犬は忠犬ハチ公に尽きるとおもいしや、チロルが居た。
目からウロコ。
15日9時掃除をしながらNHK朝のラジオを聞いていた。
この方のお話から、この国は神の国である事を身につまされる。
神がこの世に使わせた人が確かに居る。
世知辛い世の中に一筋の光明を見る思いである。
このブログのせきやんは敬虔なる特定宗教の信者ではない。
ただ太古以来の大和民族が持ち合わせてきた自然と向き合う宗教、道徳観を矜持している。
ブログのカキコや携帯メールへの返事は義務感になく私の道徳律のファクターには無い。
ブログは所詮虚構の世界でその日の備忘録、私の考えたことの開示にすぎない。
真実とウソがまかり通ってる未成熟文化に過ぎない。
変換ミス、誤字脱字記憶の違いは屁の河童。
幾多の恫喝的カキコにも恐れずに、この場からの退場は警告を受けようとも有りえない。
ホットケ!ほっとけこんな爺の一人ぐらいのこと。
年寄りの戯言として鷹揚にみなきゃ〜ア。若人よ。!
なにが年寄りの証明!??
住民票の添付がなきゃぁ〜とか馬鹿丸出しの詭弁で迫られるが
なんとかに刃物で、眼中に無い。
PC文化の道徳モラルは日本の美徳を崩していることは後日に触れよう。
春秋のお彼岸に先祖を詣で、お盆で霊を迎え送る。
クリスマスイブを楽しみ、年始に神に初詣の拍手を打つ。
平均的に生きてる日本人そのもの程度の宗教感。
言霊・音霊という日常にも神を見る。
・・・大木トオル・・・。
ナント表現すればいいのであろう。
知る人ゾ知る世界を叉にかけるミュージシャン。
唯一東洋人ブルースシンガー。
ブログから
東京日本橋人形町に三代続く江戸っ子として生まれる。
1967年、音楽活動を始め、1976年渡米。
米国労働省の認可を受け、アメリカ合衆国に永住する。
全米ツアーの成功とともに、アルバート・キング、ベン・E・キングなど多くの
ビッグアーティスト達とレコーディング及び共演する。
ブラックミュージックの伝統、
ミシシッピー・デルタ・ブルース・フェスティバルに
東洋人として初めてスペシャルゲストとして迎えられるなど
人種の壁を乗りこえて輝かしい足跡を残す。
’79年凱旋公演にて来日以来、
毎年ジャパンツアーを成功させると共に、
日米のブラックミュージックの架け橋として多大な功績を残し
ミスターイエローブルースと称賛されている。
尚、ゼネラルプロデューサーとしても多くのビックアーティストを育成す。
それが・・なん?
違う!断じて違うんである。
この人は生神様。
そうとしか形容の仕様が無く、適切な言葉をもたない。
日本における病院などに盲導犬などが出入りできるようになった
その原動力になった人。
この人があればこそ、世界に恥ずべき動物虐待風潮に陽が当てられたといっても過言ではない。
今日の国内の法整備の起爆剤となり、それを実現させた人。
換言しよう。
くどいが、どうしてもそう感じる。
大木 トオル (ブルースシンガー /国際セラピードッグ協会代表)
東京都・日本橋人形町生まれ。
ブルースと犬に“生きる勇気”をもらい、音楽活動を始める。
76年渡米。
“ブルースの心”にめざめ、翌年、ニューヨークで「TORU OKI BLUES BAND」を結成。全米各地で活動する。
同時にセラピードッグ活動に出会い、日米で普及活動に携わる。
現在、A・M・S(アメリカン・ミュージック・システム)代表、
国際セラピードッグ協会代表、ユナイテッド アカデミーinc.(ドッグセラピー専門校)学院長、
セラピードッグカリキュラムの考案者。
著書に自叙伝『伝説のイエロー・ブルース』、セラピードッグの物語『名犬チロリ』など。
セラピードッグは盲導犬の呼び名ではない。
愛に飢える人々を癒し供に生きる訓練されての犬のことである。
セラピードッグ=動物介在療法の普及を二十年に渡り行い、
障害者施設、老人施設等にて活動を続ける。
セラピードッグの育成のバイオニア。
動物愛護家として日米の友好・親善に貢献し、現在セラピードッグの育成のバイオニアとして
世界へセラピードッグ(動物介在療法)の普及を二十年に渡り行い、
障害者施設、老人施設等にて活動を続ける。
米国ニューヨーク州老人ホームでの活動を始め、日本に於いても東京都中央区の
公立施設を始め、岡山市(民営)5施設などで活動し、多くの成果を出し各地で実施している。
ラジオ対談。
吃音に幼友は「待ってくれない」が犬は待ってくれる。
爺の大木七五郎は犬を飼うことを教えてくれた。
社会、法と闘う。ひたすら動物愛護の基礎を作る。
病院に入れない犬がどこもウエルカムの現在。
ルーツは幼き頃の犬への恩、人間のためは結果で犬のため。
セラピードッグはアイコンタクトで人間と暮らす。
7足種類の歩行ができる犬で2年間の訓練の賜物。
吃音、歌はつっかえない。
音楽家を目指す。
金と無縁
雑種犬は経験から、人への恐怖を所持している。
第一歩は信頼を得るために一緒に寝る。
痛みを知っている程、無償の愛を持っている。
おいしいもにありふれてると欠けてる物がある。
恩をを知らぬ
それは顔に出る、威嚇する顔の人には吼える。
バイアフリーの普及で改善が進む。
高齢者施設へはセラピードッグ。
34パーセントが一人生活の日本国の将来。
1頭に一人で移動時はバス5人で割高。
資金不足は自分の資金を使うが、惜しいとは思わぬ
不思議。
成功者はビバリーヒルズに住居を建てるなどをせず、地道な生活する。
そんなことでは悪きことするが関の山。
幸せは幸せな心にあること。
寄付もある。
世のために何かしたい人も増えている。
既存メニューでないところからの発想。
機関で終わる。人間性が問われる。
3・29〜30日青森でのセミナーは獣医師会主宰。
保険所も参加、捨て犬を多くつれて帰ることになろう。
ライフワークをもつアメリカ人。
仕事の成功者だけでは社会は認めない。
ビルゲイツも社会奉仕を始めた。
大木 トオル
心が洗われる思いの人である。
わたしのライフワークは、年間、何十万頭も捨てられ、
殺される犬たちに、生きるチャンスを与えること。
初代犬のチロリのセラピ犬が銀座の公園に銅像が建つ。
渋谷の道玄坂と張り合うがいい。
路頭で5匹の我が子を育ててる最中を拾った雑種犬。
見守ってた子供がなずけ親。「チロリ」
ブルースの曲にもなっている。
大木 トオル
国際セラピードッグ協会代表
ユナイテッド・セラピー・ジャパンINC代表
ユナイテッド・アカデミーINC学院長
A.M.Sアメリカン・ミュージック・システム会長 。
セラピードッグの愛犬「チロリ」と。
処分寸前で著者に救われた雑種の捨て犬「チロリ」が、セラピードッグとして育成され、活躍するまでをつづった一冊。
今日まで大木トオルという人間を助け、支えてくれたのが、音楽と犬たちです。
わたしは東京の下町に生まれたのですが、子どもの時、言葉がうまく出ない吃音に悩みました。
世間の人はわたしが話すのを待ってくれない。
でもうちの犬はいつまでも待ってくれる。
そんな犬たちに勇気をもらい、日々、暮らせたわけです。
それから、十代でFEN(米軍放送)を聴き、奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた
黒人たちから生まれたブルースに夢中になりました。
英語の歌を歌っていると、すらすらと言葉が出る。
それで一生懸命歌を歌って吃音を克服できました。
やがて、ブルースバンドを組んで国内で活動したりしていたのですが、
無理がたたって二十代半ばに結核に倒れて闘病生活を送り、退院後の一九七六年、渡米。
カリフォルニアの黒人街で大らかな“ビッグ・ファミリー”と暮らしてブルースの心にめざめ、再起できました。
その後、ニューヨークに出て自分のバンドを結成し、東洋人唯一のブルースシンガーとして生きてきました。
アメリカには、様々な人種の人々が厳しい環境の中で懸命に暮らしています。
その中で、自分は、黒人や白人と違い、日本人、東洋人として“イエロー・ブルース”を歌うべきだと気づくことができたのです。
そんなニューヨーク暮らしを始めたころに出会ったのがセラピードッグ活動です。
以後、わたしは日本公演で“来日”するたびにセラピードッグの普及活動に携わってきました。
セラピードッグはお年寄りや病気の人、子どもたち、引きこもりや自閉症の人々に無償の愛と生きる勇気を与えてくれます。
でも、わたしの一番の願いは、年間、何十万頭も捨てられ、殺される犬たちを助け、彼らに生きるチャンスを与えることです。
セラピードッグは、対応能力があれば、雑種の犬、捨て犬にも大きな活躍の場があります。
この「チロリ」も雑種で捨て犬ですが、セラピードッグとして非常に大きな能力を持っています。
捨てられたり、障害を持っている犬たちには、他人の“痛み”がよく分かるんです。
それに、盲導犬や聴導犬、介助犬などは、目や耳、体の不自由な方と一対一で生活していますが、
セラピードッグは誰のところでも行くことができます。
現在、セラピードッグの素晴らしさが全国的に知られてきて、訪問依頼も多くなってきました。
今回の、長野での「スペシャル・オリンピックス」でも、言葉も環境も異なる日本に来た世界中の人々を、
レッドクロスのチョッキを着た日本の捨て犬たちが温かく出迎え、とても喜ばれています。
とにかく、人は生きている限り、誰でも老いたり、病気になったりします。
それに、生活環境がとても厳しくなって、みんな大きな悩みを背負って生き、誰でもセラピードッグを必要とする時代になってきました。そんなふうに、人間を救っている犬たちの命を救わなくていいのか、と言いたいですね。
*この記事は、2005年4月20日発行著書からのもの
目からウロコ。
15日9時掃除をしながらNHK朝のラジオを聞いていた。
この方のお話から、この国は神の国である事を身につまされる。
神がこの世に使わせた人が確かに居る。
世知辛い世の中に一筋の光明を見る思いである。
このブログのせきやんは敬虔なる特定宗教の信者ではない。
ただ太古以来の大和民族が持ち合わせてきた自然と向き合う宗教、道徳観を矜持している。
ブログのカキコや携帯メールへの返事は義務感になく私の道徳律のファクターには無い。
ブログは所詮虚構の世界でその日の備忘録、私の考えたことの開示にすぎない。
真実とウソがまかり通ってる未成熟文化に過ぎない。
変換ミス、誤字脱字記憶の違いは屁の河童。
幾多の恫喝的カキコにも恐れずに、この場からの退場は警告を受けようとも有りえない。
ホットケ!ほっとけこんな爺の一人ぐらいのこと。
年寄りの戯言として鷹揚にみなきゃ〜ア。若人よ。!
なにが年寄りの証明!??
住民票の添付がなきゃぁ〜とか馬鹿丸出しの詭弁で迫られるが
なんとかに刃物で、眼中に無い。
PC文化の道徳モラルは日本の美徳を崩していることは後日に触れよう。
春秋のお彼岸に先祖を詣で、お盆で霊を迎え送る。
クリスマスイブを楽しみ、年始に神に初詣の拍手を打つ。
平均的に生きてる日本人そのもの程度の宗教感。
言霊・音霊という日常にも神を見る。
・・・大木トオル・・・。
ナント表現すればいいのであろう。
知る人ゾ知る世界を叉にかけるミュージシャン。
唯一東洋人ブルースシンガー。
ブログから
東京日本橋人形町に三代続く江戸っ子として生まれる。
1967年、音楽活動を始め、1976年渡米。
米国労働省の認可を受け、アメリカ合衆国に永住する。
全米ツアーの成功とともに、アルバート・キング、ベン・E・キングなど多くの
ビッグアーティスト達とレコーディング及び共演する。
ブラックミュージックの伝統、
ミシシッピー・デルタ・ブルース・フェスティバルに
東洋人として初めてスペシャルゲストとして迎えられるなど
人種の壁を乗りこえて輝かしい足跡を残す。
’79年凱旋公演にて来日以来、
毎年ジャパンツアーを成功させると共に、
日米のブラックミュージックの架け橋として多大な功績を残し
ミスターイエローブルースと称賛されている。
尚、ゼネラルプロデューサーとしても多くのビックアーティストを育成す。
それが・・なん?
違う!断じて違うんである。
この人は生神様。
そうとしか形容の仕様が無く、適切な言葉をもたない。
日本における病院などに盲導犬などが出入りできるようになった
その原動力になった人。
この人があればこそ、世界に恥ずべき動物虐待風潮に陽が当てられたといっても過言ではない。
今日の国内の法整備の起爆剤となり、それを実現させた人。
換言しよう。
くどいが、どうしてもそう感じる。
大木 トオル (ブルースシンガー /国際セラピードッグ協会代表)
東京都・日本橋人形町生まれ。
ブルースと犬に“生きる勇気”をもらい、音楽活動を始める。
76年渡米。
“ブルースの心”にめざめ、翌年、ニューヨークで「TORU OKI BLUES BAND」を結成。全米各地で活動する。
同時にセラピードッグ活動に出会い、日米で普及活動に携わる。
現在、A・M・S(アメリカン・ミュージック・システム)代表、
国際セラピードッグ協会代表、ユナイテッド アカデミーinc.(ドッグセラピー専門校)学院長、
セラピードッグカリキュラムの考案者。
著書に自叙伝『伝説のイエロー・ブルース』、セラピードッグの物語『名犬チロリ』など。
セラピードッグは盲導犬の呼び名ではない。
愛に飢える人々を癒し供に生きる訓練されての犬のことである。
セラピードッグ=動物介在療法の普及を二十年に渡り行い、
障害者施設、老人施設等にて活動を続ける。
セラピードッグの育成のバイオニア。
動物愛護家として日米の友好・親善に貢献し、現在セラピードッグの育成のバイオニアとして
世界へセラピードッグ(動物介在療法)の普及を二十年に渡り行い、
障害者施設、老人施設等にて活動を続ける。
米国ニューヨーク州老人ホームでの活動を始め、日本に於いても東京都中央区の
公立施設を始め、岡山市(民営)5施設などで活動し、多くの成果を出し各地で実施している。
ラジオ対談。
吃音に幼友は「待ってくれない」が犬は待ってくれる。
爺の大木七五郎は犬を飼うことを教えてくれた。
社会、法と闘う。ひたすら動物愛護の基礎を作る。
病院に入れない犬がどこもウエルカムの現在。
ルーツは幼き頃の犬への恩、人間のためは結果で犬のため。
セラピードッグはアイコンタクトで人間と暮らす。
7足種類の歩行ができる犬で2年間の訓練の賜物。
吃音、歌はつっかえない。
音楽家を目指す。
金と無縁
雑種犬は経験から、人への恐怖を所持している。
第一歩は信頼を得るために一緒に寝る。
痛みを知っている程、無償の愛を持っている。
おいしいもにありふれてると欠けてる物がある。
恩をを知らぬ
それは顔に出る、威嚇する顔の人には吼える。
バイアフリーの普及で改善が進む。
高齢者施設へはセラピードッグ。
34パーセントが一人生活の日本国の将来。
1頭に一人で移動時はバス5人で割高。
資金不足は自分の資金を使うが、惜しいとは思わぬ
不思議。
成功者はビバリーヒルズに住居を建てるなどをせず、地道な生活する。
そんなことでは悪きことするが関の山。
幸せは幸せな心にあること。
寄付もある。
世のために何かしたい人も増えている。
既存メニューでないところからの発想。
機関で終わる。人間性が問われる。
3・29〜30日青森でのセミナーは獣医師会主宰。
保険所も参加、捨て犬を多くつれて帰ることになろう。
ライフワークをもつアメリカ人。
仕事の成功者だけでは社会は認めない。
ビルゲイツも社会奉仕を始めた。
大木 トオル
心が洗われる思いの人である。
わたしのライフワークは、年間、何十万頭も捨てられ、
殺される犬たちに、生きるチャンスを与えること。
初代犬のチロリのセラピ犬が銀座の公園に銅像が建つ。
渋谷の道玄坂と張り合うがいい。
路頭で5匹の我が子を育ててる最中を拾った雑種犬。
見守ってた子供がなずけ親。「チロリ」
ブルースの曲にもなっている。
大木 トオル
国際セラピードッグ協会代表
ユナイテッド・セラピー・ジャパンINC代表
ユナイテッド・アカデミーINC学院長
A.M.Sアメリカン・ミュージック・システム会長 。
セラピードッグの愛犬「チロリ」と。
処分寸前で著者に救われた雑種の捨て犬「チロリ」が、セラピードッグとして育成され、活躍するまでをつづった一冊。
今日まで大木トオルという人間を助け、支えてくれたのが、音楽と犬たちです。
わたしは東京の下町に生まれたのですが、子どもの時、言葉がうまく出ない吃音に悩みました。
世間の人はわたしが話すのを待ってくれない。
でもうちの犬はいつまでも待ってくれる。
そんな犬たちに勇気をもらい、日々、暮らせたわけです。
それから、十代でFEN(米軍放送)を聴き、奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた
黒人たちから生まれたブルースに夢中になりました。
英語の歌を歌っていると、すらすらと言葉が出る。
それで一生懸命歌を歌って吃音を克服できました。
やがて、ブルースバンドを組んで国内で活動したりしていたのですが、
無理がたたって二十代半ばに結核に倒れて闘病生活を送り、退院後の一九七六年、渡米。
カリフォルニアの黒人街で大らかな“ビッグ・ファミリー”と暮らしてブルースの心にめざめ、再起できました。
その後、ニューヨークに出て自分のバンドを結成し、東洋人唯一のブルースシンガーとして生きてきました。
アメリカには、様々な人種の人々が厳しい環境の中で懸命に暮らしています。
その中で、自分は、黒人や白人と違い、日本人、東洋人として“イエロー・ブルース”を歌うべきだと気づくことができたのです。
そんなニューヨーク暮らしを始めたころに出会ったのがセラピードッグ活動です。
以後、わたしは日本公演で“来日”するたびにセラピードッグの普及活動に携わってきました。
セラピードッグはお年寄りや病気の人、子どもたち、引きこもりや自閉症の人々に無償の愛と生きる勇気を与えてくれます。
でも、わたしの一番の願いは、年間、何十万頭も捨てられ、殺される犬たちを助け、彼らに生きるチャンスを与えることです。
セラピードッグは、対応能力があれば、雑種の犬、捨て犬にも大きな活躍の場があります。
この「チロリ」も雑種で捨て犬ですが、セラピードッグとして非常に大きな能力を持っています。
捨てられたり、障害を持っている犬たちには、他人の“痛み”がよく分かるんです。
それに、盲導犬や聴導犬、介助犬などは、目や耳、体の不自由な方と一対一で生活していますが、
セラピードッグは誰のところでも行くことができます。
現在、セラピードッグの素晴らしさが全国的に知られてきて、訪問依頼も多くなってきました。
今回の、長野での「スペシャル・オリンピックス」でも、言葉も環境も異なる日本に来た世界中の人々を、
レッドクロスのチョッキを着た日本の捨て犬たちが温かく出迎え、とても喜ばれています。
とにかく、人は生きている限り、誰でも老いたり、病気になったりします。
それに、生活環境がとても厳しくなって、みんな大きな悩みを背負って生き、誰でもセラピードッグを必要とする時代になってきました。そんなふうに、人間を救っている犬たちの命を救わなくていいのか、と言いたいですね。
*この記事は、2005年4月20日発行著書からのもの