
経済活動は、環境の上にしか成り立たない。
資源でも、食料でも、お金を出して買えばいいや、という問題ではない。
一次産業で、少しでも多く稼ぐことが、本質的な意味での経済の根源
この選挙はかねてより南九州に原発関連施設の建設を狙う
原子力産業期待の選挙となった。
奇妙にカムフラージュされてワザワザ三人も同じ立場で立候補。
100万年以上の危険期間を抱える放射性廃棄物の核のゴミを出し続ける
原発の宣伝に「エコ」が使われる。
活断層の上に立ってる核発電所の多さ。
串間市が活断層の地層の台地にあることは激戦で吹っ飛んだ
国家論の欠如から来るもの。
普天間も「北」もそこに依拠する。
国難ッ!
すべてそれで紐解ける。
憲法9条である。
憲法9条の精神は、日本歴史上稀に見る賢聖であられた聖徳太子の憲法十七条の精神にも共通する
、日本國家民族の底流に脈々と流れる誇り高き平和国家建設に不可欠な精神文化であり伝統でもある。
憲法9条を蔑み非武装中立を嘲笑う人がいる。
人間の霊性そして崇高なる精神の働きを溝に捨てて戦争屋に魂を売りし人々である。
野辺修光元市長、元県議が市長に復帰
勝ち誇って言っている。
「一年以内に住民投票を実施」
と当選抱負を述べた。
10数年前の原発闘争の再燃である。
歴史は繰り返される。
初めは誰にもわかるように荒らしく
二度目は装いを凝らして
複数の手段で複数候補を立てて
騙しのテクニックで。
こうてい疫で大政翼賛会状態の県民意識にある。
○1945年米英中ポツダム宣言鈴木貫太郎内閣二日後「黙殺」と発表。
○1956年なせる・スエズ国有化発表
英仏10月スエズ戦争
○確か名優名アナ森繁の逝った日
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・・・元気ください・・・
お願いいたします
プチッ!
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花言葉は・・・・・・柔和、デリケートな美
芙蓉・ハイビヅカス族
午前3時頃花を開き夕方閉じる。
韓国国花で中国原産。
しろむくげ ことばみじかく わかれけり
遠くで夏の風物詩の花火の音
蚊の気配を感じるわけではないのに
日本の夏金鳥の夏の脳髄のためかとも思いつつ蚊取り線香に火をつけた。
相槌をうつが如く「チリン」と風鈴が頷いてくれた。
頂き物である。
お天等様と作付けの皆様のお陰様である。
新米は香りに尽きる。
もちろん歯あたりが良く美味いッ!。
味噌汁に目刺しの腸までいただけるうるめのほうで頂く。
海苔も秘蔵の飛びっきり上等。
う~ん。
よくぞ日本人に生まれけり。
コメ産地では緑色の小さきカメムシみたいが飛び交い吊った蚊帳に留まって中をうかがう
食っつかれると蚊どころではない。痛い。
喰い付かれた所が何日か腫れて痛痒く始末に終えない。
「誰さんと頃ジャァ。ツマグロで等外がでっどいー」
吸血性と奇妙なツマグロヨコバイという稲穂について生育を少し遅らせる害虫。
山村の村でも農薬散布が始まっていた。
ただこの時期ヘリによる集落地区単位の空からの集注散布ないゆえホタルが乱舞。
給排水の溝には黒い糸トンボが飛び交い多趣の魚がいた。
秋には赤とんぼが西山の夕焼け風景を遮るほど群れ飛んでいた。
夏の夜は虫たちの一大オーケストラ。
昼間のセミの落雷の如き音とは一味違う五月蠅さ。
生活害虫の蚊、ブトは真っ黒になるほど蚊柱ブト柱をつくってて
自転車で走ってると巻き込まれることがあったホド。
そうなると口目、耳まで酷い状態。
蚊柱とは上手く言ったもんだあの頃の大自然情況を思わす。
最初の散布器械は体の前にお臍の上から肩口ぐらいまでの大きさに粉農薬を満タンにする。
たしかDDT、水溶液スミチオン。
噴霧器は背中。
途中で圧をあげるため右手でのんだハンドルをしゃくる。
一番危険視したのは確か土壌燻蒸剤クロルピクリン・・
幼き頃記憶ゆえ不確かではあるが三つ子の魂百までである。
茶褐色のビン。粉末剤は二重の中のフクロが赤いと危険。
たしか大雑把そんな理解の区分け。
危険なやつはアンチャン、親父たち大人任せ。
「薬降り済ましチョットか」
「ツマグロにやられチョリャぁせんじゃろねー」
除草剤は収益性で勿体無いので這ってゴロゴロを廻して除草。
カルガモ農法とか言うが
チャンチャラオカシ
隣の田んぼを気にして集団作物が地域農業である。
水路無きゆえ貰い水ゆえの農業。
夜が水落としの稲作農家の勝負どころ。
田んぼイッパイ満タンにしてあるのを見透かし水落とし。
村の集まりのときに追求されても
幼子のしたことゆえで済ませることが出来る。
生きることはたたかいであった。
農協の出荷場に出される俵詰めに成果が出る
等級検査後に
「パン、パ~ン」と柄杓長さぐらいの先にある紫インクの丸印の判が叩かれていく
一個は一等米、二個は二等米。
たしか5等米もあった。
数多いほど等級が下。
等級ごとに並べられ一等米俵が多いほど「エッヘン」
その頃の農協支所長でなく職員がいま全国JA副会長、宮崎JA・四連の会長羽田正治、ツトムあんちゃんである。
偉くなったもんだ
昔なら温水三郎なりで代議士先生である。
その一等米を増やすために農薬剤を使った。
残留農薬量ナゾは等級に関係なかった自己申告。
等外を持って帰る恥ずかしさ、悔しさたら~あったもんじゃぁ~ない。
社会制度システムは解ってなくとも引き取って貰えなかった事は幼きなりに理解できた。
兄らがわざと荷馬車の大ハチに等外米俵を乗せ一番幼子の爺目を乗っけて
等級判定員まえを・ゆっくり廻る・・すぐ帰らない。
今思えばデモストレーション、威圧。
何俵かでも「引き取ってー」の嫌味であったんだろう
スルト人情である。
農協支所預かりでひきとって、違う伝票処理・・ダッタと今思う。
そいで持ち帰りが少なくなったのを確認して村中心を通って我が家に凱旋。
村の中心のお店は量り売り焼酎の酒場を兼ねていた。
馬喰りょうドンが何人か不思議とハッチング帽子の井手達
手にタバコは茶色の新生か緑色のバットをもちニャニャ。
あいまにコップ冷焼酎
勤労集落地域に変な人種が共生であったもんだ。
「アララッ・・持って帰えっちょる」
「等外ジャッター」
よーく情況が解らぬままの大八車の等外俵のうえの幼子の爺目。
村人に冷かしカラカイまでとはいかぬ会話を終え我が家はすぐそこ。
「かえってきたどー」
「あらら・・どんげしたとー」
「オオッ!そんくらいで・・済んだか」
父と母、
爺と婆では言葉が違う。
「こりゃぁ、はみつけて食わにゃぁいかんなぁー」
長兄がボソッとコレは何故か効き目あり怖い。
最初の散布器械は体の前にお臍の上から肩口ぐらいまでの大きさに粉農薬を満タンにする。
右手手廻し、しながら田んぼ何条ヶずつ巻いていく
頭は麦藁帽子で口にはタオルを何枚か巻く。
目は水浴び用の水中用ガラスのスイッチメガネと完全防着。
あのころは熱心なる農家は年に二回どころか三回も稲作をした
東京での農薬に関する公演会のお話がブログアップされていた。
自然生態系で神代の代から農業は立脚している。
その中に受粉部門のミツバチの役割がある。
世界各地での異変のミツバチが巣箱に帰ってこない。
不思議にすべて消える。
神のミツバチ隠しが起きている奇怪さ。
とてもあの頃ミツバチ生態系破壊主因らしき
ネオニコチノイド系農薬ナンゾはなかった。
ご時世である。
モンサント社なんか遺伝子組み換えの各種の生態系破壊種さえ世界を席巻している。
農家作物は生命維持と少々の生活の糧の換金化作物にはあったが
資本主義的もろに市場に精鋭化しての価格競争にはなかった。
25日日経9面あいかわらずの米の価格記事が紙面を占めている。
コメ値下がり止まらず。
構造的な余剰背景に。
ウソつけ
メディアのの刷り込みである。
宮崎県産コシヒカリも記事になっている。
全国発信である。
思い出とは便利なモンである。
何故か薬散布の作業には三財川岩崎橋岩崎商工会の花火大会の記憶がだぶる。
春秋氏で教えてもらう。
風物詩の花火大会はこの民族のDNAなんかもしれない。」
昨年中止の岩手一関、長野須坂広島大竹と続々復活らしい。
三大花火地の秋田大仙「大曲の花火」は今年は100年という。
種まく人雑誌の地を訪ねた若かりし頃の情熱が今は薄れている。
今年の花火大会は全国900ヶ所という。
玉の中心から星という火薬が尾を引いて開く「菊」
最初から色の光の牡丹
無数の火花が鮮やかに咲き乱れる千輪
全国花火競技大会である。
家庭用花火は中国に席巻されてるが花火師職人は後継者難になく
若者が殺到で狭き門らしい。
暗く暑く大群衆と花火待つ。
「金鳥」の商標名で知られ大日本除虫菊株式会社も
正式な社名より商標が浸透している状態であるが創業125周年。
1886年(明治19年和歌山でみかん農園を営んでいた上山英一郎が創立者
、慶應義塾大学時代の恩師・福澤諭吉の紹介でアメリカ・サンフランシスコの植物会社社長のH・E・アモアが訪れる。
珍しい植物種苗の交換を約束される
初期の合成ピレスロイドには菊酸構造が存在したが、
現在の合成ピレスロイドには菊酸C10H16O2共通化学構造はもはや存在しない。
ピレトリンの誘導体は合成ピレスロイドと呼ばれ、アレスリンなどピレスロイド系薬剤が知られている
ピレスロイド類は昆虫類・両生類・爬虫類の神経細胞上の受容体に作用し
、Na+チャネルを持続的に開くことにより脱分極を生じさせる神経毒である。
哺乳類・鳥類の受容体に対する作用は弱い。
登録商標名の金鳥は、同社発売の蚊取り線香の銘柄に因んでおり
、シンボルマークに描かれている鶏の事である。
この鶏は故事成語である「鶏口となるも牛後となるなかれ」という諺から採られたもの
業界の先駆者として品質などあらゆる面でトップに立て、という創業者の願いが込められている。
面白く確認できること。
シンボルマークに描かれている鶏の胸の辺りには、創業者の上山英一郎の姓、
「上山」の判子を模したロゴが入っている
WIKI調べてみると
クロルピクリン は化学式 Cl3CNO2
、メタンの水素3個が塩素に、1個がニトロ基に置き換わった構造を持つ有機化合物
旬の食べ物が通年中食することが出きる経済大国日本!
この時期に今年採れのサツマイモを食した。本来は秋口に収穫する慣わし。
クリよりうまい串間の芋
と言ってもけっして誇張でもないホクホクサクサク感。
、サツマイモ=甘藷(カンショ)のことである。
九州鹿児島・熊本では、カライモといい、長崎ではサツマイモという。
関東ではやはりサツマイモ
長崎 平戸には県指定史跡「コックスの甘藷畑」跡がある。
ここは日本内地で最初にカンショが植えられた地という。
平戸の英国商館長リチャード・コックスの1615年(元和元)6月19日の日記に
「私は今日庭を造り、琉球から来た芋を植えた。日本では未だ植えられたことのないものである。
私はこの庭のために年額10匁すなわち5シリングを支払うことになっている」
とあることが裏付けである。
コロンブスがスペインに伝えたがヨーロッパでは普及しなかった。
中国へは1584年に福建に入った。
琉球へは1605年、
長崎へは1615年に初渡来とされる
江戸へは1735年に青木昆陽によってもたらされた。
、ほかに琉球あるいはルソンから薩摩への導入もあって南九州に広まり
、青木昆陽によって江戸へもたらされた。
カンショは国内外約1,400の品種が県の施設にある。
品種・系統を保存しながら焼酎原料用をはじめ製品としての
でんぷん、焼き芋などの生食用、お菓子や酢、健康食品などの加工向けに新品種を開発。
各県の畑作研究機関に試験中の系統を10種類程度配布する
焼酎原料用カンショの最新の品種「ダイチノユメ」
「ダイチノユメ」のでんぷん歩留まり28.5%、
10アール収量4,470キロに対し
「コガネセンガン」は26.5%、3,880キロ。
歩留まりで2.0%、収量で590キロも上回っている。
「ダイチノユメ」のデータを昭和40年代に開発され現在では宮崎県内の各種原料用カンショ栽培の90%以上に普及している
「コガネセンガン」とで比べると、「ダイチノユメ」のでんぷん歩留まり28.5%、10アール収量4,470キロに対し
「コガネセンガン」は26.5%、3,880キロ。歩留まりで2.0%、収量で590キロも上回っている。
畑作園芸支場で開発したサツマイモの焼酎製造に実用化されている例に「コナホマレ」がある。
今では「ダイチノユメ」。
外観は赤味を帯びた褐色で、輪切りにすると淡黄白色をしている。
甘みは少ないが、早くから太りでんぷん歩留まりが29.23%もある。10アール収量は4,820キロ。
明石酒造(えびの市)が導入し「みやざき ほまれ」の銘柄(36度)で商品化させた。
霧島酒造(都城市)の「赤霧島」(25度)には「ムラサキマサリ」が使われている。
濃い赤紫色をした外観で甘みは少ないが、輪切りにすると抗酸化能力が期待されるアントシアニン色素の含有量の
多さを示す濃い紫色をしている。
でんぷん歩留まり23.7%、10アール収量3,720キロという数字は「コガネセンガン」と同程度かやや下回る程度。
ちなみに、やはり紫色をしていてアントシアニン含有量が「ムラサキマサリ」と同程度の「アヤムラサキ」
は、でんぷん歩留まりが20.4%、10アール収量が3,010キロで、焼酎用ではメリットがない。
色素を生かしてジュース、酢やお菓子などに加工されている。
園芸作物や食用カンショに比べてこれまでどちらかといえばマイナーだった原料用カンショが脚光を浴びてきた。さまざまな特徴を持った芋の新品種開発によって本格芋焼酎の需要がさらに伸びることを期待したい。
農家は従来の「コガネセンガン」でも10アール当たり3トン収穫して15万円(1キロ50円)で販売できたが、新品種の開発で焼酎業者とともに栽培農家の所得向上にも期待が持てる。農家を組織化して増産体制を組めば、遊休農地の解消にも貢献できるだろう。
▽焼酎にはカンショ、米、麦、そばなどの農産物の原料を1回だけ蒸留させて製造する乙類(本格焼酎)と、大手酒造工場などで連続蒸留によって高濃度アルコールから製造する甲類がある。
▽宮崎県内には40社の焼酎メーカーがあり、このうちの28社で年間8万klの本格焼酎を製造し、その半分程度が芋焼酎。一方、県内で1年間に飲まれるアルコール類は合計8万7千kl。
本格芋焼酎は2万700kl程度だ。
▽宮崎県内のカンショの用途別生産量(トン)は焼酎などアルコール用8,164、でんぷん製品用1 419、加工用1万1,979、生食(青果)用2万2,280、飼料用34、種子用7の合計約4万3,800(1,843ヘクタール)。
▽全国のカンショの産地(トン)は(1)鹿児島39万3千(2)茨城19万2千(3)千葉14万2千(4)宮崎 以下静岡、徳島、熊本が続く。
鹿児島、宮崎、熊本以外では食品加工や生食用が圧倒的に多い。
新聞が伝えている。
串間市でハウス栽培された超早掘りの食用カンショ(サツマ芋)の出荷は5月末に始まっている。
9月ごろ出荷の普通の露地栽培に比べ約3カ月早く、関西方面では高級食材として珍重されている。
カンショのハウス栽培は、県内では同市大束地区の農家6軒が計1・2ヘクタールで育てている。
ハウス物は真冬の12月に植え付け、ハウス内の地温を20度前後に保って寒い冬を越させるのが特徴。
市場では貯蔵イモが底をついたころに登場するため、
高級料亭などが皮つきのてんぷら材として競って買いに走るという。
昨年は16トン余りがJA大束から出荷され、普通掘りの3倍近い平均1キロ389円で取引された。
多雨のときは日照不足で光合成が不足し、比較的小型・細身のものが多いという。
「ハウス物に続いて、これから主力の、畝にビニールをかぶせた露地物の早掘りが出回るが、
日照不足の影響があると心配JA大束営農課の島田武嗣販売係長
串間市大束では色鮮やかなカンショの 関西方面へ出荷始まった。先月末からである。
東京・目黒の、目黒不動尊には境内には「独鈷の滝」があり今も昔ながら蕩々と流れている。
裏山には青木昆陽先生の墓があり、甘藷先生として10月28日には甘藷まつりが盛大に
行われる。
カンショは、メキシコ?グアテマラ地域が原産地で、栽培化は紀元前3,000年以前らしい。
コロンブスがスペインに伝えたがヨーロッパでは普及しなかった。
これに先立ち大村純富(すみひさ)は、長崎港に出入りしていた琉球の人たちが芋を常食としているのを知り
、琉球から芋を取り奇せて栽培させ非常時に備えていた。
享保の大飢饉(1731年)では芋によって飢餓を免れた大村のことが評判となり、
幕府に望まれ、芋窯(貯蔵用に土の中に掘った貯蔵用の穴)から取り出した種芋を江戸へ送っている。
これが昆陽の芋の研究となり、栽培が全国に普及するもとになった。
五島藩では、芋が上納作物でなかったせいか栽培は奨励されなかった。
明治初年、富江町で農業と海運業を営む田中庄三郎(?1883)は鹿児島から芋を移入し、
何年もかかって芋苗の量産に成功した。
彼はこれを五島中に広め、他県にも売った。
もうけも大きかったという。
カンコロもちなどで、今は知らぬ者もないほど有名な「五島芋」。
庄三郎はその育ての親だ。
栗よりうまい串間の芋
串間市大束の芋は顎が落ちるので・・要注意・・
かつて市民を二分した原発立地論争があった串間市
日本で初めて電力会社の原発断念!の言葉を市民の力で引き出した宮崎県串間市。
しかし原発推進派は根強く機会をうかがい、いよいよ原発を争点にした市長選挙
奇奇怪怪の候補者でカムフラージュのダミーのエコ候補を含め、推進3に反対1。
農協は結束した。
しかし結果は住民投票実施の旧市長、元県議が市長に復帰
野辺修光(67)5401「原発問題は住民投票で決着」
福添忠義(67)4501「原発問題は存在せず」
武田政英(60)2446「原発施設および関連施設を受け入れない」。
井手明人(58)1393「原発問題は存在せず」
野辺修光 原発推進派で電気事業者から多額の献金ある
、前市長当時、わいろの受け取りで逮捕歴アリ。
福添忠義は90年代の原発問題発覚当時反原発市民をいじめた経緯のある原発推進派
、昨年9月議会最終日の18日井手明人議員(無所属)から動議が出された。
6議員の賛成者を得て提出した議案について説明する。
「九州電力は既に諸活動の凍結を回答してきている。
原発計画は存在せず、条例は効力を失っている」
県民は翌日の地元紙で知る。
http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/index.php?itemid=20323
宮崎県串間市
必死でブログでも闘った
とりあえずはお疲れ様でした。
ここに敬意を表します。
「JA串間市大束青年部、原発再燃なら反対運動、九電新規計画で勉強会」、
…JA串間市大束青年部は…原発に関する勉強会を…開いた。
…問題が再燃した場合にも反対運動を先導する方針を確認した。
運動の最盛期から約10年…知識を深めようと開催。(2009-1-29地元紙宮日)
どこの原発もプールは使用済み核燃料(核のゴミ)であふれかえっている。
九電でも詰め直しを行い容量を広げた。
再処理工場も事故続きで目途はたちません。
行き先がないのです。
それで中間貯蔵が出てくる訳ですが、作らせたらもう終わり、そこが最終処分場になるでしょう。
いつまでたっても、「環境か経済か」といった、変な二元論を持ち出す人がいる。
経済活動は、環境の上にしか成り立たない。
資源でも、食料でも、お金を出して買えばいいや、という問題ではない。
一次産業で、少しでも多く稼ぐことが、本質的な意味での経済の根源
この選挙はかねてより南九州に原発関連施設の建設を狙う
原子力産業期待の選挙となった。
奇妙にカムフラージュされてワザワザ三人も同じ立場で立候補。
100万年以上の危険期間を抱える放射性廃棄物の核のゴミを出し続ける
原発の宣伝に「エコ」が使われる。
活断層の上に立ってる核発電所の多さ。
串間市が活断層の地層の台地にあることは激戦で吹っ飛んだ
国家論の欠如から来るもの。
普天間も「北」もそこに依拠する。
国難ッ!
すべてそれで紐解ける。
憲法9条である。
憲法9条の精神は、日本歴史上稀に見る賢聖であられた聖徳太子の憲法十七条の精神にも共通する
、日本國家民族の底流に脈々と流れる誇り高き平和国家建設に不可欠な精神文化であり伝統でもある。
憲法9条を蔑み非武装中立を嘲笑う人がいる。
人間の霊性そして崇高なる精神の働きを溝に捨てて戦争屋に魂を売りし人々である。
野辺修光元市長、元県議が市長に復帰
勝ち誇って言っている。
「一年以内に住民投票を実施」
と当選抱負を述べた。
10数年前の原発闘争の再燃である。
歴史は繰り返される。
初めは誰にもわかるように荒らしく
二度目は装いを凝らして
複数の手段で複数候補を立てて
騙しのテクニックで。
こうてい疫で大政翼賛会状態の県民意識にある。
○1945年米英中ポツダム宣言鈴木貫太郎内閣二日後「黙殺」と発表。
○1956年なせる・スエズ国有化発表
英仏10月スエズ戦争
○確か名優名アナ森繁の逝った日
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・・・元気ください・・・
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プチッ!
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