死霊〈3〉

2004年5月1日 読書
まだ時間がなめなめしイ。事実の一散が怖い。
よって秘密。

変わらぬものと変わるもの5月の空は、荒れている。
唯一の真実は生・老・病・死だけとはチョト寂しい。

一昨年の娘宛の悲痛な酷い人生訓を垂れた事を
明日はわが身で感じている。

私にしてみれば、天に唾吐くもの自業自得である。
国を挙げての自己責任とは似て韮ざるもの。

失われしものへの鎮魂歌。
召され行く御霊の儀式の久子さえ、

送れぬ私は一体どうしたというのか。
葬送曲が聞こえてくる。

冷徹な決断たる36計逃げるにしかずは、
この場合は、人の道に外れている。

人でない獣たる情の無い道である。
人の道と違うすなわち外道、畜生である。

犬畜生にも劣る行為である。
私にはその照合が丁度いい。

義憤の矛先は正しいのか。
検証しすぎる悪い性格か。否、そうではなかった。

昨日のイラクでの郡山さんの記者会見が出ている。
解放後の警察の調べが、

「被害者か加害者かわからぬ扱いが社会復帰の力を遅くしている。」
根っからの社会不信がらくるPTSDの症状なんであろう。

私の症状の根底にはそれもある。
久子はこの世から去った。

幼き頃あれほど恐れていた人々との別れが、随時起こっている。
久子は根っからの百姓で一生を終えた。

旧閉たる農家に嫁ぎ、家柄とかに悩みをうちわけ、
実家で泣き母の説得を受けていたのを私は知っている。

観光旅行をするでもなしの旧日本の生活パターンから抜け出すことの
無い生活で生涯を終えた。

格好の小津映画の題材になれる農家の嫁であった。
本家たる家柄の良い、分限者どんでの生活は極めて
居心地は悪かったろう。

ひたすら耐え米作りを中心に生き抜いた。
子育てにかぎらず、育む苦労を身を以て感じての米作りであった。

米作りは88の苦行があるという豊葦原の国の神からの授かり者。
一粒百行ともいい、米の一粒を育むためには百の行が
必要であるとの事。他説には、200の行とも謂われている。

とも角も併作のタバコ作りとともにミレーの晩鐘の絵画の
右側の農婦に似た姿であった。

同期の女子友人たる篠原、さんとこのお嬢さん共々
私は、遊んだのを唯一の姉の記憶とする。

それはどこか。積年の夢か現かわからぬ記憶であった。
なぜわかったかは、一枚の写真にある思い出である。

きっと久子のアルバムにあるはずだ。
着ている唯一のグレーのセーターである。

茶色のカーボーイが輪を投げる刺繍の入った模様である。
高校生の頃、佐土原の友人宅で遊んだ。

そして近くの公園に行く。佐土原町の宝刀山であった。
何か、感じた、・・・

初めてでない。一歩ずつやり直す中、僅か3〜4歳の
記憶に行き着いたのである。

両手で弾き抱え揚げながら、登っていった。
それを思い出したのである。

車のない時代である。余ほどのお荷物であったろう。
女学生の集まりであったのであろうか。

両手の温かさが忘れずどのような行程であったのか。
行き帰りの思い出はない。

なぜかお重箱を開くところと座り込んだ場所を覚えていたのである。
三つ子の魂百までである。

そのときの想いでは久子と話したことも御礼を述べたことはない。
確かめようにも、その術はない。篠原さんとこで確かめてみよう。

果たして何処にお住みなのか。ライフワークが出来た。
レクエエムは唄うまい。

姉の葬儀にさえ列席できぬまでの深く重い傷。
PTSDの病はきつい。

私にはこれがおにあうだ。
慟哭・・・・嗚咽・・
「演技せんでいっちゃが・・」の兄の言葉のきつさは我慢できない。

消え行く風景はまだあった。
青春のその後の生き様を決めた集大成の日。

5月1日はメーデーである。
♪聞け万国の労働者 ♪轟き渡るメーデーの
 示威者に起こる足取りと 未来を告ぐるときの声♪

高らかにうたったものだ。
今はその期日さえ変わってすでにマーデーは殆ど終わっている。

由緒を忘れて何が労働者の祭典、おまつりぞ!
チャンチャラおかしいや〜い。

ユーロの誕生。ついに4億の民の出現である。
大アジア作りを急がねば大変なことになろう。

樋口一葉、や野口英世が登場しようとそれでは時代を見据えていない。
新札が政権を担当した証の小泉流の総決算としての置き土産で終わってほしい。

まだ続投して改憲まで遣り上げそうである。
変わるものと、変わらぬものがまるっきり逆ならいいのに。、

若葉の季節に久子は逝った。
もうわたしの理解者は居ないのかもしれない。

本当に申し訳ないことをした。
心配してくれる人が居なくなるのは、辛く・・悲しい。

何故生きているのか。
怨念だけで生きていけるのか。

恨みを果たさざるしてなにの生ぞ!死ねようか。
真実を明らかにしてやろう。

久子の御霊に捧げて見せる。
申し訳ないが、それまでは、墓前に出れまい。

武士道を貫き通してやる。
恥はしっているし、義理もわかる。

人の道を踏み外している私だが、ナント謂われようと
真実を明らかにしたい。

このゆがんだマスコミの姿勢を改めて見せよう。
かってにウソを一方的にかくでない。

きっと変わらせて見せる。
かえせ!俺の調書。この通りである。

変わるものと変わらぬもの。
真実のみは変わらない。

ZEAI、グンゼの社長さん宅、営業関ちゃん今日も行く。
じ〜としておれるはずがない。

ゲランの魚とりは圧巻であった。スイカ、ニワトリまるで一緒の経験
癒しと久子の思い出のを懐古し生き抜くことが出来た。

一度の人生を目的意識的に生き抜く。
私には新たな仲間がいる。

APAに休みはない。
ホント皆良くやる、

こうも変わるものなのか。
未来はある。

変わるものと変わらぬもの
一筋の光が見えてきた。

自然エネルギーの普及である。
この道で生きる。

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